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以下の物語と連動しております。


宿禰凛一編「only one」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/


宿禰慧一編「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


藤宮紫乃編「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i



5、

 何度達したかもわからない。

 ずっとリンと繋がっていたい。望むものはそれだけだった。

 この夜だけは、他の誰も関わらないふたりだけの空間に生きていたかった。

 それを口にすると、リンは「ミナの望むものを俺は与えたい」と、言う。

 リンは昔よりずっと優しくなった。

 やり方も欲情のまま、めちゃくちゃ責めるのではなく、偉大な包容力でおれを燃え上がらせるという余裕もあり、年月を重ねても、セックスでもリンには勝てないのか、と、思い知った。

 だが、その優しさの感情は、おれの求める想いとは違う気がしてならない。

 それを聞き出したくて、おれはリンを問い詰めた。

「この六年間、おれはずっとリンを想っていたわけじゃない。本当はリンのことなんてもうとっくに諦めてた。忘れてしまいたかった。この指輪もね、一度は捨てたものだ。…おれはリンを信じ切れなかった…」

 サイドテーブルの淡い灯火が、リンの端正な横顔を影にする。

「…ミナは自分を責める必要はない。おれが悪いんだから。俺はミナを裏切ったんだから…」

「別れても好きな気持ちは絶対にリンに負けないって…言い切ったのに、一年持たなかったんだ。情けないよね」

「そうじゃないよ。ミナの感情は当たり前。俺だってね、おまえのことだけ考えて生きてきたわけじゃないさ。俺は…おまえへの負い目があるから…それに対する誠意ってものをさ…示さないと、俺自身が駄目になってしまいそうで仕方なかっただけ。だから、大学での勉強も建築士への目標も、がむしゃらに自分の尻を叩いて成し遂げるよう頑張ったんだ。ミナを捨ててまで選んだ自分の道を、諦めるわけにはいかなかったからね」

「…そんなに…」

 彼は…おれに負い目を持っていたのか…

「そんなに、リンが気にすることじゃなかったのに。根本先輩が言ってたよ。恋愛にどちらがいい、悪いもないって。高校の時に聞いた時は、おれはその言葉の本当の意味をわかってなかったから、リンと別れる時に責めたりしたけれど、今になってしまえば、リンと付き合って良かったって心から思えるから、そんな風にリンが自分を責めることはない」

「そうだね。俺を見守る誰もが、そう言う。だけど、俺にとって、ミナへの想いってさ…ただの恋愛じゃなかったんだ。初めての…唯一の恋だったから、ミナを悲しませることだけは、本当に嫌だったからさ…ミナと別れるのが悲しかった。それも俺の都合でああいう事になってしまったから、余計ね、心残り…」

「リン…」

 まるで幼子のように小さく頑是無いリンを、どうして慰めればいいのか…

「慧一を選んだ事を後悔してない。さっきミナに慧一は俺無しでは生きられないって言ったろ?」

「うん」

「あれは逆も然りでさ、俺だって慧一無しでは生きてはいけない人間なんだと思う。ただ、それとミナへの恋慕っていうのは違う想いなんでね…ややこしいのさ」

「リン…おれは、リンがそう言ってくれるだけで…幸せだって今は、思えるんだ」

「うん」


 おれが眠りにつくよりも早くリンは寝入ってしまった。

 隣りに眠るリンから離れずに、窓から見える朝焼けをひとりで眺めた。

 ゆっくりと昇る朝日を受けて、リンの身体の輪郭が輝きだす…

 その表情はラファエッロの描いたマリアのように無垢で清らかで…

 見惚れながら涙が止まらない。

 きっと…慧一さんはこんなリンを、ずっと…リンが生まれた時から見守っていたんだ…ずっと愛してきたんだ。

 どれだけの愛をこの者に注いだのだろう。

 その愛がリンをこんなに…尊くした。

 

「リン、…おまえを愛する人たちがおまえをこんなに輝かせるんだね。

おれの愛がおまえの中で輝き続けられるのなら…

いつまでもおまえに、愛を捧げるよ。本当だよ…」


 

 翌日、遅い朝食をホテルのラウンジで取る。

 あれからすっかり眠ってしまったおれは、先に起きたリンに起され、今日の予定を聞かれた。

「…展覧会の後片付けは、任せてあるから、今日は予定はないんだ。リンは?」

「俺は昨日で今年の仕事は終わった。後は鎌倉に帰って家族孝行かな」

「ご両親、鎌倉にいらっしゃるの?」

「ああ、親父も定年した後、あのマンションにお継母さんと暮してる。つっても旅行が趣味なんで、海外や国内を一年中転々としてるよ。今年は半年間かけて豪華客船で世界一周クルージングなんぞしてさ…こっちは毎日仕事に追われて四苦八苦してんのにさあ~」

「いいね~船旅なんて一回でいいからしてみたい」

「あんなのなにもすることのねえ年寄りの道楽だぜ。やっぱりバイクで風を切ってUSルートを突っ走るのが一番気持ち良い」

「おれもね、オートバイに乗って、日本の色んなところを走っているんだ」

「え?ミナがバイクに?」

「うん」

「意外だな」

「別れる時、リンがバイク免許を取るって言ってたから、おれも意地になって取ったの」

「相変わらず負けず嫌いなんだ」

「…リン以外には適応しないスキルだ」

「喜ぶところなのか?」

「喜んでよ」

「じゃあ、ニューヨークにおいで。横並びでハイウェイを走ろう」

「うん」

 リンとの会話は、楽しかった。

 これからもずっとこうしていられれば良いのにと、何度思ったかもしれない。

「これからどうする?」

「へ?」

 変な声になった。リンが言ったこれからの意味を取り違えそうになってしまったからだ。

「俺は夕方に約束があるから、それまでは時間があるんだけど…」

 そう…リンと一緒にいられるのは今日だけなんだ。

「じゃあ、ヨハネに行かない?」

「鎌倉?」

「そう。チャペルももうすぐ建て替えるんだろ?ふたりで最後に挨拶に行かないか?」

「うん。俺も仕事でちょくちょく行ってるけど、ミナと一緒なら、また違った感動も生まれるかもしれない。それに…」

「なに?」

「あの温室…壊すそうだから」

「…ホント?」

「うん、もう古いからね。教会と体育館の建設には関係ないんだけど、あちこちガタがきて、危なくなってるって。だから…行ってみるかい?」

「ああ…最後にさよならを言いたい」

 それをリンと一緒に言える時、きっと俺たちは何かを超えることが出来るんじゃないのだろうか…


 品川から急行に乗り、十一時には鎌倉に着いた。

 高校までの道を歩き、あちこちの変わったもの変わらないものを指差しながら話した。

 ふたりの距離は変わらないのに、横を向くと、あの頃よりは確実に大人になったリンを見つける。


 先生方に挨拶をして、温室の鍵を貰いに藤内先生へ会いに行く。

「先生、こんにちは」

「おお、水川か。展覧会は無事に終わったのか?」

「はい、先日はわざわざ足を運んで下さって、ありがとうございました。おかげさまで大盛況で終えることができました」

「そうか、良かったな。まさか本当におまえが画家になるなんて、俺は思ってもみなかったが…宿禰の所為なのかな」

「ええ、たぶん…今日は宿禰も一緒なんです。温室が壊されるって聞いたから、一緒に見ようって…」

「ちょうど良かった。今日、あの温室は壊される予定になっているんだ」

「え?…そうなんですか…」

「元々使っていなかったからな…」

「はい…」

「めぼしい鉢ものは、俺が移しておいたから、安心しろ。おまえらが育てた植物もこれからも大事に育ててやるよ」

「ありがとうございます」

「…コーヒー飲んでいくか?」

「頂きます」

 藤内先生が炒れたコーヒーは相変わらず苦かった。


 リンと過ごしてきた温室はあの頃と違って、寂れていた。

 壁も柱も汚れていた。藤内先生が世話を続けていただけで、他の生徒達には見向きもされなかったらしい。

 ほったらかしにされていた机の中に高校の時のペンケースを見つけた。

 開けてみたら、思いもかけないものが見つかったりで、リンは笑うけれど、おれにはすべてが愛おしくてたまらず、大切にカバンにしまった。

「おれの大切な宝物なんだ…」


 そうしておれ達は、壊れていく温室を見送った。

 寂しくはあったけれど、悲しくはなかった。

 おれもリンも時を駆けている。大人になる。歳を取る。

 姿が変わってしまうのは当たり前だ。

 変わらないものを探し出すのは…とても難しい。



挿絵(By みてみん)



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