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「誕生日まで待って欲しい」
言わなくちゃいけないと思って、口を開こうとすると、リンはおれの顎を掴み、自分の方に向けさせ、口を合わせた。
互いの舌を舐めあいながら貪るキスはおれも嫌いじゃない。だけど、今はもっと大事な話があって…
背後からしっかりと腰を捕まえられて身動きの出来ないおれは、身体を這うリンの指先にも刺激を受けて次第に息が上がる。
「リ、リン…おれ…あの…」声が裏返ってうまく言葉が紡げない。
「いやなの?」
リンの甘い囁きにおれは、力なく首を横に振る。
嫌じゃない…そうじゃないけれど…
「いつまでもじらさないでおくれよ。俺も気の長い方じゃないんだ。ねえ、いいだろう?」
リンの唇が、おれの耳の後ろから首筋を伝わっていくのがわかる。
ぞくりとする。
リンはおれの感じる場所を知り尽くしているのかもしれない。
抵抗なんてひとつも出来ない。
カチャリと音がして朦朧となりかけたおれの意識が引き戻された。
下を向くと自分の足元がぼんやりと見える。気が付かないうちに眼鏡を取り外されたらしい。
リンは全く躊躇いもせずに、ベルトを外した俺のズボンに中に手を滑り込ませ、下着の上からではなく、直接おれのものに触り始めた。
「あ…」
おれは息を飲み込んだ。そして急いで右左と辺りを見渡した。勿論裸眼で0,1もない視力では誰かが居たとしても、はっきりと見えるわけではない。
だけど、まだ宵の口で、しかも外からでも見ようと思えば丸見えの温室の中だ。
リンは本気でこんなところでおれを抱こうとしているんだろうか…
それともこれくらいで動揺するおれの方が、ガキなのか…
おれはリンの恋人で、俺はリンを好きで、リンは俺を好きで…お互いに欲しいと思っていて…セックスしたいと望んでいて…それから…
おれは居たたまれず、目を強く閉じた。
リンの触り方は巧みだった。おれが自分でするよりも遥かに要領を得、快感を与えてくれる。
だけどおれはそれが怖かった。
リンに一方的に与えられ、翻弄されまくっている自分は嫌だ。
セックスってそういうものなのか?
おれがまだ何も知らないガキだとしても、おまえに抱かれる側であっても、こんなに惨めな気分でおまえに好きなようにいかされて…
リン、おれはおまえと分かち合いたいんだよ。互いの気持ちを確認しあって、見つめ合って、ゆっくりとひとつずつ繋ぎ合わせて、快楽に委ね、与え合い、一緒に辿り着く。
おれはおまえとそういう風に抱き合いたいと思っている。
それはくだらない勝手な妄想でしかないのか?
「うっ…っ…」
おれはいつの間にか泣いていた。
自分の嗚咽に自分で驚いたが、止まらなかった。
両手で顔を覆い、「無理だよ」と、しゃくりあげながら掠れた声をだした。
リンは動きを止め、きつく抱きしめていた片方の手の力を弛めた。
力の抜けたおれはその場にしゃがみこみ、泣き続けた。
「ミナ…ごめん。ごめんな。そんなに嫌がるなんて…思わなかった…」
リンの心配そうな声が、おれの胸を更に締め付けた。
「もうしないから…泣かないで…」
頭を撫でてくれるリンの優しさが、酷く無神経に思えた。
…ちがう、宿禰が悪いんじゃない。おれがバカみたいに夢を見ていたのがいけなかったんだ。
おまえが欲しいのにおまえにやる勇気もない…
おれは…なにも、おまえに応える事なんかできやしない、くだらない男なんだ。
おれは机に置いてあった眼鏡とカバンを持つと、宿禰の姿を一瞥もすることもなく、逃げるように温室から走り去った。