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番という病

次の日の予定をすべて中止し、あたしは話を聞きに教会へ急いだ。


教会はあたしの住んでいる場所からもその近くの街からも離れた、何のお楽しみもないところにぽつんと建っていた。


「つまんない場所……まぁ、静かでお祈りはしやすい環境ではあるわね」


木造の教会は小さく、尖塔の赤い屋根が緑に囲まれた場所ではとても目立つ。その傍に寄り添うように建っている漆喰の建物が居住部分なのだろう。


案内された礼拝堂は平らな笠木と背もたれに聖書を置く棚のついた椅子が不規則に並んでいて、モザイク模様のガラス越しの光が羽目板の床とその上に敷かれた絨毯に模様を描いている。


こんな場所では訪れる人もあまりいなさそうだし、お年寄りがひっそりと暮らしているのを想像していたあたしは、出迎えた司祭さまが思っていた以上に若かったのに驚きを隠せなかった。


予約もなしに突然訪れたことを謝罪し、手紙で伝えたことを再度説明する。余りにも必死だったから時々前後がおかしくなったり、つじつまが合わないところもあったのに、司祭さまは話に最後まで耳を傾け、驚いた様子もなく、聞き終えたあと言った。


「ああ、やはり、それは“つがいびょう”でしょう」


「つが……なんですか?」


司祭さまは司祭服の黒い袖を揺らし、空中に指で文字を書く。


番病つがいびょうです。本来の運命を離れ、魂がさ迷うやまいです」


「魂がさ迷うですって?」


もっと現実的な――そもそもこの体験があまりにも現実とはかけ離れているけれども――それでも、もっとずっと腑に落ちるような説明をしてもらえると思っていたあたしは、魂などという余りにも漠然とした話に落胆するしかなかった。むしろ、一度期待してしまっただけにその失望はより深い。


「あたしの今の状況は病気だと仰るの? 医者に行けということ?」


わざわざ思わせぶりな手紙をよこしておいて、言うことが医者とはからかうにもほどがある。


こっちは藁にも縋る思いで訪ねてきたというのに精神病だと思われていたとは。


詰め寄るあたしを、司祭さまはなだめるように押しとどめ、


「肉体の病ではありませんから、医者には無理でしょう。魂の病ですから」


「それを信じろと?」


「私は実際に番病にかかったことはありませんから、何も申せません」


静かに、きっぱりと首を横に振る。


話すんじゃなかった。真剣に相談して思春期によくある妄想だ、気にするなと取り合ってもらえなかったあの時の怒りにも悲しみにも似たものに襲われる。


しかし、次に続けた彼の言葉があたしを驚愕させた。


「ですが、レディからお手紙をいただいてから調べましたところ、今までにも同じようなことを口にし、教会を訪れた者が記録に残っておりました」


「本当に!?」


あたしだけだと思っていた。あたしだけが世界でただひとり、こんな目に遭って苦しんでいるのだと。


「あたしみたいな人が他にいたって仰るの!?」


「はい。そう多くはありませんが。最後に診たのは、50年近く前のようです。当時の関係者はもう残っておりません」


「じ、じゃあ、これを終わらせる方法はあるのね?」


「はい。“運命”を見つけてください。それが、唯一の解決法です」


「うん、め、い?」


思ってもいなかった言葉にとっさにただしく発音ができなかった。


司祭さまが一つの冊子をとり出す。公の物ではなく個人の私物なのだろう。仮綴じの紐で結ばれたそれは黴臭く、あちこちが黄ばんでおり随分と汚れて見えた。


彼はその中のある項を指さす。


指された先の文字はひどく震え歪んでいて読みにくい。かろうじて日付だけは読めたものの、あたしが眉をしかめると、こっちの苦労に同意するように司祭さまは苦笑し、


「申し訳ございません。以前、番病を担当した司祭はもう大分と高齢だったのです」


「なんて書いてあるの?」


あたしは読み解くのを放棄して彼に答えを求める。


「記録によると、“つがい”、つまり“運命”を見つけることが病を治す事につながったと書かれています」


「だから、さっきからそう言っているけど、運命ってなんなの!? そんなもの、どうやって見つけるのよ!」


「それは私にもわかりません。あなたの運命ですので。相手なのか、生き方なのかはわかりませんが、とにかくそれを見つければいいそうです。そうすれば、魂は元の道に戻ることができる、と。たとえば、過去に、信仰の道に進むことで繰り返しが終わった者もいたそうです」


彼は伺うようにこちらを見る。修道院を紹介しましょうか、とでも言うように。


「それはもう経験済みよ。大抵のことはやってきたの。貧しい人たちも救ってみたわ。それでもだめだった。……まさか、逆に大量に人を殺せとかそういうことじゃないでしょうね」


「まさか!!」


司祭さまが悲鳴のような声を上げ、あたしの言葉を打ち消す。高い天井に彼の声がこだまし、響いて消えた。


「運命を結びつけることが大事なのです。他人の運命を奪うことが解決方法ではありません!!」


「じゃあ、もし、運命が誰かのことなら……相手も同じことを繰り返しているってこと? 同じように繰り返している人を聞いて回ればみつかるってことなの?」


「いいえ、これは個人がかかる病です。おそらくですが、お相手の方は――運命が人を指すならのことですが――多分、正しい道を歩んでいるはずです。ここはあなたにとっては人生という舞台に上がる前の控室のようなものです。全てがハリボテです。自分のことをハリボテだというのも、おかしな気分ですが」


「こんなに苦しんでるのに本物じゃないですって!? しかも、何の手がかりもなしに、それが何なのかもわからないまま見つけるまで死ぬのを繰り返せっていうの?!」


「手がかり――というほどの物ではありませんが、番は運命そのものですので、あなたのそばにあるはずです。ただ、そこへの道筋が少し外れてしまっているだけ。繰り返している期間――その間に近くにいた人、あった物、起こったことに注意を払ってください」


真っ黒の司祭服に身を包んだ彼は神託を告げるように厳かな顔で告げる。


「その中に正解があるはずです」

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