第15話 閑話 ベンジャミン・フォン・ビュッセル
小さい頃から、ちやほやされた。
お兄ちゃんよりも可愛いねと。
でも、伯爵家次男として生まれてしまい、ただのスペアだとわかった。
ビュッセル家の家督は長男のモノ――……。
俺の手には入らない。
兄を押しのけて当主になりたいという野心はなかった。
貴族家の当主には責任が伴う。
そんなものが付随する立場はごめんだ。
毎日楽しく暮らせればそれでいい。
でも学生の頃から少しずつ、その交際に金がかかるということがわかった。
伯爵家の次男という立場で下りる家の予算では足りない。
金払いがよかったのは学生の頃までだ。
家督を継ぎ始めた仲間の間で徐々にその差が出始める。
一度、影で囁かれたことがある
――ベンジャミンのやつは伯爵家だけど、やっぱり次男だよな、付き合いがそろそろ、限定されるだろ、大きな夜会に出るにも、女ほどじゃないが、男だって金がかかる。
――それな。
――友人に集るとかし始めたら、俺は奴との付き合いを切るかな。
――子爵家男爵家の女の家に婿入りすれば、自然と、今のレベルから下がるだろう。
さんざん俺の金で――遊びまわった連中の陰口に、プライドが刺激された。
親に頼んでも俺の使用する金銭の額はあがらない。
最初こそ奢ってくれた友人達が減り始めようとしてる。
爵位下の女が夜会ではきらびやかな装飾品を身に着けているのを見て思った。
ああいう、見た目を飾る女たちから、ほんの少し、金を融通してもらえないだろうかと――……。
格下の爵位の女達に結婚をちらつかせれば、すぐにでも金は手に入った。
おとなしそうで、家のいいなりで、そのくせ夢だけは見るような女に、甘い言葉を囁けば、すぐにでも。
小さい頃から、ずっと人に囲まれてきた。大人たちが小さな俺を可愛いと言ってきたように、今、ぱっとしない女に声をかけるのは、簡単なこと。
自分が褒められれば嬉しいだろう? 特別な自分と言われれば、そう思わせることを囁けばいい。
ほんの少し、誇張させるように、語りかければいいだけだった。
そんな言葉をかける俺が少し困ってると言えば、彼女たちは、現金を高価なアクセサリーを俺の手に握らせる。
なんだ、こんな簡単なこと――……。
特別悪いことじゃない。
単純に、夢を見せているだけなんだから。
男から女として価値がないと見られている――噂されている、婚約が進まないとか縁談が断られるとか、そういった女に声をかけて、夢を見せる。
「聞いたか? ベンジャミン、もう何回も、縁談を断られている女がいるって話」
「うまくいけば結婚できるんじゃね?」
学生の頃と比較して、俺とつるむ連中は変わったし、少なくなったが居心地はよかった。
なにより、俺の家の爵位がこの連中よりも上だからな。
「結婚?」
「金は持ってそうだよな」
「なんであれで結婚の話が出てこないかね」
「性格きついんだろ?」
「誰だよ、そんな金持ってそうで、縁談断られるなんて女――……」
「リリーナ・フォン・シュバインフルト――……」
「まあベンジャミンより二歳下だから、貴族学院でも一年しかかぶってないから知らないかもな」
「見た目はいいんだけどな~」
なんて好都合だ。
黄金を溶かしたような金髪に、深いエメラルドの瞳。
見た目から金を持ってそうなその容姿に、爵位を継いだばかり。
ついている。
金をせびりとるだけでなく、結婚すれば、シュバインフルト伯爵になれるかもしれない。
他の女を口説くよりも全力で口説いてみたのに――……。
――あの女から金を毟り取ったわけでもないのに、何故、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!
父親が力の限り殴りつけて「お前のような奴は息子とは思わん! 今日この場限り、ビュッセル家から除籍だ!」と叫び、なお殴打してくるのを誰かが阻止した。
この時は助かったと思った。
しかし、父親から引き離された俺が気が付いた場所は王都の娼館街でも、特殊な場所――。
女を抱けない男ご用達のマニアックな娼館だった。
客としてではない、客をとる側になっている。
どうしてこうなった!
「お前、怒らせちゃならないお人を怒らせたんだよ」
「お前だと!? 貴様のような人間がこの俺にそんな口の利き方を――」
最後まで言葉が続かなかった。
ステッキで俺を殴打して、長い煙管から紫煙をくゆらす。
「教育が必要だな。おい、どうせ、客はすぐにとれないんだ。徹底的に教育しておきな。多少傷が残ってもかまわん」
さんざん殴られ、とんでもないことをさせられて、どうして伯爵家の子息であるこの俺がこんな目に遭わなければならない。
べつにたいしたことはしてないだろう。
逆に夢を見せてやっただけだ。
覚えてろ、俺はここから逃げ出してやる。
――リリーナ・フォン。シュバインフルト……っ!!
かならずあの高慢で不遜なあの女に泣きを見せて、金を毟り取ってやるっっ!




