死と転生と出会い
うんちくたれるうんちくん
◇
「うへぇ。あちぃ…」
帰島 平平。
それが今まさに炎天下で絶滅寸前の男の名である。
何を隠そう彼は10人に1人がなれると言われている第一種魔術技士免許を持っていない。
そう、彼は魔術技士にはなれなかったのだ。
一方その頃。平平の歩く歩道の、その反対車線の歩道に今にもこぼれ出しそうな大量のオレンジが入った袋を両手でいっぱいいっぱいに抱え、同じく今にもこぼれ出そうなたわわに実った豊満な胸を揺らしてオレンジとイチャイチャしている甘栗色の髪をポニーテールに束ねた少女がいた。
あたふたとしているのが目に見えて分かる彼女の名前は、黒堕 闇理。
そんな彼女が持つオレンジの袋から、オレンジがひとつ落とされた。追い掛けてもうひとつ落っこちた。
至極残念な事に、落ちた座標が同一な事からひとつの空間に同じ物質は存在出来ないと言う事で追い掛けて落ちたオレンジはこの世から抹消されてしまう。
結果的に、ひとつのオレンジがこぼれ落ち、車道側にコロコロと躍り出たと言うのが現段階で我々の理解が及ぶ状況だ。
そんな様子を瞼ガン開きにして凝視していた平平は意気揚々にガードレールを乗り出し、同じく車道に躍り出た。
「あのぉ!!これ落としましたよ―――――」
オレンジと平平が織り成す2人きりの舞踏会は僅か3秒で強制閉幕。
時速70キロメートルで駆け抜ける魔導四輪によってオレンジは果肉を飛び散らせ、見るに堪えない姿へと変わり果ててしまう。
平平はと言うと、あまりにも凄惨な状態であるので口は紡いでおこう。
強いて言えば、恐らく死んだのであろう。
同じくオレンジが落ちた時点でその様を見ていた闇理は特に慌てた様子もなく、ただただ述べる。
「あぁーあ…私のオレンジが潰れちゃった…」
可愛らしい顔から漏れ出す酷く冷たい言の葉。
その言葉を最後に、驚くことなかれ。辛うじてまだ息をしていた平平は静かに目を閉じるのであった。
しかし、決して死んだわけではなかった。
肉体は光に包まれ、粒子となって空へと昇っていく。
輪廻転生を知っているだろうか?
詳しくは説明しないが、とにかく死んでも別の命として生き返る程度には思っていただこう。
簡潔的に言えば、光の粒となって消えた平平は死んだわけではなかったが、世界に組み込まれた凄惨死救済システムが限りなく死に近い状態の平平を死んだと誤認識し、彼の肉体を1度粒子レベルまで分解して転生と言う形で蘇生する選択をしたのだ。
結局小難しくなってしまったので改めて簡潔的に言うと、人を助けるシステムが誤認識で助かったかもしれない平平にトドメを刺し、転生させた。
以上である。
◇
場所は変わり、異世界【ヌルヘッハ】。
共和国軍と連合国軍による壮絶な戦いが繰り広げられるソトラルム国境平原にて、平平は2度目の生を受ける。
但し、魔導四輪に轢かれた時のままで。
「ぅぁ…!!痛ぃぅぁぁ……!!」
何故生きているのか分からないくらいの瀕死の重体で魔弾飛び交う戦場に放り出された平平は、ゴミの様な呻き声を上げながら動かない身体をなんとか動かそうと必死に身動ぎする。
しかし、手足はあらぬ方向へ曲がっていてまともに移動する事すら許されない。
そこへ、近付いて来る人影があった。
「何だこのボロ雑巾は…?」
長く蓄えた髭を三つ編みにしたマンバン―――通称サムライヘアの男の名は、ムトウ・ムネヒラ。
共和国軍に手を貸す剣士だ。
ムネヒラは腰に携えた日本刀にも似た得物に利き手である右手を添え、転がる平平をうんこ座りで観察した後に、何を思ったのか担ぎ上げた。
それも片手で軽々とだ。
「いやあ、イイ拾い物をしたかもなこれ」
「……す、隙だらけだ…!今しかない!!」
微笑を浮かべ、独り言を漏らすムネヒラの姿を見てチャンスと捉えたのか、岩陰に隠れて様子を伺っていた連合国軍の兵士が「うあああ!!」と悲鳴にも似た声を上げながら剣を振り被って迫る。
ムネヒラはそんな兵士を肩越しに一瞥すると、暫定刀に添えたままの右手を持ち上げ、兵士を文字通り裏拳で殴り飛ばした。
既に振るわれていた剣は拳によって粉々に、それでも尚緩まる事のない鉄球の様な裏拳は兵士の顔面を兜毎砕いてしまった。
兵士はそのまま遥か遠方まで飛んで行き、姿を見せなくなる。
その光景を見てムネヒラは肩をすくめると、ニヒルな笑みを浮かべて口を開く。
「なんだ、気合いの割には肩透かしだったな」
―――彼の名はムトウ・ムネヒラ。後に語り継がれる事となるこの戦争において共和国軍を勝利に導いた英雄である。