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フィッシス名物


汽笛と言う大きめの笛が鳴ってからそれなりの時間が経った。


船には時計が無いので正確な時間が分からないが、太陽の位置からして概ね2時間は経過したと見える。



「うぇえ、吐きそぅ……」



暗殺者ともあろう者が船酔いで死にそうになっているのを鼻で笑いつつ、俺は丁度近くを通り掛かった船員に訊ねる。



「すまない、ナーナンシアってあとどれくらいで着くんだ?」


「このまま順調に行けばあと2時間ってところだな」



それでも2時間は掛かるのか。



「…順調に行けばって言ったが、順調に行かない事が?」


「この海域はジャンボイカっつー恐ろしい化け物のナワバリでよ。だから、そいつが出てきたらなんとか迂回したルートを取らねえといけねえんだ」


「なるほど、じゃあそいつが出てこない事もあるってわけか」


「基本は滅多に出てこねえよ。よっぽど怒りに触れねえ限りは通常の航路で問題ねえ」


「ふぅん…?例えばアレは大丈夫だったりするのか?」



身を乗り出して海にゲロを撒き散らすシステを指差す。


すると船員の顔は見る見る青ざめていき、慌て始めた。



「じょじょじょ、嬢ちゃん!!ゲロはマズイぜ!!!」


「へ…?」


「ジャンボイカは人間のゲロが大嫌いなんだよ!!」



直後、船が大きく揺れて乗客達がバランスを崩す。噂をすればと言うやつだ。


海が荒れ、飛沫を上げるとともに巨大な触手が姿を見せる。


次々と現れる触手は船にしがみついて沈めんとする。



「流石に船を沈められるのは困るな」


「ななな、何が起こってるんですかこれ!?」


「お前のゲロがゲソを呼び寄せた」


「そんなぁ…」



しかしこのままだとシステのゲロのせいで乗客まで海の藻屑にされてしまいそうだ。


ここは俺がジャンボイカを退治するしかない。



「おい兄ちゃん!近寄ったら危ねえぞ!?」


「大丈夫だ。こう見えて無刀情心流を極めてる」



今の言葉には何の説得力もない。



「本体は未だ水中か。なら迎えに行ってやる」



念の為に軽くその場でストレッチしていると、悲鳴が響く。


何事かと視線だけを声の主に向けてみる。



「ちょ、ちょっとちょっと何ですかぁ!?」



どうやらシステが触手に捕らわれてしまったようだ。



「見てないで助けてくださいよ!このままだとわたし」



SOSを出していたようだが、誰にも助けてもらえる事なくシステは海に引きずりこまれた。


少ししてゲロの本体を見つけて満足したのか触手達は船から離れ、海に帰って行く。


システと言う尊い犠牲が船の危機を救ったのだ。アーメン。



「騒がしいのを処分してもらえて助かった」



見殺しは心が痛まないでもないが、システは人殺しを家業としていて実際に師匠も殺してる。


おまけに俺の命も奪うつもりらしいから野放しにしておくのは危険だし、大して生きる目的もないのなら今のうちに死んでおくのが懸命だ。


乗客の安全確認も済み、再び船がナーナンシアへの航路を進み始めたのを目や耳で感じながら、俺は静かな船旅へ没頭する事にした。


そして。



「ここがナーナンシア大陸の港、フィッシスだ。ここから北にずっと向かって山道を越えれば、ナーナンシアが誇る巨大な魔法都市ヤクシマにも行ける。ま、兄ちゃんがどこに行くのかは知らねえがヤクシマの街並みは必見だぜ?」


「色々とありがとう。丁度そこに向かう旅の途中なんだ。俄然楽しみになってきた」


「ヤクシマまでの道中には魔物も出るって噂もあるからせいぜい気を付けな!じゃあな!」



気さくな船乗りは別れを告げると背を向けて去っていく。


俺はそれを見届けるとヤクシマに近付いた事を実感しながら歩き出す。



「ん、この匂い…」



大通りを真っ直ぐ歩いていると何やら香ばしい匂いが鼻をかすめる。



「魚か?」



匂いの元を辿ればそこには出店があった。看板にはこの世界の言語でフィッシスフィッシュと書かれている。


見るところ串刺しにした魚を炙った料理らしい。



「いらっしゃい。フィッシスフィッシュはいかがかな?」


「ぜひ貰おうかな」



この体になってからは空腹を感じる事がなくなった訳だが、やはり美味しそうなものを見ると食べずにはいられないのが人の性と言うもの。


いや、自分がまだ人で分類していいのか謎だけど。



「はいよ。2ナモスになるよ」



財布と言う名の銭袋の紐を解き、銅貨を2枚手渡す。


代わりに店主はフィッシスフィッシュを1本手渡してくれた。



「毎度あり。また来てくれ」


「ありがとう」



店から離れ、道すがら焦げ目が食欲をそそるフィッシスフィッシュにかぶりつく。


皮を破れば溢れる汁と共に引き締まりながらもほくほくの身の食感が口の中に広がってくる。


何の香辛料を使っているのかは分からないが、若干ピリッとした辛味も感じられる。


まさに絶品。



「ん〜、美味すぎる!」



師匠の家でもよく料理を食べさせてもらっていたが、師匠やゴッドハンド・タケルが作ってくれる料理はどこか俺の故郷を感じさせるものばかりだった。


あれもあれで美味しかったが、このフィッシスフィッシュも負けず劣らずの美味さだ。


こうして世界中の料理を食べ歩くのも案外悪くないのかもしれない。


フィッシスを出る前にゴミ箱で食べ終わった串を捨て、俺は未だ見ぬ未踏の地に胸を踊らせる。


まずは山道を越えなければいけない。疲れ知らずだが、頑張って行こう。

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