館 前編
「ホールでお待ちくださいと、主からことづかっております」
別邸の前まで案内され、扉を開かれる。あたしを取り次いだ執事は、決して踏み込もうとしない。伯爵さまが自分以外立ち入らせないと言うのは本当のようだ。
それにしたって本当に一歩も入らないというのはいささかやりすぎではないかしら、とは思うものの、まぁ本当の貴族というのはこういうものなのかもしれないと思い直した。
どこに行っても人に囲まれているからこそ、非公式の、ごく私的な時間や空間を非常に大切にするのだろう。この街から離れた屋敷の場所も含めて。
不便な場所はその下で働く側が不便なだけで上にいる側には関係ないのだ。だって、命じるだけでいいのだから。
「あの、他の方はもう?」
「わたくしにはわかりかねます」
冷たく言い切られて扉が閉まる。吹き抜けのホールに人の気配はない。とりあえず、壁に沿って並んでいる椅子の一つに腰かけて待ってみる。
使用人を入れないのなら掃除はどうなっているのかしら、とどうでもいいことを考えながら、辺りを見回す。
狩りが趣味、というだけのことはある。
いつか庭で嗅いだようなひどいものではないものの、壁には狩りで得たでと思しきたくさんの動物の首――狩猟戦利品が飾ってあって、かすかに毛皮のにおいが漂っていた。
ずらりと並ぶ剥製に見下ろされながら待っているのは、あまり気持ちのいいものとは言えない。ろうそくの炎が壁に揺れる影を作り、それが首だけとなった動物たちに命を与え、まるで彼らが動き出したかのような印象を受ける。
「シモン、今頃何をしているのかしら……あんな顔をさせるつもりはなかったのに」
心細くなって無意識のうちに呟いてしまい、慌てて考えを追い払う。
しっかりするのよ。シモンのことなんてどうだっていいじゃない。
悲しそうな彼の顔がずっと頭から離れないのは、少し言い過ぎたから気になっているだけよ。
そう。回帰が終われば、そのときに謝りに行けばいいじゃない。言いすぎたわ、って。
きっとシモンだってぐちぐちと長い嫌味を言って、でも、お前のそのおつむなら仕方ないだろうって呆れながら言うわ。そしたらあたしは言い返して、そうしていつものあたしたちに戻るの。
いつだってそうだったわ
だから、大丈夫。シモンのことは忘れて目の前に集中するの。
せっかく、あたしは特別だって、伯爵さまに別館に招待されたのだからこの機会を逃してはダメ。
しっかりと自分に言い聞かせる。
こっちが想像しているよりも伯爵さまはあたしに想いをよせているのかもしれない。もしかして、あたしの繰り返しは今度こそ本当に終わるかもしれない。
明日が最後の日なのだから、今はそれを忘れてはだめよ。
油断せず、伯爵さまの望むような女として如才なく振舞わなくては。
そのとき、妙な音が聞こえた。2階からだ。
多分、ここにきてからわずかしか経っていないと思う。でも、期限の焦りと並んでいる首が気になって、あたしは上階を見上げた。
もしかしたら、伯爵さまはあたしが到着しているのをご存じではないのではないかしら。声をかけた方がいいのではないかしら。
そう考え、置かれた燭台の1つを失敬して階段をのぼっていく。
やはり、部屋の一つから音が聞こえた。
ノックをして様子をうかがうが返事はない。代わりに、再び何か音が聞こえた。
「まさか倒れているということはないと思うけど……伯爵さま、いらっしゃいませんか?」
念のため部屋をのぞいてみると、
「……まぁ、衣裳部屋かしら?」
面白いことに女性の衣裳部屋だった。窓から差し込むかすかな明かりの中に豪奢なドレスが並んでいる。その一方で、別の棚には使用人の支給服のようなものや、装飾のない、深まる夜のようなくすんだ紫と青のエプロンドレスなども置いてある。
「……様々な女性と遊んでいるということかしら」
妾の覚悟はしておいた方がよさそうだ。とは言っても、貴族の世界では別段珍しいことではない。特に養う金がある資産家であればあるほど。
「あるいは、さまざまな設定に扮して行為を楽しむ趣向の方なのかしら。お付き合いするわよ」
だからあの見た目でも独身だったのだろうか。全然気にしないのに。
回帰を終わらせるためなら、こっちはなんだって応じてみせる。終わらせて、あたしは家に帰るの。そしてシモンに謝って、明日を、その次の日を迎えるの。
「あの女を出し抜くためにも、好みの傾向だけでも把握しておいた方がいいかもしれないわね」
そう考え、少しだけ部屋を見て回る。
服だけではなく、装飾品も飾られている。
そのひとつに目が留まった。真鍮の細い鎖の首飾り。頂点には楕円形の飾りがついていて、円周部分に花綵の文様が彫られている。
「どこかで見た覚えが……」
もっとよく見ようと手に取ったところで外の雷鳴に驚き、手を放してしまい、ガラスの天板が閉まってしまった。来た時はそうでもなかったのに、いつの間にか天候が変わっていたらしい。雨はまだのようだけれど、遠くで雷が鳴り始めている。
「びっくりした。さっきの音もこれだったのかしら……最後の日って晴れてた気がするけど」
風が窓を揺らしている。荒天の記憶はないものの、そもそも空模様を気にしたことがなかったから、絶対とは言い切れない。それにあたしがどう動いたって天気を変えることなんてできないのだから、もともとだったのだろう。
「濡れて泣きながら帰ることになるのかは、あたししだいってことね――……うそでしょ」
首飾りを戻そうと思ったのにガラス戸が開かない。さっきの衝撃で掛け金がかかってしまったらしい。
こんなところを見つかったら、確実に窃盗を疑われる。そうなったら本当に泣きながら帰ることになる。
「あたしのばか! さっさと部屋を出るべきだったわ」
とりあえず適当な場所に置いてこの部屋を出よう。
目立つところではなく、それでいて、元の場所に返し忘れていたのかなと思うような場所がいい。
手ごろな場所を求め、衣装戸棚を開ける。
それにしても、本当に呆れるくらい伯爵さまは趣味の範囲が広いらしい。あたしでも着ないような継ぎのあたった服まで置いてあったのは、呆れを通り越して感心したくなってきた。
「……だけど、おかしいわ」
先ほどからずっとこの部屋に感じている違和感。
ためしに適当に2着選んで並べてみる。寸法がバラバラだった。過去に付き合った女性のものを取っておくには多すぎるし、仮装させるためなら平均的な寸法にしておいた方がいいはずなのに。
ほかの棚をあさると、レースで縁取られた芝桜の模様のワンピースが視界に飛び込んできた。
「縁取りの花柄の服……」
先ほど見た棚に目を向ける。
「灰紫のエプロンドレス……?」
思いだすのは、通りの一角、板に貼られた紙。行方不明者の一覧。失踪時の特徴になんとあったか。
素早く次の扉を開ける。
置いてあるのではない。リボン、首飾り、帽子、色々なものがまるで誇るように飾られている。
「戦利品……」
ここにきてようやく理解した。
森で起こる失踪。その森の近くに屋敷を構える貴族。あちこちを旅していてときどき帰ってくる家主と数年ごとに起こる悲劇。
少女たちを眺める彼を見て、あたしはなんて感じた?
ぶわっと鳥肌が立った。逃げた方がいい。今すぐに。
盗んだと思われたところでもはや構うことはない。とりあえずペンダントをスカートの小袋に入れ、燭台を持って部屋を後にする。静かに戸を閉め、足音を殺し気配を探りながら玄関まで行くと、扉にはなぜか鍵がかかっていてびくともしなかった。
乾いた笑いが漏れる。
「あたしが来たのに気づいてたってことね」
閉じ込められた。
となれば窓から出ようと考えるも読まれたのか、他の部屋も同じように扉が締められている。
こうなったら高さはあるけれど、2階のさっきの部屋にと向かおうとして、上階の足音に気が付く。それに伴う口ずさんだ歌が聞こえる。姿を見なくても分かる。伯爵だ。あたしを捜して部屋を見回っているらしい。
2階には行けない。となるとどうしたらいいのか。
迷うあたしのうなじを風がそっとなでる。
「どこから……」
そういえば、待っている間も扉が閉まっているのに、蝋燭の炎がちろちろと揺れていた。
どこから吹き込んでいるのだろう。燭台を掲げ、揺らめき加減で空気の流れを探る。
「この辺りだわ」
あたしの前にあるのはホールの一番奥、大きな壁かけの鏡だった。よくよく見てみれば、鏡は少しだけ壁から浮き上がっているように思える。爪を立てて鏡を引っ張ると、いとも簡単に開いた。
後ろは、下りの階段になっていた。中に入ってみるとやはりひんやりとした空気が流れてきていて、外に通じているようだ。
しばらく進むと折れ曲がり、その先で狭く短い廊下にたどり着いた。扉は両側にそれぞれ一つずつしかない。変な音が右の扉から反響している。それは子犬か子羊がふんふんと鼻を鳴らしているのに似ていた。
もう片方は扉が開け放たれていて、空気はそっちから流れてきているらしい。
その部屋は結構な広さがあった。タイル張りの壁も床も真っ白で、ベッドのような金属製の台の上も綺麗だというのに、消毒に混じってどこか血なまぐさい臭いが残っていた。折り畳み式の洗面台と壁には、大量の薬品と何かを解体したのに使ったと思われる鉈やのこぎり、千枚通しなどが磨かれて戦利品と同じように綺麗に並べられている。何に使うのかわからないけれど、決していいものではないことだけは確かな、先の曲がったはさみや耳かきのような形状の長い金属棒もあった。
金属製の台には撞球のように四隅に穴が穿たれ、床へと繋がっている。そこには溝が走り、壁の向こう側へと続いていた。おそらく掃除の際にはここから外に汚水を排出するのだと思う。あるいは白いタイルの上にあふれ出たものを流すために。この部屋の用途が容易に想像できる。
反対に部屋の隅の天井近くの高い位置には、衣装棚の引き出しほどの大きさの細長い窓がついている。あの場所では外を眺めることも逆に外からのぞいて部屋の中を伺うこともできない。ただの換気用だと思われる。現に空気の入れ替えのためか開いており、夜の闇がのぞくばかりだった。以前嗅いだ臭いもここから漏れたものだったのかもしれない。
「あそこからなら出られそうだわ」
ちょうどいいことに小柄な女性ぐらいなら、なんとか抜け出せる幅だ。
でも、念のために逃げる前にさっきから響いているこの音の正体を確かめた方がいい。それは直感だった。
たんに狩りで捕まえた動物を入れているのであってほしい。
願いも虚しく、もうひとつの鍵のかかっていない扉をあけた先にいたのは、あたしといっしょに招待されていた令嬢だった。
森で行方不明になるのを阻止した、あの女性。
両手を縛られ、床の上にさるぐつわを噛まされ転がされている。
多分、彼女もあたしを出し抜こうと先に来て、伯爵にとらえられてたのだろう。咥えている布は、唾液で湿り、口元の部分だけ色を変えていた。
腫れあがった目は泣きはらしたからだ。それ以外には一見傷は見当たらない。着衣に乱れもない。
入ってきたのがあたしだと知って、恐怖に歪んだ顔が一瞬にして希望に代わり、くぐもった声で叫び始める。あたしは彼女に慌てて駆け寄り、おさえる。
「静かにして! あの男が気が付いてしまう!!」
ハッと体をこわばらせ、青白い顔で彼女が何度もうなずく。
まず後ろ手に縛っていた紐を解く。よくなめした革で解けないようにきつく、複雑な結索をされていたけれど、こういうものの解き方なら本で読んだから分かる。
それからさるぐつわを外した。よだれの糸を垂らし、彼女の口から紅が移った布の塊が落ちる。
「助けて、わたしを助けて!! お願いよ!!」
あたしの忠告通り抑えたひそやかな、でも必死の声が彼女から漏れる。じゃらっと音がなって、さらに救いを求めるように動こうとした彼女を引き留めたのは足元の鎖だった。すれて傷をつけないためだろうか、柔らかな天鵞絨の内張りが施された足錠から鎖が伸び、それは、床を横断し尾を壁の杭へと繋げていた。
彼女が絶望の目であたしに縋る。
「置いていかないで!」
隣の部屋から鋸を持ってくれば何とかなるだろうけれど、音で居場所を知らせることになる。それは最終手段にしたい。
あたしは髪からヘアピンを一本抜きとる。本の挿絵をひとつずつ思いだし、書いてある通りに伸ばしたピンを鍵穴に挿し、引っかかる部分を探して、上下左右に少しずつ動かす。
シモンの言葉が頭をよぎる。
“勉強なんてってお前は言うけどな、知識ってのは武器になるんだぞ。あって損はないんだ”
ええ、本当にそのとおりね、シモン。結局あたしはばかで、いつだってあんたが正しいのよ。
探り当てた先でそのまま下向きに押し込んでからひねる。
小さな音と共に、拘束が外れた。
ああ! と彼女が感嘆の声を漏らす。あたしもほっと安堵の息を吐く。
アーヴィングへの対策が他の人を助ける手段になるとは思ってもいなかった。
それを言うなら、アーヴィングよりもタチの悪い監禁男がいるとはもっと思ってもいなかったけれど。
「さぁ、立って」
彼女を促す。
薬がまだ残っているのか、歩き初めの子どものように頼りない。ともすれば足を崩しそうになる彼女の腕に肩を回し、横から支える。
この状態で、彼女を高い窓まで持ち上げるのは苦労しそうだ。
とはいえ、足元のおぼつかない彼女を連れて屋敷の中を歩き回り、伯爵と鉢合わせする危険を冒すくらいなら、無理をしてでも向かいの部屋から出た方が彼女のためにもいい。
白い部屋に足を踏み入れると、冷たいタイルの感触に靴を履いていない彼女が身をすくめる。更に壁際の刃物に目を留め、ひっと小さく悲鳴をあげた。
「服を脱いで」
あたしの突然の言葉に彼女は目を丸くする。
膨らませたドレスでは確実にお尻がつかえてしまうから、下着姿にならなければいけない。
「そして、あそこを通って屋敷から逃げましょう」
そう言うと、彼女は信じられないものでも目にしたように、高窓を見上げる。
「冗談でしょう? 届かないわ」
「いいから早く脱いで! あの男が来ちゃう!」
刃物を目にした上での脅し文句が功を奏したのか、一瞬ためらいを見せたものの、すぐに彼女は震えつつもドレスに手をかける。背中側のリボンをほどき、コルセットをゆるめるのを手伝う。
貴族なだけあって、彼女は下着も上等の絹製だった。光沢のある布が姿を現し、女性らしい曲線を描く彼女の体にそってうっすらとかげをつくる。
彼女が膨らんだ下衣の最後の一枚を脱ぎ捨てている間に、壁の踏み段を引きずって窓の下に置く。その上に乗って、彼女を手招いた。
「来て! さあ、早く! 持ち上げるわ」
「本当にそちらから……?」
尻込みする彼女をむりやり台の上に立たせる。後ろから抱き上げるようにして体を持ち上げた。一瞬ふらついたのを何とか踏ん張って耐えてみせる。
手が縁に届き、さらにあたしの肩に足をかけさせると、窓框に彼女の胸が乗った。
「外がまっくらで見えないの! 怖いわ!!」
雲で陰っているため、明りが乏しいのだろう。
暗闇に彼女が怖気づく。前に進もうとしない。
あたしだって力持ちじゃない。腕がぶるぶると震えてきた。もう持たない。
いいから早く、そう怒鳴ってやろうとしたその時、
「おやおや、なかなか好奇心旺盛なお嬢さんだ」
声に驚き、反射的に彼女を庇うように高窓の向こうにありったけの力を込めてつき飛ばした。
高さもなかったらしい。すぐにどさっという音がして彼女の悲鳴がやむ。
多分、あたしをひっぱりあげようというつもりなのだろう。窓から幽霊みたいに白い腕がにょきっと生えた。手探りであたしを探している。
「は、早く、早く! あなたも!」
焦った彼女の声が目の前の男に対する恐怖を物語っていた。
この高さでは残念ながら上ってる最中に伯爵につかまる方が先になるだろう。
なにより、彼女の人生は一度しかない。彼女だけは助けなくては。
だから、窓に向かって叫ぶ。
「あたしのことはいいから、行って! 先に!!」
「で、でも……」
「死ぬ気で走って! 振り返らないで!!」
数瞬の間、彼女のためらう声がきこえたものの、草を踏みしめ遠ざかっていく音が続いた。
伯爵は彼女をすぐには追いかけるつもりはないようだった。隣家は遠い。灯りのない夜道では多分たどり着けないと思ったのかもしれない。遠ざかっていく後ろ姿を想像するように窓に目をやり、やがてあたしに戻した。
彫りの深い顔はろうそくのゆらぎを受け、剥製のように落ちくぼんで見える。奥の目だけが興味深げにぎょろりと動き、不思議そうに首をかしぐ。
「あなたは彼女と仲が悪いと思ったのですが。彼女に散々嫌なことをされたでしょう?」
「ええ、でも、あたし、監禁する男は絶対に許せないのですわ。ねえ、伯爵さま……これは一体どういうことですの? 改めて、ご趣味を伺ってもよろしいかしら?」
「私の趣味ですか? そうですねぇ」
落ち着き払った声が余計に恐怖をあおる。
「獲物を狩ること、ですかねぇ。若くて、美しくて、活きが良ければ良いほど」
酷薄な笑みを浮かべ、伯爵が持っていた幅広の刃物をあたしに見せつける。どう見ても肉屋などが使うような動物の解体用で、人に振るっていいものではない。
「伯爵さま、ご存じかしら。女性に向かって活きがいいと言うのは、決して誉め言葉ではありませんのよ」
「それは失礼」
「来ないで! それ以上近づいたら叫ぶわ」
窓を見上げ意味を含ませる。けど、伯爵はそれを笑い飛ばし、
「大いに声をあげるといい。聞こえたところで誰も気にはしない」
その先は言わずともわかった。たとえ窓の外の誰かに届いたとしても、鹿のようにあたしの声は誰にも本気に受け取られず消えていくに違いない。
にやにやとした笑いが癪に障る。
今度こそ終われると信じていた。ううん、終わると信じていたかった。その先の人生すら夢想していた。
解放されたいとの想いがあまりにも強すぎて、影を見ただけでそれが本当かどうかも確かめずに間抜けな魚みたいに飛びついてしまった。それどころか、淀んでいることに飲み込む直前まで気が付かないだなんて。
逃げ道を探し部屋を見回すと壁の掛け時計が目に入った。幸いなことにまだ日付は過ぎていない。だとするなら、今すぐここで死ぬわけではないのだろう。もう少し時間の余裕があるということだ。
だからといって、安心してはいられない。つかまって怪我をしない保証はなく、ゆっくりと彼に解体されながら、次の日を迎えた瞬間絶命する可能性だってある。
それだけは避けたい。そんな終わり方だけは嫌だ。
時間いっぱいまで逃げきって、最悪、自害するという手もある。選びたくはないけれど、少なくとも、この男の手にかかって終わるよりはよっぽどましだ。
「……どう考えてもそれしかないわよね」
決まりだ。あたしのすることはただ一つ、しかるべき時間が来るまで逃げ回ればいい。




