プロローグ
「お待ちしておりました、ご令嬢」
記憶と変わらぬ司祭さまがそこにいた。あの上から下まで全身真っ黒の司祭服を今日も着て、突然訪ったこっちに驚く様子もなく、おっとりとした笑みをたたえ、あたしを教会に招じ入れる。
「……覚えてらっしゃいますの、あたしのこと?」
「いいえ。ですが、今朝、目を覚ますとこれが枕元に」
彼は茶色く染みのついた、見慣れた冊子を取り出す。説明がなくとも、それが何なのかあたしにはわかる。
「いずれ自分と同じようなことを体験するものが現れたときのために、書き記しておいたそうです。その者も、突然、見知ったように訪ねてきたと」
「よく信じましたわね。そんなおかしなことを」
「奇跡を信じるからこそ、司祭なのですよ。それにしてもおふたりでお見えになるものだと――おふたりという判断で宜しいのですよね?」
「ええ、あたしの場合、そうだったわ。でも、あの人には聞かせたくない話もあるから、あたしひとりで来たの」
「そうでしたか。ああ、どうぞ、お座りください。お茶もご用意してあるのですよ。長いお話になるのでしょう?」
「ええ、そうなるでしょうね」
教会の奥の住居部分、司祭館の客間兼居間に案内される。ここに入ったのは初めてだ。
清潔に整えられた場所だった。屋根と同じ色をした絨毯はところどころ繕われた跡が見えて、大切に使われているのが見て取れる。縦に横にと創意工夫を凝らして書棚に詰められている本は、宗教関係に混じって植物学などの図鑑、意外にもあたしが読んだことのある一般の小説なども存在を許されていた。
森で採取したのか梁には香草がいくつも干され、土と緑の匂いと混ざりあって芳しい。外の木々の間から差し込む光は窓を通って部屋全体を照らし、落ち着く静けさと鳥の声だけが辺りを覆っている。
街も村からも離れたこの場所は本当に人の雑音がない。心地いい。
司祭さまが着席し、準備が終わるのをお茶を飲んでゆっくりと待つ。
もう急ぐことはない。時間はたっぷりとあるのだから。
おもむろにペンをインクに浸し、彼がいつでもどうぞと目で合図するのを確認して、あたしは口を開く。
「どこから話せばいいのかしら――……そうね、あそこからにしましょう。あれは、あたしが――」