胸の奥の希望
今日は天気がいい。晴れ渡った空は、ここのところ順調にアーヴィングとの距離が近づいて高揚しているあたしの心を表しているかのようだった。
浮かれていて注意力が散漫になっていたのだろう。花壇の散水で濡れた敷石に足を乗せた途端、つるりと滑ってしまった。
リボンが舞い、裾がはためいて体が傾ぎ、後方に倒れかけたところを、後ろからのびてきた手に支えられる。金色の髪の向こうから、緑の優しい目があたしを見つめる。
「間に合ってよかったです」
「まぁ、アーヴィング、ありがとう」
「どちらに参られるのですか? 外は危険ですから、お呼びください」
「庭を散歩するだけよ、平気」
そう言うのに、彼は首を横に振る。
「何があるか分かりませんから、どうぞ、俺に声をかけてください」
「わかったわ。じゃあ、ついて来てくれる?」
回された腕は力強く、そうとでも言わなければ放してくれそうにない。
「もちろんです、レイチェルさま」
彼が嬉しそうに笑う。あたしも笑顔で応える。
アーヴィングは最近、あたしを名前で呼ぶようになった。もちろん、あたしが許可を出したからなのだけれど、言い出したのは彼の方からだ。
これって、あたしの勘違いじゃなく、本当に仲良くなってきているって証拠よね。
この頃はお願いをしなくても横を歩いてくれるようにもなったし、ときどき、ふと手がかすめる瞬間すらある。
最初は頑なに固辞していたお茶の時間の同席も、苦笑しながら座って相手をしてくれるようになった。
あたしの胸は期待に踊る。嬉しい。本当にうれしい。
この回帰が本当に司祭さまの言う通りの番病なら、あたしは、やっと病を克服できるかもしれない。
それからさらに時間を重ねる。日ごとに彼との距離が縮まっていくのを強く感じていた。
非番でもあたしを見つけると駆け寄ってくれるし、あたしを見るといつだって笑顔になる。
実は、デートにも誘われた。贈り物もくれた。
「レイチェルさまがお持ちの物に比べたら、大したものではないのですが……」
そんなことを言いながら恥ずかしそうに。ちゃんとあたしが前に話した好みを覚えていてくれたらしい。
確かにその髪飾りは、あたしが持っているものと比べて見劣りがするけれど、でもいいの。だって彼がくれたものだから。彼はお金が少ないのだから仕方がない。彼がくれたというのが大事なの。何もない女に贈り物なんてするはずがないのだから。これはあたしが彼にとって特別であるという証拠なのだから。
「ねぇ、アーヴィング」
あたしはとびっきりの笑顔で彼に笑いかける。この笑顔は大抵の人に通じる。通用しないのはシモンくらいだけれど、今は幼馴染のことなんてどうでもいい。最近は全く見ることもなくなったし。
「手を握ってもいいかしら?」
返事が来る前に彼の腕に手を絡ませて、握りしめる。彼は嫌がらないどころか、あたしを見て微笑み、握り返してくれさえした。
涙が出そうになるくらいうれしい。やっと、あたしは普通の人生を行くことができるのかもしれない。
ある日、使用人たちが気を利かせたのか、あたしたちを2人きりにしてくれた。こういうとき、貴族のお嬢さまなら逆に2人きりにならないようにするらしいけど、うちはそこまでの家じゃないから。
初めて貴族じゃないことに感謝する。
傘の陰で彼があたしに顔を近づける。あたしはそっと目を閉じた。
湿ったものが触れる感触。ただし、頬に。
「あなたのことが本当に大切なんです」
唇にねだるあたしに彼が言い訳のように言葉を返す。
不満だったけれど、ここで我が儘を言って仲が壊れてしまってはここまでの苦労が水の泡だ。
あたしはもう死ぬつもりはないのだから。
「本当? あたしのことが大切? あたしのことが一番?」
「もちろんです」
彼が熱くあたしを見つめる。その目が何よりも、彼の言葉が真実だと語っていた。
「あなたは俺の全てです」
彼は愛おしそうにあたしの頬をなでた。