第14話 リリーナ様。詐欺男を断罪する。
「私の夜会で不祥事が起きるとはな」
大広間から場所を移して、控室の一室に関係者勢ぞろい。
ビュッセル伯爵夫妻と、捕縛されたドラ息子と、わたしとクレアール公爵閣下。
あと何人かの私兵と、怪我をしたわたしを甲斐甲斐しく世話をする侍女の人。
ちなみに、言っておくけれど、今夜の夜会の会場は元王家所有、現クレアール公爵の城であるゴルドアードラー離宮。
敷地が広すぎるので、公爵の私兵だけではなく憲兵もいたわけだ。
それにしても、夜会の主催者がこういう現場に出くわすとかなかなかない出来事だろう。
公爵は腫れあがったわたしの頬を見て、痛ましそうな表情をする。
いいのです。そこのドラ息子に暴力を受けた被害者だってはっきりわかるようにしておきたいの。一応造作は自分でも美人系だと思ってるから、そこに明らかな被害の証があると違うと思う。
「私の恩師である先代シュバインフルト伯爵より、リリーナ嬢のことはよく話を聞いている。先代の喪も明け、故人を偲ぶ話もあって招待した経緯もあるのだが、そういった場でよもやこのような出来事を起こすとは赦し難い」
わあお、元王子様キレてる。
「私がビュッセル卿のご子息に対して、法に則った処罰をするのが筋だろうが、被害に遭ったシュバインフルト伯爵の溜飲が下がらないだろう。どうする?」
貴族の面子を慮ってくれる公爵閣下。ありがたい。
グルトライド王国は立憲王制ではあるけれど、今回の場合は、わたしの立場というのもある。裁可はわたしに譲渡してくださるということだ。
わたしはシュバインフルト伯爵家当主。一介の貴族令息、しかも後継でもないスペアに、顔を張られ暴行を受ける直前だったのだ。
生意気な義弟には恐れられたが、やはり、こいつのイチモツ切断して、魚の餌にするか、いやいや、襲われる恐怖を味合わせたい。
脳内ピンクな此奴にふさわしい場所で死ぬまでただ働きだな。
もちろん、息子の断罪だけで済むはずがない。
これは教育不行き届きだろう。
ビュッセル伯爵家にそれなりの賠償を要求する。
詐欺未成立とはいえこちらは5000万ライド、いや、それ以上の損失を被るところだったのだ。5000万ライドに上乗せした賠償を要求したい。
「そうですね、賠償については後日、ビュッセル伯爵と話し合いの場を持ちたいと思います」
「そうだな、その件、私も立ち会おう。シュバインフルト伯爵にとっては、不愉快な思い出の場になってしまったが、良ければ後日、この城で話し合いを行うのはどうだろう?」
「異論はございません」
わたしがそう答えると、ビュッセル伯爵夫妻、土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
「誠に、申し訳ありません」
わたしは質のいい豪華なソファにふんぞり返って畳んだ扇子で猿轡を噛ませられ荒縄でぐるぐる巻きにされているベンジャミンを指す。
「ビュッセル卿、どうする? そこのボンクラはシュナース伯爵令嬢から口先三寸でイヤリングをせしめていたんだが、シュナース伯爵家にはこのことを報告せねばならないと思うが? ずいぶん手慣れた様子だったから他にも被害者はいそうだと思っている。クレアール公爵閣下、お手数ですが、あの男から、あらかたの罪状を吐かせることはできますか?」
こいつの肘を打ち付けたので、華奢な造りの扇子の先端がひしゃげているので恰好がつかないが、尊大で偉そうな口調は直さない。
今夜の夜会で挨拶した時と今ではわたしとビュッセル伯爵夫妻の立場は違うものになった。
今後、シュバインフルト伯爵家に対して、ビュッセル伯爵家は並び立つことはない。
「請け負おう」
「感謝いたします。当家以外の被害者がいた場合、ビュッセル伯爵家が賠償を」
「そうだな」
わたしの言葉に、ビュッセル卿は青ざめる。
「はは、ご安心召されよ、ビュッセル卿、わたしの受けた被害ほどの金額にはならないだろうから」
吐きそうになってる……。
まあね、未遂とはいえ、シュバインフルトの被害金額が莫大だから吐くか?
「とはいえ、ボンクラは失礼した。それにしても、叩けばホコリが出そうなご子息をお持ちですね、ビュッセル卿」
わたしがそう言うと、ビュッセル卿は打てば響くように応えた。
「この者は、ビュッセル家から除籍させます! いかようにも!」
いかようにもか――そう言ったな、いいだろう。
わたしも、王都の商業地区のメインストリートに商会を持っているが、その商会の下部組織も多種多様な商売に手をかけている。そのうちの一つ、ちょっと変わった娼館できりきり働いてもらおうか。
客は男だけどな!
ただ働きで―――とは思ったが、少々ビュッセル卿には同情する。
このアホの稼いだ金の分――もしくは稼げるだろう金額の試算をフリッツに頼んで数字を出させて、その分の賠償額はまけてやるか。
まあ、このアホがどれだけ稼げるかは知らんけど。
こういうことを考えてるから義弟クリストフに「おっかねえ~だから恐妻になると思われるんだよ」とか言われるんだろうな。いや、もう、おっかなくていいよ。
「罪状改めが終わったら、奴の身柄はシュバインフルト家に寄越してください」
「どうする気だ?」
「実家から勘当され除籍された男ですが、シュバインフルト伯爵家当主を虚仮にしてくれた張本人です。それなりの仕置きをさせていただきたい。当伯爵家の面子というものもあります故」
「そうか」
公爵閣下の了承の言葉を受けたので、姿勢を正してわたしは立ち上がる。
「では公爵閣下、御前、失礼致します」
「馬車まで送ろう。主催者として今夜は申し訳なかった。シュバインフルト伯爵」
元王子様がわたしの手をとってエスコートしてくださったが、奴に掴まれた手首が痛い。
手をとったときに、白い長手袋に一点の赤いシミを目敏く見つけた公爵閣下は部屋を出たときに、こう言った。
「誓って、他意はなく、確認の為だ。手袋を外してもらえないだろうか」
いくら元王子様だろうと、相当親密でないと夜会衣装の淑女の長手袋を外せとは言えない。
しかし、わたしも頬と同様に、手首のひりつきが気になってはいたので、躊躇うことなく長手袋を外すと、ホラーかよ! と思うぐらいに手首に奴の手形がくっきり赤黒く残っていて、おまけに奴の爪が食い込んだので血がにじんでいたのだ。
「これはひどい……痛むだろう、リリーナ、よく我慢した」
公爵閣下は侍女を呼んで、手首の皮膚が切れている部分を消毒して、多分打ち身に効くような塗り薬を塗ってくれた。侍女の人も同情してくれて「痛みますよね」と声をかけてくれた。その処置の間、公爵閣下は、ドアを開けて怒鳴り込みたいとかぶつぶつ呟いている。
けど、それはなされなかった。
ドアの内側から、ビュッセル卿の発狂したような怒声と、何かを殴打する音が漏れ聞こえてる。
「公爵閣下、重ね重ねお願いばかりで申し訳ございませんが、ビュッセル卿が間違って、勝手にアレを処分しないようにしていただけますか?」
「約束しよう」
こんなことを言う女と結婚したい男なんているはずないだろー。
そう思いながら、わたしは溜息をついた。




