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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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13、
リンと別れた翌日、リンは日本を旅立った。
見送りはしなかった。リンには慧一さんが付いている。
リンはコロンビア大学の九月入学を目指して、SATや小論文の学習力をつけていくとい言っていた。
しばらくは日本へは帰って来ない。半年先なのか、一年後なのか…再会の約束などしなかった。
卒業式の十日後、T大の合格発表を独りで見に行く。
掲示板にはおれの番号もリンの番号もあった。連絡をするかしまいか悩んだが、しなかった。
宝物入れのお菓子の空き箱に、リンの受験票を入れた。
母さんは「宿禰君は合格だった?」と、聞く。
「勿論だよ」
「じゃあ、一緒に通えるわね」
「宿禰は、アメリカに留学したんだ」
「え?そうなの?…」
「うん、ニューヨークの大学を目指すって」
「そう、残念ねえ。青弥も留学したかったんじゃない?」
母さんに言われて、ああ、その手があったのかと、気づいた。
リンと離れたくなかったら、おれがリンを追っかけてニューヨークまで行けば良かったんだ。
…そう思ったが、思うほど簡単なことじゃない。それにおれがついて行くことをリンが望んでいるはずがない。
入学までの期間、運転免許を取る為、教習場に通った。オートバイにも乗りたかったから中免を取った。
理由は簡単だ。
「向こうに行ったら、すぐに車とバイクの運転免許証を取るよ。アメリカに来た時はミナを後ろに乗せてU,Sルートを走ろう」
そう、リンが言ったからだ。
リンに張り合うつもりはないんだが、同じ感覚を味わいたい。
大学生活が始まった。T大へは自宅から通学することにした。
「行ってきます。バイトで遅くなるから夕飯は要らない」
「いってらしゃい…あら?また見かけない服着てるのね?昔は服や靴はお母さんにまかせっきりだったのに、高校に行ったら、すっかり自分の好みになっちゃったのね~」
「おかしいかな~」
「すごく似合ってるわよ。青弥がこんなに服のセンスがいいとはお母さん思わなかったわ」
服のセンスはおれにはない。私服の半分は高校になってから…それもリンと付き合うようになってから買ったものだ。自分で買った分より、リンのお下がりや贈り物も多い。
あいつは「俺のお下がりでなんだけど、要らなくなったから、ミナ、着てよ」とか「買ったけど少し小さかったから、ミナにあげる」と、言っておれに色んな服をくれた。
どれもおれに似合う色やデザインで、わざわざおれの為に買ったものもあったのかもしれない。
リンはおれに比べて随分と裕福だったから、おれが僻まないように色々と気を配っていた。
実質的なリンとの別れは、おれにとって大打撃にはならなかった。と、言うより、リンが最後にくれた「ミナは永遠の恋人だ」と、言う言葉がおれの生きる輝きとなっていた。
会えなくて寂しいけれど、悲しくはなかった。
リンも頑張っているのなら、おれだってリンに恥じないように生きなきゃならない。
リンにずっと思い続けてもらえる為にも。
リンがくれた服を着ると、リンに触っていられるみたいで、少し寂しさも癒される。
大学はつまらないものだった。繰り返される授業も高校で習った事の繰り返しに過ぎなかった。
それは期待はずれというより、わかっていたことだった。リンがいない場所に意味はない。
リンと一緒に合格して通学できると思ったから頑張れたんだ。
ここで何を学ぶにしてもおれの望んだものは見つからない気がしていた。
同じ学部の奴が声を掛けてきて、「合コンをやるんだが、人数が足らないんだ。水川、悪いけど加勢してくれないか?」と、言われ、別にいいかと思い承諾した。
十人ほどの集まりで、おれはひとりの女の子と付き合う羽目になった。確かに可愛い子には違いなかった。好みかどうかと言われたら…よく判らない。
一週間後、その子がラブホテルに誘うから、おれも何事も経験だと自分に言い聞かせて、言われるままにベッドに雪崩れ込んだ。
しかし、なんというか…全く燃えるどころじゃない。リンは良くおれに「ミナはゲイじゃないから、女の子とも普通に付き合えると思うよ。一回寝てみたらいいよ」なんて軽口を叩いていたが、全く本意じゃない。
結局最後まで行ったんだが、頭の中でリンとのセックスを妄想させてやっと行けた感じで、後味が悪いったらありゃしない。
二日後、丁寧なお断りを入れた。
向こうは口先だけでも残念そうだったから、こちらのプライドもなんとか保てた。
問題は、じゃあ、おれはやっぱりゲイなのか?と、なる。
試すにしても誰とでもじゃ節操がない。大体そういう地域に行かない限り、そんなに簡単にゲイの奴を見極められるはずもない。
合コンに誘ってくれた瀬川という同級生が、お礼にと何回か昼飯をご馳走してくれた。
付き合った女の子との状況を説明し、別れたと言った。
「悪かったな。水川を無理矢理誘っといて、嫌な思いさせてしまった」
「いや、いい経験になったから、謝ることもないよ」
「水川、変なこと聞くようだけど、男は大丈夫?」
「へ?」
「いや、俺、実はバイなんだ。水川みたいなさらってした奴、好みなんだけど…」
「…」
「どう?」
「どうって?」
「試してみない?」
「何を?」
「セックス」
「…」
リンに似ていたわけじゃない。リンみたいな完璧で馬鹿みたいにキレイな人間なんかこの世にいないのは判っていた。
だが、瀬川という男は、清潔な感じがした。敢えて言うならそこがリンに似ていた。だから、寝てみてもいいかなと思った。
結果…リン以外にオーガズムを感じることはなかった。
空しいのか悲しいのか全く呆然とする事実だったが、心に残ったもの傷ではなく、喜びだった。
リンへの「愛」を確信しただけの事。
それを教えてくれた彼女と瀬川に感謝することにした。
大学に行くのもつまらなくなった俺は単車を買うために、バイトに打ち込んだ。
中古のオートバイを手に入れ、リンから貰った携帯イーゼルを入れた絵画用のリュックを背負い、どこへともスケッチへ出かけた。
土手に座りのんびり川の風景を描いていると気分も落ち着く。
ふと空を見上げ、リンを思った。
この空がニューヨークに続いているのなら、リンに伝えて欲しい。
会いたくてたまらなくて仕方ない時は、どうすれば良かったけ?リンならいいアイデアを思いつきそうだ…リン、おれは一体何をしたいのか、判らなくなってしまったよ。物理工学科なんておれのやりたいもんじゃねえもん。親も友人も自分のやりたいことなんてすぐに見つかるわけない。今は何でも吸収することが大事だ…なんていうけれど、リンはもう自分の道を歩いているもんね。凄いよ。リンが傍にいたら、おれはちゃんと、見つけられたんだろうか…
リン、君に会いたい…
不意に川風に煽られて、ピンで止めておいた画用紙が散らばっていく。
おれは慌ててそれを拾った。
いくつもの風景や草木の絵に混じってリンの素描画が紛れ込んでいた。
こちらに笑いかけているリンを見た時、途中でほおり投げていたリンを描いた油絵を思い出した。
無性にあの続きを描きたくて仕方なくなった。
おれはリュックを背負いバイクに跨った。
あの絵を完成させよう。
急いで走れば、聖ヨハネ学院高校まで一時間もかからない。