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その1

「えぇ!?あんた、アタシのファンだったの!?」


突然の悲鳴に一瞬頭が真っ白になる。

発せられた言葉に似つかわしくない低音ボイスを放ったのは、紛れもなく我が夫。

オシャレな顎ひげに、丁寧に整えられた髪や眉、ダンディを体現したようなイケてるおじさんことハンネス・カルーロ45歳である。


「・・・え?」


そして、ハッとした様子で慌てて口をふさぐハンネスさんを呆然と見つめるのは、彼に比べるとザ・平凡な女こと、妻の私、レオニル・カルーロ25歳。


二人とも続く言葉を発することができず、しんとした空気が部屋の中を包んでいる。

どうしてくれるのだ、この空気。

これから晩ご飯だというのに。

今日は嬉しいことがあったので、腕によりをかけた豪勢なご飯を作ったというのに。



そもそもの発端は、一冊の本だった。


私たちの住むここヴィービレー国では、身分に関係なく男女とも大人になると婚約者を決められ、双方の合意の年齢になると結婚することが義務付けられている。

婚約者を決めるのは両親だったり上司だったり、遠い親戚や果ては国王など、とにかく該当の二人を俯瞰して見られる人物であることが定められている。


なんでも学校で習った話では、かつて極度の格差社会と少子化を経験した当時の国王が国が廃れることを恐れて作った法律で、低い身分の者同士で結婚することによる格差社会の深刻化や、結婚自体をしないことによる人口減少の増加を防ぐことが目的だったとか。

そのため、極端な身分差が生じないよう各ペアとも様々に吟味され、ようやく結婚相手を自動的に決定されるのだ。


私が20歳を迎えた頃、国王のはからいで紹介された婚約者がハンネスさんだった。


大臣という重要な役職に就いていた彼は、その容姿と有能さから婚約者候補として数多の声がかかっていたという。


だが、どういうわけか国王や彼の両親が断固として首を縦に振らなかったために、当時40歳にして未婚というこの国では珍しい存在だった。

国王と彼は幼なじみだそうだが、「余程肝の座った女性じゃないと、こいつとの結婚は勧められない」が口癖になっていたと当時周囲では噂になっていた。


そして、それを聞きつけた私の両親が、それならばと娘の名を挙げたのだ。


生まれてこの方容姿は平凡、家柄も中の下、普通の中の普通を絵に描いたような私だが、一つ胸を張って言える長所があるとすれば、まさにこの受け入れ態勢の整い具合だろう。

簡単に言うなら、「何でもドンとこい!」精神だ。


過去にそれを体現した逸話ならいくらでもあるが、ここでは省いておくとして。


とにかく、両親のその名乗りと周囲の評判を聞きつけた国王やハンネスさんの両親の力添えで、あれよあれよと彼との結婚が決まったのだ。


それから5年。

なぜあんなにも国王たちが他の婚約者との結婚を渋っていたのか、さっぱりわからないままつつがなく結婚生活を送っていた。


ハンネスさんは仕事が有能なばかりでなく、家事も完璧、気遣いも素晴らしい人だった。

風邪を引いて寝込んだ時などは、これまでに食べたこともない美味しいお粥を作ってくれたりもした。


本好きな私と違い仕事以外で本を読むことはないハンネスさん。

体を動かすことが好きなハンネスさんと違いあまり運動が得意ではない私。

正反対の私たちがよくわからない流れでサクサクと結婚したわけだが、これはこれで幸せなのではないだろうか。

そんなふうに思うことが多くなったある日のこと。


飼っていた猫のゴリアがハンネスさんの書斎に入り込んでしまい、それを追いかけ普段は入らない彼の部屋へと足を踏み入れてしまった。


結婚した当初、要望などあまり言わない彼が唯一告げてきたお願い。

「僕の部屋には、できれば入らないでくれないかな。仕事道具もたくさんあって散らかってるから、あまり人に見られたくないんだ」


彼の数少ないお願いだ。

私は快く了承した。

なので、勝手に入っては流石にまずい。


とは言っても、結婚して5年、彼が怒ったところは見たことがない。

いつでも落ち着いて、凪のような人だ。

きっと怒鳴りつけるようなことはしてこないだろう。


だからと言って、勝手に書斎に入って良いという訳ではない。


「ゴリア、出ておいで。そろそろハンネスさんも帰って来るし、ご飯の時間だよ」


今日はごちそうなんだよ〜、そう声をかけ机の下を覗いた時、一冊の本が目に入った。


「これって・・・」


思わず手に取る。

大人気恋愛小説家の最新作だ。


この国では第三者に決められた相手との結婚が義務付けられている。

それはつまり、自由に恋愛はできないということ。

もちろんそのことに不満を持つ若者は少なくない。

そして、そんな不満を少しでも解消してくれるのが、この作家の恋愛小説だった。


この作家の小説の中では、登場人物たちは自由に恋愛を楽しんでいる。

愛する人に愛され、好きな人を振り向かせようと努力し、時には実らず涙を流す場面もあるものの、ほとんどがハッピーエンドで綴られる。

このどこかわからない違う世界の物語を読み、この国の若者たちは自由な恋愛を想像して楽しむのだ。


例に漏れず、私レオニルもこの作家の大ファンである。


「すごい偶然!ハンネスさんも今日並んだのかな」


今日はこの作家の最新作の予約日。

大人気過ぎて予約だけで売り切れてしまうので、今日も早くから行列に参加し長い時間をかけてやっと予約を完了してきた。


「あれ?でも、発売は来月のはず・・・」


なぜ、原本がここにあるのだろうか。

改めて表紙を見る。

間違いなくあの作家の名前が印字されている。


あれ?

ハンネスさんは本は仕事以外読まないのではなかっただろうか。


なぜだろう。

ふと、国王の言葉が頭をよぎった。

『余程肝の座った女性じゃないと、こいつとの結婚は勧められない』


「レオニル?」

「きゃあ!!!」


突然背後から声をかけられ、思わず悲鳴を上げる。

慌てて振り向きぺこぺこと頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!勝手に入ってしまって!」

「そ、その本は!」


顔から血の気が引いた音がした。


「あの、この本、今日私も予約してきたの。でも、まだ発売してないのになんでここにあるんだろって気になって・・・」


なんとかうまい言い訳はないものか、と頭を巡らせていたが、気づけば馬鹿正直に全て話してしまっていた。

手に持った本をギュッと握りしめながら、ちらりとハンネスさんの顔を仰ぎ見る。


そこには、驚いたように口をぱくぱくとさせた夫の姿があった。

初めて見る顔だ。


「あの、ハンネスさん・・・?」


「えぇ!?あんた、アタシのファンだったの!?」


ここで、冒頭の叫びに戻るのである。

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