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以下の物語と連動しております。


宿禰凛一編「only one」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/


宿禰慧一編「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


藤宮紫乃編「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i


9、

 センター試験が目前の明後日に迫った。

 リンはまだ帰ってこない。

 おれは東京の試験会場を選んでいるから、夕方には実家に帰る予定だ。

 補習授業が終わり、自習室へ向かおうとするおれにクラスの高橋が声を掛けてきた。

「いよいよ明後日だな」

「ああ」

「水川とは色々あったけど、おまえがいてくれたおかげで、俺も充実した高校生活が送れたよ。礼を言う」

「…別におまえに礼を言われるようなことはしてないけど」

「おまえの存在が、俺の自尊心を打ち砕いてくれたんだよ。この学校に来るまで、俺は勉強では誰にも負けたことはなかった。だけどここに来て、初めて自分以上勉強のできる奴に出会った。おまえに負けたくない一心で俺は俺なりに頑張ってきた。最後まで、おまえに勝てなかったけれど…悔いはないって思えるんだ。だからありがとうって言わせてくれ」

「…うん」

 差し出した高橋の右手を握った。固く握手を交す手を見つめる。

 そうだな…拘っていた下らないプライドさえ、きっと大切な意味があったかも知れないんだろうな。

「宿禰もT大受けるんだろ?おまえと同じ物理工学科?」」

「いや、あいつは建築学科だよ」

「俺と…同じじゃないか。最後まで俺の足を引っ張る気なのか…嫌味な奴だ」

「…」

 別にリンはおまえを相手にしてないと思うけど…と、心で思ったが口には出さなかった。

 口では嫌がる風を気取る高橋は、本気で嫌がっては居ない…どころかなにやら少し嬉しそうでもある。

「皆受かるといいな」と、らしくないことを言う。

「きっと…絶対合格するさ。おれたちはそれだけのことをやり遂げただろう?」

「ああ、俺もそう思う。まあ、水川には勉強も敵わなかったし、恋の相手にも太刀打ちできなかったがね」

「…恋愛は楽しいばっかりじゃないけどね」

「…そりゃそうだろう。相手は数学でも国語でもない。正しい解き方もない。だから、人は恋をするんだろうか。自分だけの答えを導くために…なんてね。まあ、俺は恋より、豊かな老後の為に生きる方が大事だがね」

「恋に狂うのは愚か者だろうから、高橋の生き方は正しいのかもしれないね」

「人間の愚かさは無限だって言うじゃないか。だったらそれを追求しても楽しいんじゃないか?…俺はおまえがうらやましいと、言ってるんだぜ。絶望なんかするなよ」

「ああ、そうだな」

 言うべき本音ではなかったが、つい口に出してしまった。

 どっちにしてもこの学院ではおれの事はいざ知らず、リンの話題が出ない日はない。

 ひと月以上も姿を見ないリンが、どこで何をしているのかを、おれに毎日尋ねる後輩だっているんだ。

 皆ゴシップ記事みたいにおれ達の行き先がどうなるのか、噂しているに決まっている。


 教室を出て、しばらく自習室で過ごした。

 その後、日課の温室の水遣りをする。

 さっきの高橋の言葉がきっかけで、押さえていた感情が膨らんでいくのがわかった。

 高橋の言うとおりだ。

 これは、この感情は愚かな恋なんかじゃない。

 たとえそうであっても俺自身、この想いを誇れるほどに愛おしいと思えるんだ。

 おれがリンを愛している。

 これこそが一番輝かしいものではないだろうか。


 リンに会いたいと思った。会えなければ、声だけでも聞きたいと…

 携帯電話は寮に置いてきた。今、ニューヨークは何時だろうか…

 12時間前だから…夜中だ。それでも許してくれるだろうか。

 

 水撒きを急いで終わらせ、ヨハネ寮に帰った。

 部屋に戻り、机から携帯を取り出す。液晶画面にリンの番号を確認して、ボタンを押した。

 心臓がバクバク鳴ってるのが可笑しい。顔が火照っているのも笑うしかなかった。

 …リン。どうか、電話を取ってくれ。


『ミナっ?』

「お、どろいた…取るの早い」

『ちょうど、ミナに電話しようとしてた。俺、今、温室にいるんだけど』

「え?リン、こっちに居るの?い、いつ、戻ってきたの?」

『あ、言ってなかったか…ごめん、昨日鎌倉に帰ってきてた。で、今日久しぶりに登校したの。ミナを探しに教室まで行ったんだよ。高橋は学校には来てたって言うから、あちこち探したけど見つかんなくて…ミナ、どこに居るの?』

「寮に戻ってたんだ。携帯を取りに帰ってた。リンに連絡したくて…」

『そうか…会いたいんだけど、会える?』

「う、ん。勿論、おれも会いたい」

『じゃあ、寮へ行くよ』

「いや、おれが行くから、温室で待っててくれ」

『いいけど…おまえ、また外に出なきゃならなくなるだろ?もうすぐ日も暮れるし、外もここも寒くなるよ』

「いいんだ。温室で会いたいんだ」

『わかった。待ってるから早くおいで』


 電話を切った後、大きく息を吐いた。

 こっちに帰って来てるなんで思いもよらなかった。

 学校に来てたのに、会えなかったなんて…よっぽど運が悪いや。

 ああ、すぐ行かなきゃ、早く会いたい。

 …落ち着けよ。馬鹿みたいにはしゃいで、肝心なものを忘れるな。

 しまっていたリンへの贈り物を机から取り出し、紙袋に入れた。

 焦る心を落ち着かせるように、深呼吸をひとつして、部屋から出た。

 温室まで、駆け足で急ぐ。

 早く行かなきゃリンが消えてしまうみたいで、焦ってしまう。

 空気の冷たさなんて感じない。

 背中を射す夕日を振り返る暇なんてない。

 リン、君を確かめなきゃおれは…


 温室のドアを開けた。

「リンっ!」と、叫ぶ。

 だが、返事はない。

「リン、どこだよ!」

 中を見渡してもリンの姿は見えない。

 間違いなく温室で待ってるって言ったのに…

「リン…」

 帰ってきたっていうのは嘘だったのか?それともあの電話の声は幻なのか?

 …そうだよ。だいたい学校に来ているなら、そういうニュースがおれの耳に聞こえてもいいはずだもの…

 あれはリンの嘘だったんだ…


 期待が大きかっただけに、ひどく落胆した。

 椅子に座り、窓の外を眺めた。

 ちょうど太陽が教会の屋根に隠れる寸前だった。

 ガラス窓に映った自分が見えた。

 情けない顔でこちらを見ている。

「まるで桜が散った受験生の顔だな」

 おれじゃない声がガラス窓から聞こえた。

 ガラスに映るおれの顔の後ろに、リンの姿がはっきりと見えた。

「…」

 おれは怖くて、後ろを振り返れなかった。

 だって、振り向いたら消えてしまうかもしれない。

「リ…ン?」

「うん。…ただいま、ミナ」

 おれの背中を抱き、その口唇がおれの頬に口づけるのが、ガラスに映る。

 おれは回されたリンの手を握り締めた。

  立ち上がり振り返り、両手でその身体を確かめる。

「リン…会いたかった…」

 それだけ言うのが精一杯だ。後は声にならなかった。

 

 リンの胸は温かく、おれの涙をぬぐう口唇は柔らかい。

 …愛おしい。愛おしい…離れないでくれ、離れないで…愛している。

 沸き起こる得体も知れないすさまじい感情。

 このおれに?

 孤独で恋に怯えていたおれに、こんな感情が存在するのか?

 あるとは思わなかった。思えなかった。

 リンはおれの感情をまさぐる唯一のものだ…

 未来永劫こんな恋を知るのは、おれには、リンしかいない。





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