第12話 リリーナ様。ロマンス詐欺の現場を目撃する。
嬉しさと興奮で思わず即決で頷くところだった。
あっぶなかった~! 伝家の宝刀「持ち帰って検討」を抜いてわたしはクレアール公爵の前を辞した。
階段から降りるとまた一難。
ご令嬢達に囲まれたのである。
「リリーナ様! クレアール公爵とどんなお話を!?」
「ものすごく親しげでしたけれど!」
うわ~めんどくさい。
そりゃ一度は結婚したけど、今は独身の元王子様だから、みんな後釜を狙うよね。
公爵様もこれだけご令嬢の支持があるんだから、何も婚活十四連敗したわたしに今期のパートナーにとかそんな話をもってこなくても選びたい放題じゃないの。
詐欺じゃなくても絶対なんかある!
あーよかったー「持ち帰って検討します」で。
婚活市場からはやくもドロップアウトしたわたしだから、よもや、みんな大好き元王子様に今期社交シーズンのパートナーを申し込まれたとは思うまい。
奥様を亡くされてから、特定の令嬢をパートナーにしなかった方だ。
高位貴族のパワーバランスを考えたうえで、また、相手の家からのごり押しなんかもあってのパートナーの選別や、パートナーを伴わない夜会の出席をされていたはず。
ごり押しでパートナーになった令嬢が、他の令嬢達から総スカンをくらった話も耳にしている。
ここで今期のパートナーにと申し込まれたなんて言ってみろ。
何を先走って、どう話が広がるのか。想像しただけでも恐ろしい。
「先代についてお話を……クレアール公爵閣下と先代は親しいお付き合いがあったようで」
嘘じゃない。そういう話はしたからね。
わたしがそう言うと、ご令嬢達は「ああ~」と納得の表情をする。
「葬儀の際、弔電もいただいていたので、お礼を言う機会になりました」
喪中明けで、まだまだ先代との思い出が強く残ってる感を出すと、ご令嬢方も納得したようだ。
「そうですわね、先代シュバインフルト伯爵はクレアール公爵閣下が幼い頃に家庭教師をしていらしたのですものね」
「まあ、そうでしたの?」
「ああ、そのお話はわたくしも知ってますわ」
「クレアール公爵様も先代の葬儀に出席したかったのですね……」
なんだ、その話有名なのか……いや、元王子様は人気者だから、彼に夢中ならご令嬢ならそういったことも知ってるんだろう。
「わたしも、お話して、先代を思い出してしまいました……みっともない態度は失礼にあたるので、お礼を言って、こちらにもどってきたのです」
そっとハンカチを目元にあてる。
「ちょっとメイクを直してまいります。失礼します」
故人を思い出して涙ぐむ感じを出せたので、ご令嬢達は囲みを解いてくれた。
「リリーナ様……先代とは仲がよろしかったから……」
「喪が明けたとはいえ、やっぱり思い出が深いのでしょうね」
なんて言葉を聞きながら、ご令嬢達の囲みからうまく抜け出たことに心の中でガッツポーズをとる。そして心の中でお爺様にごめんと謝った。
ちょっと時間をとられてしまった……例の詐欺をなんとかしないと。
ちょうどオーケストラがダンス曲を終わらせて、歓談タイムで、ホールからテーブルの方へと人が流れる。
その中で見つけた。
さっきとは別のご令嬢をエスコートしている。
人の流れに沿って、うまく奴の視界に入らないように後をつける。
「てっきり、シュバインフルト伯爵とご一緒かと思いました」
「彼女はいい友人です。僕の好きな人は別にいる」
そう言って、彼女に視線を向ける。
「素敵な黒髪と青い瞳を持ってる女性なんだ」
……奴にエスコートされていた令嬢は、黒髪に青い瞳である。
「ベンジャミン様……」
エスコートされているご令嬢はうっとりとベンジャミン・フォン・ビュッセルを見上げる。
ご令嬢、騙されておる……しっかりしろ!
そんなんじゃ、身ぐるみ剥がされてしまうぞ!
ベンジャミン・フォン・ビュッセルはそれとなくテラスへと彼女を誘う。
わたしは彼らが出たテラスの隣のドアへ出て、柱の影に隠れるように立ち、耳をそばだてた。
「ずっと夢だったんだ。理想の女の子とこういう夜会でダンスを踊るのが」
――へ~。
「でも、シュバインフルト伯爵と親しげだってお話をきいてましたのよ? ベンジャミン様はご次男だし、シュバインフルト伯爵はその……」
「婿探しで有名だからね。でも、本当にいい友人なだけだよ」
――ほ~。お前はいい友人に5000万ライド頂戴と言うのか!?
「あの方は商会もお持ちだし、僕も商会を立ち上げたくて……」
――調べたけど、そんな準備しないで遊びほうけてるだろ。
「――でも、今少し、手持ちが足りなくて」
「まあ!」
「次男だからね、僕にかける金は家から下りないんだ」
「ベンジャミン様……」
――いや~お前がなんの商会立てるかわからないけど、つぶれるでしょ。そしてビュッセル伯爵はお前がそう言っても金は出さないよ。遊びに使うのが目に見えてるんだろうから。
「あとほんの少しなんだけどね」
「わ、わたくしでよければ! ……でも……」
「ううん、なんとかするよ、ほんの300万ライドだから」
……そうね、300万ライドだったら、ご令嬢が持つドレスをいい取引のところに何着から売り出せば用意できる金額だけど……。
このご令嬢にそれだけ質のいいドレスが何着もあるかは知らんけど。
それにしても、この野郎! わたしと桁が違うのはどういうことだ! わたしが伯爵位を持っているからか!?
「ベンジャミン様……これを……」
「君のつけてるイヤリングじゃないか! なんだよ、そんな!」
「いいの! ベンジャミン様の為なら、わたくし!!」
――はああ~渡しちゃったかぁ~こいつならそのアクセサリー翌日売り払って、その金ですぐさま遊びで溶かすぞ?
「ありがとう……イルメラ……」
それでもって、受け取ってるしぃ~! いや受け取るだろうとも、このクソ野郎なら!
その時、二人がたたずむテラスのドアが開いて、数人の令息達の声と気配がする。
「そ、それでは、ベンジャミン様、わたくしもお友達のところに戻ります」
「うん、ありがとう、イルメラ嬢」
イルメラ嬢がテラスから広間へ戻るのを柱の陰に隠れながら、ガラス窓越しに見る。
「ベンジャミン~お前~またやってんのかよ~」
「ほんと絶対にモテなさそうなご令嬢に粉かけて金引っ張りだすよな~」
日常茶飯事かっ! フリッツの報告で知ってたけど! 報告書と現場ではやっぱりリアル感が違う!
「まあでも~なんといっても、お前の大本命はシュバインフルト伯爵だろ」
「爵位持ちだし、金持ってそうだもんな~」
「どのぐらいせしめる気だ?」
類は友を呼ぶというが、ベンジャミンをとりまくこいつらも、同罪だな!
どうせそうやってせしめた金で放蕩三昧だろう! 腹立つ~!




