第1話 リリーナ様。子爵家から伯爵家へ。
「名門であるシュバインフルト伯爵家からのご縁談のお話ではありますが、当家の次男であるベイルは王都の近衛騎士団で身を立てたいとのことを希望しておりますので、今回のお話は断腸の思いではありますが、お断りさせていただきます。シュバインフルト伯爵家の今後のご発展及び良縁が結ばれますことをお祈り申し上げます」
まるで就活の企業メールのような……通算十四回目の縁談のお断りをもらったショックでわたしはひっくり返った。
執事も家政婦長も声を揃えて「お嬢様! お気を確かに! お嬢様を私室へ!」なんて言葉を遠くに聞きながら……。
わたし、リリーナ・フォン・シュバインフルトは、元々、アーベライン子爵家の一人娘に転生した。
母は生まれてすぐに儚くなり、父は海沿いの小さな領地を持ち、自ら海運業を起こし常に海上にいる生活。
そしてわたしは、使用人に囲まれて、すくすく成長。
留守中には勉強という名目で小さな領地を周り、「ここの道が悪いって、領民が困ってるよ」とか「河川の氾濫がしそうな場所だから、整備した方がいいかもしれないよ」とか海上にいる父に連絡し、使用人たちも、幼いのにしっかりした領主様のお嬢様、将来的には婿をとって、後継ぎになるのになんら問題もなしと思ってる様子。
父親との関係は良好。
しかし、わたしが十歳の頃、父の再婚話が持ち上がった。
うわーこれは、家庭内ドアマットの開始なのかと緊張したのだが……。
「リリーナ、実はこの再婚の話と同時に、お前はシュバインフルト伯爵家に引き取られる話があがっている」
「はい?」
母はシュバインフルト伯爵家の一人娘。現当主はご高齢で、娘の子供を跡継ぎにしたいとのこと。
何故伯爵家の一人娘が子爵家の父と結婚したのかというと、互いの一目惚れの末の駆け落ちというか。母が押しかけ女房をしたというのが真相なのよ。
身体が弱いのにパッションあるなあ、母……。
異世界転生したわたしよりも恋愛脳だわ。
そんな父の再婚を進めたのが、母の生家であるシュバインフルト伯爵家。
おい、一人娘を勝手に連れて行って、子供こさえたらすぐ死なすってどうなんだよ!? おまけに、一人娘は放置状態ってどういうことだ?
そんなシュバインフルト伯爵様のお怒りはごもっとも。
いやいや、実際は母の押しかけなのに、お父様も可哀想に。
おまけに用意された再婚とか。
女と後継ぎを用意したから孫娘を寄越せってことらしい。
この話を聞かされた時、「は~やっぱ異世界転生貴族家に生まれると、こういうこともあるんだなあ」なんて暢気に思ったね。
お父様の傍にいても、後妻の人と連れ子と上手くやっていけるのかっていう不安もあった。前世でさんざん読み散らかしたネット小説の影響があったからかもしれないけど。
まあ連れ子は女の子ではなく男の子だったんだけどね。
その頃のわたしは「幼いながらもお父様のお仕事を上手く補佐してる、将来有望なお嬢様」という評判があって、シュバインフルト伯爵はわたしの将来性にも期待した様子だった。
そこまで望まれるならば、行きましょう、シュバインフルト伯爵家。
すぐに王都の学院に入学しちゃうけど。
伯爵家の後継ぎが、女の子、駆け落ちした娘の一人娘。
伯爵家の後継を狙ってた傍系達はそりゃ面白くないわけよ。
傍系の領地は伯爵家の領地に含まれるので、わたしは養父(祖父)と一緒に、領地内の視察をすると共に、挨拶をし、領地の現状を見て「通行税、高くね? 低く設定しよう。ああ、大丈夫、儲けさせてやるから」的なことを子供らしくお嬢様っぽく傍系達に伝えると、
最初は面白く思ってなかった人たちでも、一人ぐらいはこっちの話を聞いてくれる人はいるわけで、とりあえず、そこから攻めたね。
傍系のうち一家がわたしの提案を取り入れ、通行税を低く設定することで人の出入りが頻繁になって、物流が倍になって、驚くぐらいに儲けが出始めたわけよ。
そんなケースと数字を見せられると、「あ、やばい、女の子だからって思って侮ってたらダメかもしれん、これは伯爵の孫娘を認めたほうが、我が家が儲かって安泰かも!? さすが本家当主は見る目が違う、ここは言うこと聞こうぜ――」となってわたしがシュバインフルト伯爵家の後継者になることに否を唱える傍系は、手の平を返してわたしを擁立したのだ。
「リリーナは、もっと力技を使うと思っておったが」
「力技?」
「シュバインフルト伯爵家後継の権威をふるうかと思っておったのよ」
うーん、異世界転生したこの国の貴族社会。
ポッと出の子供だろうと、現当主が後継にと紹介したら、傍系や陪臣が騒いだって決定が覆ることはないから、かなり上から物申しても彼らは従うしかない。
でもそれって面従腹背にしかならないでしょ。
「それをいきなりやっても言うこときかないと思ったので。就学前の子供なら、猶更です。とりあえず、元居た領地に近い場所にいる陪臣の人が協力的だったのがよかったです」
シュバインフルト伯爵領は酪農、畜産業、農業で収益をあげてる領地だったのよ。
元居たアーベライン子爵領は小さいながらも漁業中心で収益をあげていたので、これは絶対に実父に話をつければ商人がくるなと思ってたからね。
お互いないものを取り入れられるのは双方にとっていい儲けになるでしょ。
「お前が男の子だったらの」
「シュバインフルト伯爵家は女系ですからね」
「そうなんだよ」
だから傍系も男の子は少ない。わたしがシュバインフルト伯爵家の後継者であることに、大きな不満を漏らしつつも、「何がなんでも!」的な強い勢いで反対を唱えられなかったのはこのせいだ。自分の家の後継者の男子を確保することにやっとなのだ。
「質のいい乳製品ですから、王都でも専門店を立ち上げれば人気になりますよ」
「ほう……リリーナ、お前はその年でよくそんなことに頭が回るな」
「そうですねアーベライン子爵家で自由に過ごさせていただいたので、そこから自然にですか……ゆくゆくは子爵家当主になるんだろうなって思っていたので」
「賢いの」
「そこは、やはり、シュバインフルト伯爵家の血筋だからでは?」
養父(祖父)は女の子でもこの子は頼もしいと思ってくれたに違いない。
そんなこんなで家の後継問題については、あらかた片付いた。
あとは学院を卒業後、わたしが婿をとれば問題はない。
そう思っていた。
学院に入って、普通に基礎学科のあと領地経営科に進み、あと一年で卒業という段になって養父(祖父)からの絶対の指示が入った。
転科しろというのだ。
淑女科に。
「領地経営においては、お前になんら問題を見いだせない。学ぶ必要もなかろう。ただ、問題は淑女としてのあり方がいまいちなのではないかと思うのだ」
やりすぎたか……と、そんな感想を脳内で漏らした。
異世界転生貴族家に生まれたからには、きっとネット小説のような家庭内格差とか、婚約者をとったとられたの騒ぎがあるんじゃないかなと思って、とにかくお金と身分の確保に慎重になっていたのだ。
この世界、魔法はある。
わたしにもあるらしいけど、うまく使いこなせない。
だからこそ、前世知識チートではないけど大人顔負けの行動をとっていた。それがゆくゆくは自分が治める領地の経営だったのだ。(もう、それだけで、天才とか神童とかもてはやされましたけどね)
「――お嬢様は非常に優秀ではありますが、優秀すぎて、普通の男を婿に迎えるにはいささか……男の方が気後れしてしまうのではないのでしょうか、女性らしさも必要では」
このシュバインフルト伯爵家筆頭執事のクラウドの言で、養父(祖父)は慌てて、ここは社交デビュー前に、淑女らしいことも学ばせておかないと! こんなに優秀なのに、婿の来手がないのは大問題とばかりに、わたしに転科するように命を下したのだった。
2話は7:20に公開