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まず襲ってきたのはめまいとひどい頭痛だった。頭の内側から釘を打ち付けられているような、すさまじい痛み。痛みに合わせるように瞼の裏でちかちかと光が舞って、すぐには目を開けられなかった。


頭に響かないようゆっくり身を起こす。勝手に目が潤んで、涙がこぼれる。


深呼吸すると頭痛が大きくなるから、静かに浅く息をし続けた。


それらが徐々に落ち着いて、曇った窓が晴れるように視界が鮮明になってくる。


途端につぶらな瞳と目が合った。


瞳孔しかない、人ではありえない黒目にぎょっとして、それがぬいぐるみものものだと気が付いた。


古びているけれども、愛らしい茶色の熊のぬいぐるみだ。赤いリボンも結ばれている。その横にいるのは犬と猫だった。ピンクの兎もいる。


あたしはぬいぐるみに囲まれて眠っていた。頭には小さなレース編みのクッションが当てられていて、体の下には綿を噛ませた柔らかな接ぎ合わせが敷かれている。


そして目の前を、それだけでなく上も横も後ろも何本もの鉄の格子が行きかっている。


「なんなの、これ」


あたしは、獣を入れるような大きな檻の中にいた。


大型の獣の――それこそ熊を入れる用のものかもしれない。檻は頑丈で、奥行きもあり、立てるほどの余裕はないけれど、座ってさえいれば頭上にもかなりの空間がある。


格子のすぐ外にはお茶の入ったティーカップが置いてあり、手を延ばせば飲めるように用意されている。その横にはご丁寧にリボンをかけた箱の中に焼き菓子まで並んでいた。


入口の閂は横に滑らせる型のもので、その上から金庫につけるような立派な錠前がつけられているのがここからでも見える。


檻は簡素な小屋の中にあった。ひとまの平屋で粗末な木の板を組み合わせて作った寝台と、同じくらい粗末な机と腰掛け、小さな戸棚。目に見える家具と言えばそれくらい。ただ、掃除はされていて埃は見当たらない。


「嘘でしょう?」


これは夢なのかしら、と思う。


確か、夜いつものようにアーヴィングと少し話しをして、お休みの口づけを額に貰って、彼からもらったお土産の茶葉でお茶を淹れて、それから眠ったはず。


「どういうことなの……」


「――ああ、よかった。目が覚めたんですね」


呆然としたあたしに、声をかけてきたのは扉から入ってきたアーヴィングだった。腕にかかえていた麻袋を机の上に置いて、こっちにやってきて屈みこむ。あたしと目線を合わせほっとした顔を見せた。


「加減が分からなくて、目が覚めなかったらどうしようかと思っていました」


まるであたしが檻に閉じ込められているのが見えないかのように彼は平然としている。


あまりにも普段と変わらないので、一瞬、あたしの目がおかしくなったのかと疑ったくらいだ。


「アーヴィング、何があったの? どうしてあたしこんなところにいるの? ここ、どこなの?」


あたしの質問に彼は嬉しそうに答える。


「ここは、俺たちの家です」


「俺たち……?」


言い間違いでなにかしらの訂正が入るかと思ったけれど、返ってくるものはない。


「どういう意味?」


「そのままの意味です」


「……もしかして、あなたがあたしをここに入れたの?」


「はい」


白状する彼の声色は全く変わらない。むしろ、誇らし気ですらあった。


「どうして?!」


「レイチェルさまが、危ない場所に行こうとするからです」


一瞬、彼の言っていることが分からなかった。ややあって、先日の無断外出をさし示しているのだと気が付き、


「危ない場所って、ただ街に行っただけでしょ!?」


アーヴィングは苦々し気にかぶりを振って、


「俺がそばにいませんでした」


「そ、それは……黙って行ったことは悪かったかもしれないけれど、ひとりになりたいときもあるの」


あたしの反論に対して彼は聞き分けのない子どもを諭すように、優しく笑顔で危険だと繰り返す。


「だめですよ。俺のいない場所に行っては。危ないです。いざというとき、守れないじゃないですか」


「守れないって何から?」


「全てからです。危険なこと全て」


「何を言って……」


彼の言動に理解が追い付かない。


いくらあたしの行動に納得できず、不満があったからって、連れ去ってまるで動物みたいに檻の中に入れるだなんて。しかも彼に言わせれば、それが守っていることになるらしい。


過去に中身のない、頭の軽い男と付き合ったこともあるけれど、さすがにこんなことをしでかす輩はいなかった。本当に目の前の男は、あのアーヴィングなの?


ごく身近な人物が、何の迷いもなく犯罪――誘拐と監禁を実行したことにぞっとする。しかもその被害者が自分だという事実に。


日頃あれだけ彼と時間を過ごしておきながら、こんな一面があることに気が付けなかっただなんて。


ともすれば大きくなりそうな声を何とか抑え込み、


「わかったわ。もうひとりでは行動しない。あなたに常に付き添ってもらう」


彼の不満に理解を示すふりをする。甘く、柔らかく話しかける。


「だから、アーヴィング、ここから出してちょうだい」


「だめです。外は危険なことがいっぱいなんです。知ってるでしょう? だから、俺が守ってあげます」


何を言っても同じだった。


彼は檻の中に手をさし入れ、慈しむようにあたしの頬に手を添える。


「ここは安全です。ここには怖いものは何もない」

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