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その3

突然の告白に、文字通り目が点になる。


イセカイ?テンセイ?


全く聞きなれない単語に、頭の中もすぐには変換できずパニックになっている。

開いた口がふさがらない。

その様子を見て、ハンネスさんは苦笑しながら肩をすくめた。


「やっぱり、訳わからないわよね」


思わず頷きそうになる。

だって、何を言っているのか、本当に理解が追いつかない。

ハンネスさんはおかしくなってしまったのだろうか。


私が全く理解できていないことを察してか、彼は子供に話すようにゆっくりと目を見て語りかけてきた。


「あのね、異世界っていうのは、こことは違う全く別の世界のこと」


「こことは全く違うって、どこにあるの?」


「それはアタシだって聞きたいわよ。地理的な話まではわからないわ。とにかく、この世界とは全く異なる世界のことよ」


そう言うと、ハンネスさんは手元にあったグラスとフォークを、それぞれ両手に取って見せた。


「このフォークが前のアタシがいた世界だとすると、このグラスは今のこの世界。おそらく、こんなふうに交わることなく二つは存在しているのでしょうね。アタシの前いた世界でもこっちの話なんて聞いたこともなかったから、全く干渉はしていないはずよ」


そう言いながら、グラスとフォークを遠く離す。


何が何やら。

頭の中は既にパンク状態で、頭上からプシュ〜と煙でも出ていそうな気分だ。

彼の話はとてもわかりやすいが、そんなおとぎ話のような話をすぐに受け入れることは、どうやら脳が拒否してしまっているらしい。

私の受け入れ態勢にも限度があったとは、人生初の驚きだ。


「えっと、あの、全く干渉してないってことは、ハンネスさんはどうして今ここに?」


頭を押さえながら、受け取った情報から気になったことを素直に尋ねてみる。

すると、ハンネスさんは「いい質問ね」と言ってグラスとフォークを近づけて見せた。


「確かに二つの世界は干渉していないけれど、それはおそらく生きている間だけの話。死んだ後はこんなふうに転生という形で、どうやら双方の世界に干渉することができるんじゃないか、というのがアタシの立てた仮説よ」


カチン、とグラスとフォークがぶつかり、小さく音を立てる。


「現にアタシの前いた世界では、この世界の話こそなかったけど、「転生者」という言葉自体は創作物なんかにもよく登場していたくらいだし。ま、実際の転生者に会ったことは一度もなかったから、アタシも自分がこうなるまでは半信半疑だったけどね。もしかすると、転生することで互いの世界に干渉しないよう、何かバイアスでもかかるようになっているのかしら・・・」


グラスとフォークを置き、何やらぶつぶつと考え始めたハンネスさん。

顎に手を添え物憂げにするその姿は、やっぱり絵に描いたようにさまになっている。


ふとそこで、一つ気になることがあった。


「あの、ハンネスさん」


「なに?」


恐る恐る声をかけると、すぐに考え事をやめこちらを見てくれる。

その優しい眼差しを受けて、なぜだか無性に泣きそうになってしまった。

涙腺が緩んでしまったのだろうか。

それとも、これから尋ねようとしていることのせいだろうか。


「さっき、生きてる間は転生できないって・・・・・・それって、もしかして・・・・・・」


察しの良い彼のことだ。

これだけですぐに私の考えていることを理解してくれたらしい。

整った眉が、困ったように下がってしまった。


「レオニル・・・・・・」


「言いたくなかったら、いいの。でも、もしかしてハンネスさんが今ここにいるのは、一度死ぬのを経験して・・・・・・」


「レオニル」


「私、ごめんなさい、なんだか、想像したら・・・・・・」


言いながら、ぽろぽろと大粒の涙が溢れてしまった。

気を使わせてしまう、そう思い涙を止めようと歯を食いしばるが、一向に止まる気配がない。

こんなことで、困らせてしまいたかった訳ではないのに。

でも、彼の死をまざまざと想像してしまったのだ。


ハンネスさんとは、たった5年の短い付き合いだ。

それこそ、幼なじみの国王や長年苦楽を共にしてきた彼の同僚たちに比べれば、ほんのあっという間の期間に過ぎないだろう。

でも、それでも、5年も一緒にいたのだ。

5年分の思い出しかないが、それでも、そんな相手が死を一度経験していたなんて、考えただけでもゾッとして悲しくなってしまう。


どんなふうに死んだのだろう。

痛かったろうか、怖かったろうか。

誰かが傍にいて、彼の不安を和らげることはできたのだろうか。

もし一人だったら、もし悲惨な死だったら。

考えるだけで、背筋が凍りつきそうになる。


「レオニル」


不意に、頬を撫でられ涙を拭われた。

いつの間にか席を立ち、ハンネスさんが傍にひざまずいている。

私と目が合うと、ふわりと優しく微笑んでくれた。


「大丈夫よ」


そっと、でも力強く、手を握りしめられる。


「何を想像したか知らないけど、前のアタシはすごく幸せな人生を歩んでいたわ。死ぬ時だって、大勢の家族や友人に見守られながら、眠るように息を引き取ったのよ」


すごいでしょ、とイタズラに微笑む彼に、思わず釣られて口角が上がった。


「そりゃ、転生した時はびっくりしたわ。まさか、二度目の人生が始まるなんて夢にも思わなかったもの。でも、優しい両親に理解のある幼なじみまでいて、大臣なんてすごい仕事までさせてもらえて、こんなに可愛らしい奥さんまでもらえて。今回の人生も、アタシにはこれ以上ないってくらい素敵なものなのよ」


彼の言葉に、いつの間にか涙は止まっていた。


「大丈夫、アタシはちゃんと幸せよ」


そのセリフには、嘘も偽りもない気がする。

ああ、私はどうして、勝手に決めつけて、勝手に悲しんでしまったのだろう。

ハンネスさんを困らせたい訳じゃ、決してないのに。


「ごめんなさい」


ひっくとしゃくり上げながら小さく謝ると、彼はまたにこりと微笑んだ。


「こちらこそ、紛らわしいこと言っちゃったわね」


断じてそんなことはない、とぶんぶん首を横に振る。

その様子を見てクスッと笑った後、ハンネスさんはゆっくりと立ち上がった。

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