表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

幽霊を見る方法

 準備する物品は、投げ捨てるための石と周囲を照らすライト、ただそれだけである。

 詳しい手順はのちに説明するが、この石は空に向かって高く投げて、落ちてきた時にその音を聞く必要がある。よって大きさは、投げやすく、かつ地面に当たったときに音を聞きやすい程度。つまりゴルフボール大からこぶし大が望ましいと思われる。

 地面に落ちる音を聴くのであれば石ではなく鈴や、音の鳴るボールなどがより良いのではと思って試したことがあるが、それでは幽霊を見ることができなかった。おそらく投げるものは地面に落ちた時のみ音を発する必要があり、投げる瞬間や空中では音が鳴らない方がよいのかもしれない。

 ライトについては、この方法は夜に行うため、道中の安全のためにも必要である。自分で持って動かせる明かりであれば、ロウソクでもLEDライトでもよい。


 物品は単純だが場所と時間はやや難易度が高い。


 場所について、当然ではあるが、そこに幽霊がいるか知りたい地点、もしくは幽霊がいると予想している地点が見える必要がある。また、石を空に向かって高く投げる必要があるため、これも当然ながら、屋根がない場所でなければならない。

 さらに重要なのは、この方法は必ず一人で行う必要があるということである。周囲に人の姿が見えてはならないのはもちろんのこと、のちに説明する大声についても人に聞かれてはならないとされているため、仲間に近くの物陰に隠れて見守ってもらうこともできない。


 時間について、月のない新月の夜に行う必要がある。新月の夜で、完全に日が沈んでいれば細かい時間は問わないが、空は晴れているか、もしくは曇りや雨であっても頭上の雲に切れ間がなければならない。雲の切れ間は正確に自分の直上である必要はないが、「遠くにすこしだけ切れ間が見える」程度では失敗する可能性が高く、つまりは見上げたときに月のない暗い天空が見える必要がある。試したことはないが、おそらく天井の十分に高い大きな体育館のような場所であっても、この「天空が見える」という制限にかかり、成功しないと思われる。さらに言えば、その体育館の天井がガラス張りであっても、成功しないと予想する。

 この幽霊を見る方法はおそらく、神や仏の力を借りるという要素がある。ゆえに石は、隔てない天空に投げられなければならない、と、そんな気がするのである。


 さて、いよいよ詳しい方法について述べる。方法についてもあまり難しいことはない。ひとつだけ存在する禁忌を除いて、失敗しても「幽霊が見えない」というだけであり、災いが降りかかることはない。何度失敗しても、成功するまで繰り返してよい。

 雲の切れ間がある月のない夜。大声をあげても誰にも聞こえない場所に、ひとりで、投げやすい石とライトを持って立つ。

 空に向かって「あらため、あきらめ、えみため」と大声で唱え、最後の「えみため」で石を真上にできるだけ高く投げる。

 コツとしては「えみため」の「え」で投げるよりも、「えみため」の「め」で投げる方が後々時間の余裕が生まれる。「えみた……め!」と一呼吸おくテクニックもある。

 投げるのは真上とされているが、当然ながらこの投げた石は落ちてくるため、正確に真上に投げると自分に落ちてくる可能性があって危険である。ほぼ真上だがわずかに自分より前、もしくは後ろを狙い、投げた瞬間に反対方向に一歩移動することで、比較的安全に行うことができる。

 投げたら、自分の周囲360度を持っているライトで照らし、幽霊を探す。周囲に幽霊がいた場合、幽霊はライトの明かりを避けるように動く。しかし石が宙にあるうちは幽霊は必ず実行者がその場で見ることができる位置におり、また実行者が一度確認した場所には戻れないとされている。

 つまり周囲に幽霊がいた場合、石が地面につくまでに自分が確認できる範囲をすべて確認できれば、必ずどこかのタイミングでライトが幽霊を捉え、幽霊を見ることができるのである。


 最後に、必ず石が地面に落ちる音を聞かなければならない。音が聞こえるまで探して幽霊を見られなかった場合、確認しきれていない地点があるか、周囲に幽霊がいないということになる。

 この、「石の落ちる音を聞き逃す」というのが、この方法の唯一の禁忌にあたる。よって、石を完全な真上に投げるのは自分に落ちてきて危険であるが、最終的に落ちてくる地点は自分にできるだけ近い位置でなければならない。

 断崖絶壁の上で石を投げれば石が断崖の下に落ちるまで宙にある時間を稼げるとか、逆に高い段差の下にいて、石を自分より高い地点に引っかけて地面に落ちないようにして時間を稼ぐという方法は試すべきではない。

 別の失敗をして方法そのものが不成立であればなにも起きないが、万が一正しい方法で行った上で石が落ちる音を聞き逃した場合。

 実行者は死ぬとされているからである。






◇◇◇






 この方法の正式名称は不明だが、仲間内では「あらため」と呼んでいる。

 私はこのあらためをいろいろな場所で試し、何度も幽霊を見ることに成功した。

 少しずつ方法を変えて試したが、前述したように投げるものは結局石に落ち着いた。音を聞くという観点では割れて大きな音がでるガラスなどがより良いが、コップは高く投げるのが難しい。またあらためは何度も行って成功を目指すことが前提のため、ガラスは費用がかかりすぎ、片付けなければ他人の迷惑にもなる。

 ライトについてはロウソクでもLEDライトでもよいと書いたが、おすすめはしっかりと指向性のあるアウトドア用の懐中電灯である。境界のある円形に照らすことができるため、自分の視界と一緒にライトを動かすことで、どこを確認し、どこを確認していないかが分かりやすい。幽霊そのものも非常にはっきり見ることができる。


 1度だけロウソクでしたことがあるが、消さないように動くのが難しく、またとても怖い思いをしたためもう使うことはないだろう。つまり、ロウソクは光が届きにくいので、確認できる場所が少ない。逆に言えば確認する必要がある場所が少ないということで、幽霊を見るには有利である。しかしそれは必然的に、幽霊が自分のすぐ近くに現れるということでもある。

 自分が試した時は、後ろを振り向いた瞬間に、手が届くような位置に老人の顔があって背筋が凍った。その顔が老婆のものか老爺のものかは判別がつかなかったが、落ちた石の音とともに気のせいだったかのようにそれは消えた。






◇◇◇






 落ちる音については唯一の禁忌であるため、自分は実験的に手法を変えることを避けている。

 必ず日が沈む前に予定地で石を投げて試し、どの程度まで音が聞こえるか予行練習をする。音そのものは地面に落ちる音でも、草むらに落ちる音でも、また水に落ちる音でもよいため、よほど投げるのに失敗しない限り何らかの音は聞こえる。

 水音が分かりやすいため水場が望ましいかと思いきや、蛙の声が五月蝿いことがある。聞こえない危険性を考慮して断念したこともあるため注意が必要である。

 失敗して真下や真横に投げた者の話も聞いたが、音さえ聞こえれば特に問題なかったということである。


 この、「石の落ちる音を聞き逃したら死ぬ」という禁忌は、実は拍子抜けするほど現実的な解釈がある。

 つまり、真上に投げた石の落ちる音が聞こえないということは、それが自分自身に落ちたということなのではないかという考え方である。拳大の石が頭に落ちるわけだから、地面に落ちる音を聞く間もなく実行者は重症を追って倒れ伏すとこになる。そのうち何人かは死ぬこともあるだろう。

 つまり、「投げた石に当たらないように気を付けろよ」という単なる戒めの可能性もあるかもしれない。





◇◇◇






 最後に、あらための方法と同時に伝えられる定番の怖い話があるので書き添えておく。

 

 あなたがあらためを行っている場面を想像してほしい。

 辺りは静寂と暗闇で満たされている。例えば幽霊が出ると噂の廃墟の前にいるとしよう。人里は遠く、風は冷たい。昼間よりも大きく見える廃墟があなたを押し潰すかのようにそびえていて、割れた何十のガラス窓からぼろ布のようになったカーテンが手招きをする。急に背後で梟の鳴き声がして、あなたは身を竦める。

 神経が張り詰めているのだ。


 あたらめ、あきらめ、えみため


 月のない空に向けて、あなたは叫び、石を投げる。静寂に馴れた耳にあなた自身の声が突き刺さる。

 あなたはすぐに辺りをライトで照らし、幽霊を探す。猶予はない。限られた時間を最大限に活かさなければ、このゲームは成功しない。廃墟の窓のひとつひとつ、周囲の木々の間、自分が運転してきた車の影まで照らして幽霊を探す。

 同時に、あなたは耳を澄ませている。あなたはその音の予感に追われながら、急かされながら、しかしその音を待ち望んでいる。もうすぐ聞こえるはずだ。あなたは当たらないと分かっている石を避けるように、意味もなく首を竦めてしまう。


 コツン

 音が聞こえ、あなたは息を吐く。


 また別の石を投げ、周囲を見渡す。石が落ちるまでの数秒間を繰り返す。

 あらため、あきらめ、えみため

 ……コツン

 あらため、あきらめ、えみため

 ……コツン


 あなたの意識は知らず知らずのうちに、ライトの照らす先を確認するあなたと、宙にある石そのものの2つに分かれている。あなた自身が宙に浮き、そして落ちてくる。

 しかし、何度やっても「その音」が聞こえるまでに、すべてを確認することがどうしてもできない。

 確認できていない、と思ってしまう。

 あそこをちゃんと見ていれば幽霊がいたかもしれない。と、そう思ってしまう自分を騙すことはできない。


 繰り返す度にあなたの足元から恐怖が這い上がってきて、地面と足の間に薄い膜が張っているような感覚に陥る。

 あなたは幽霊を見ることができない。しかし、あなたが何度も張り上げる声を、幽霊は聞いている。ひとりで石を投げ続けるあなたを、幽霊は見ている。

 そんなことはないと証明するためには、幽霊はいないと証明するためには、あなたは声をあげ、できるだけ高く石を投げ、辺りを見渡して、見渡し尽くすしかない。

 石の音はできるだけ長い間、聞こえないで欲しい。でも、絶対に聞こえなくてはならない。

 

 あらため、あきらめ、えみため!


 これで最後、そう思って怒鳴るように唱えたあと、あなたは会心の手応えを感じた。

 いつもより高く放たれた石から完全に意識を外し、あなたはこのチャンスに集中する。

 書道の達人のように滑らかにライトが闇を裂き、あなたは身体を回しながら完璧に周囲360度を見渡す。時間がスローモーションに感じる。完璧だ。すべての見るべき場所を視線が追った。これ以外の領域はない。

 そして、なにもいない。なにも見えなかった。

 ここに幽霊はいない。

 いなかったんだ。終わりだ。ゲームに勝った。これで帰れる。

 あとは石が落ちてきて、音を聞いて、それで終わりである。この冒険のおわり。

 家に帰れる。


 ……


 音が、しない。

 まだか?

 もう落ちていいのに。


 あなたはもどかしく感じる。これ程長い一瞬があるだろうか。張り詰めた神経が時間を引き伸ばしている。

 あなたは石の落下する瞬間を予感し、また首を竦める。


 ……


 まだ落ちない。

 そんなばかな。聞こえないはずはない。聞き逃すはずはない。


 それだけは駄目なのに!


 あなたは思わず上を見上げ、










 それと目が合った。

 

 それはあなたの目の前に浮いていて、ニヤリと笑った口の中にはあなたの投げた石があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ