後日談
「死刑が執行されたわ」
「そ、そう。お知らせ、どうもありがとう」
事件も落ち着いたある日、例のご令嬢から呼び出しを受けた。
あのあと実はときどき連絡をとりあっていたのだ。ただ、少し前に王都に行くと言っていて、先日やっと帰ってきたところに久しぶりに手紙が来たかと思えば、まさか、生首が飛ぶのを見届けた報告をされるとは思ってもいなかったけれど。
都では死刑が行われると広場に出店なども出て、人々が詰めかけ、大騒ぎになるときいていたのはどうやら本当らしい。
そんなのが見たいだなんて、みんな疲れてるんじゃないかしら。
暴れまわったあたしが言うのもなんだけれど、発散させるのではなくて、心労の原因をどうにかした方がいいと思うの。
あたしも、あのときは回帰しないだなんて想像もしておらず怒りのままに行動したけれど、つくづくとどめをささなくて良かったと今になって思っている。もし、あの包み込む炎に邪魔されずに伯爵を殺していたら、さすがに被害者だと言い張っても今頃ここで穏やかに過ごすことはできなかったはずだもの。
心の疲労は早めに解消しないと、とんでもないことになる。身をもって学んだわ。
「……褒章の件、当家から、推薦を出してもいいのよ?」
彼女の言っているのは、貴族への叙勲のことだろう。
あの事件では彼女も巻き込まれたけれど、あたしは彼女については口をつぐんだし、証言書にもそう署名した。シモンのお陰で彼女自身も誰にも見られることなく家に帰ることができた。
何もなくても、もし縛られて監禁されていたなどと知られたら彼女の将来に大きく影響を及ぼしていたに違いない。しかもあたしが促したとはいえ、逃げたとき彼女は下着姿だった。
だから、そのことに感謝してとあらためて口止め料を兼ねての申し出だとわかる。
ちなみに伯爵はあたしに襲われたことでだいぶと頭と心にいろいろあったらしく、供述は支離滅裂で一切発言は信用されなかったそうだ。
ただ、あたしが覚えてる限り、少なくともあの部屋であたしと対峙していたときは最後の最後まで伯爵は正気だった。
殺さないよう約束はさせたけど、あたしを監禁したときの、アーヴィングのあのねちっこい性格ははっきり覚えている。あんな男が、大切な妹を手に掛けた犯人をただ捕まえるだけで済ますはずがない。
でも、彼が暴力をふるったと表ざたになったら、それはそれで問題になる。そのため、彼女のことで都合も良かったし、あたしは気が付かなかったふりをした。
……アーヴィング、あなたが妹さんを失ってどんなに悲しくて苦しくて寂しかったか、あたしは知ってるわ。だから、そのくらいなら、あなたの罪をかぶってあげる。
それに伯爵家親族からも、身を守るには度の過ぎた、平民のあたしの貴族に対する暴行について物言いはつかなかった。多分、名誉は地に落ちたとしても、資産がそっくり手に入ることになったからだと思う。お金はいろんな意味で身を守ってくれるのだと改めて感じている。
最初から決めていた答えをあたしは彼女の提案を少し考えたようにみせてから、口にする。
「謹んで辞退させてもらうわ。あたしは結婚してシモンの家に行くから、うちが貴族になったところであまり関係ないもの。父と兄には自力で頑張ってもらわないと」
「じ、じゃあ、お相手の方の家を推薦するというのはどうかしら?」
「やめておくわ。シモンはきっとそういうの喜ばないだろうし」
「そう……」
彼女はそう言ったきり、カップに視線を落とす。しょぼんとした様子に見えるのは気のせいだろうか。
「気を遣っていただいてありがとう。でも、本当にいいの。今となっては自分がどうしてあそこまで固執していたのか分からないわ」
それが今の正直な気持ちだった。
もちろん、今でもお金は大好きだし、きらきらしたものや楽しいことも大好きだけれど。
「――レイ、迎えに来たぞ」
ちょうど話に出たのを合図にしたかのように、シモンが花束を持って現れる。携えているのは、あの青い花だ。
いつも見に行っているから、もう持ってくる必要はないのに。
それでも嬉しくって受け取ろうと手を出すと、シモンが「今日も綺麗だ」と言ってくれたので更に嬉しくなってそのまま抱き着いた。
これは、あたしがいつもしてほしいとお願いしたことの一つで、最近はずいぶんと手慣れてきた。最初の頃、「正直に言ってすごく恥ずかしいぞ」と褒めるのをためらっていたのが嘘みたいだ。
シモンは不器用だけれど、あたしがしてほしいと言ったことは絶対に忘れないし、してほしくないと伝えたことだって絶対に2度とすることはない。
あたしだってそうするように心がけている。
まぁ、シモンからの注文は少ないのだけれど。一緒に本を読む時間が欲しいとか、そういうことくらい。白状すると、難しいことはやっぱり今でもわからないし、小説が少し読めるようになったくらいで本の楽しさも分からない。
でも、シモンに背中を預けて、彼が頁を繰る音を聞くあの時間は大好きだった。
ふとテーブルの向こうであたしたちを少し羨ましそうに眺めている彼女が目に入った。
彼女には今、幾つか縁談が持ち上がっているらしい。あの事件で慌てた親が、変な噂が持ち上がる前に手を打つべきだと考えたのだろう。また、逆に彼女も焦っていたからこそ、伯爵なんかにひっかかったのだろう。
彼女にも運命のお相手が見つかることを願っている。もしくは、いい生き方が。
「じゃあ、もう行くわ。ご報告ありがとう」
「ええ、ごきげんよう」
これですべてに決着がついたというのに、彼女の声はやっぱり沈んでいるように思えた。
「……ねえ、また声をかけてちょうだい。あたし、こう見えても友達少ないの」
あたしがそう言うと彼女は呆れたように、
「あなたはどこからどう見てもご友人が多いようには見えないわ」
それから、急に背筋を伸ばして、
「そうね。可哀そうだから、わたしがまたこうしてお茶に誘って差し上げるわ。結婚式も参加して差し上げても良くってよ。わたしが友人として参加すれば、なんといっても式の格が上がるでしょうから」
まだ何も決まっていないというのに、遠回しな招待状の催促に笑ってしまう。それから、彼女からも友達を否定されなかったことにも。
あたしがシモンと話すのを聞いていて、敬語を使わなくていいと言い出しのは彼女の方だった。
つまり、そういうことなのだと思う。
過去の被害者は助けられなかったし、今でも時々、訳の分からない運命に翻弄され、痛かったこととか苦しかったことを思いだしては腹が立つ瞬間もある。
けれど、もし司祭さまの仰る通り、人は死んだあとみんな等しく神さまの元に召されるというのなら、いつか、あたしが死んだときにこの恨みを晴らす絶好の機会が訪れるはずだ。
あたしが頻繁にたずねていたせいで目をつける暇がなかったからか、まずコース料理のように令嬢で始めようと伯爵が思っていたからなのか、少なくともこのたびの人生では街の少女たちにも一切の被害が出なかった。
だから今は一旦、つらかったことはぜんぶ忘れて謳歌しようと思う。
いつかくる本当の終わりの、その時まで。家族と、友人と、大好きな人がそばにいる――あたしのこの数奇なる人生を!
お読みいただきありがとうございました。




