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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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13、
翌日の放課後、おれは美術部の顧問の町田先生に美術部への入部の許可をもらった。
あのススキが原に立つリンの姿を水彩ではなく、油彩で描きたかったからだ。
2年のこの時期に?と、少々呆れられたが、元々勧誘していた経緯もあって、快く承諾して頂いた。
油彩道具も何ひとつ持っておらず、お金に余裕があるわけでもなかったが、カンバスだけは新しいものに描きたかったから購入して、あとはあるものを貸してもらう事にした。
初めてのことばかりで戸惑う事も多いが、好きなことだから少しも嫌になる事はない。
おれは先生の指導を受けて、描き続けた。
「これは…箱根の仙石高原…だね?」
「そうです」
先生はスケッチブックに描いたおれのラフ画と、下地塗りが終わってある程度の色塗りに目安がついたカンバスを交互に見ながら、う~んと唸った。
「どこか…おかしいところがありますか?」
「これは風景画なのだろう?ここにいる…人物の印象が強すぎて、せっかくの風景画が心象画になってしまっている」
「…」
「もし、このススキの侘しさや自然の風景を魅せたいのなら、この人物は…無くした方がいいかもしれないね」
「でも、それじゃあ…」
おれは口ごもった。
リンの姿を消す?それでは意味が無い。
「この絵に描かれてる奴って4組の宿禰だろ?」
隅っこで描いてるおれのところへわざわざ近寄ってきた同級生の美術部員が、おれの絵を覗き込んで指を指す。
「水川、宿禰と付き合っているって本当なのか?箱根にデート?お泊り?…あいつとやっちゃったのか?」
「マジで?宿禰って中学の時は売り専してたってなあ。歌舞伎町に立ってたってホント?」
「あいつとやる時って水川はどっちなの?」
「…」
「こらっ!いい加減にしないかっ!誰と付き合おうが恋愛は自由だろっ!それより自分のやるべきことをやったらどうなんだ?初心者の水川の方がおまえらよりも進んでいるぞっ!」
先生の怒号に、冷やかした連中はすごすごと自分の席に着いた。
いつもの揶揄だ。気にしなければいい。
それでも悔しい…おれは口唇を噛んでカンバスを睨みつけた。
「水川、外野の言うことは気にするな。君が誰を描こうが構わない。ただ…さっきも言ったとおりこの風景画にこの人物の存在は強すぎる。それだけは確かだよ」
町田先生はおれの肩を軽く叩き、去っていった同級生達を再度叱り付けていた。
おれはまたカンバスに目をやる。
風景画として成り立たせるべきなのか…リンの姿を描くべきなのか…
怒られている同級生達を一瞥し、溜息をつく。
「しかたないよ…初めてだし…」
そう呟いて、おれはカンバスに描いたリンの姿を塗りつぶした。
出来上がった油彩画を先生はとても褒めてくれ、県の高校総合芸術祭に出展することになった。
おれは複雑な気持ちになる。
だって…これはおれの描きたかった絵ではない。
そんな気持ちを引きずったままひと月もしないうちに、その絵が芸術祭の特選に選ばれた。
全校朝礼の壇上で賞状を渡されたおれは、吐きそうな気分になった。
なんであれが…
放課後、温室でリンにおめでとうと祝福され、溜まりたまったものを打ち明けた。
「あんなのを描きたかったわけじゃない。おれは…ススキの中に立つリンの姿を描きたかったんだ。なのに…なんで…」
「知ってるよ。ミナのラフ画は見せてもらっていたしね。掲示板に張り出されていた記事の絵を見たよ。ラフ画と違っていて少し驚いたけど…でも確かにあの風景画に俺の姿はいらないね。あれで正解だったんだよ。ミナが腹立たしく思うのはわかるけど…次は後悔しないようにすればいい」
「リン…ごめん」
「なんであやまるんだ?」
「おれは…」
…描かなかったんじゃない。
描けなかったんだ。
おれは…あの絵を見る大勢の目が怖くて…リンのことを触れられるのが…冷やかしや中傷が怖くて不安で仕方なかった。
だから…描くのをやめたんだ。
一番好きなリンにも、一番自分が正直になれると信じていた絵を描くことに対しても、おれは自分自身を裏切ってしまったんだ。
悔しくて恥ずかしくてたまらない。
「リン、おれ、本当に自分が情けないよ。リンをこんなに好きなのに…どうして他人の目が怖いだなんて思ってしまうんだろう、ちょっと嫌なことを言われただけでまいってしまう」
「ミナが自分を責めることじゃない。ノーマルな奴らは、男同士付き合っているというだけで汚らわしいものを見るみたいな目をする。そういう既成概念はなかなか打ち破れないものだし、偏見って大勢でこられると怖いからね。だけど、ミナはゲイじゃないしな」
「え?」
「ミナはただ俺が好きなだけ。好きな奴がたまたま男だっただけの話だからさ。ホモとか言われたら心外だろ?…そういう風に言われたりしたら自尊心が傷つくのは当たり前だ」
「…」
「ま、別に俺はホモでもゲイでもバイでもなんでもいいけどね。もてない奴ほど口やかましい。ほっとくに限る」
「そうだね。おれもリンほどは強くなれないけど、リンを好きなことをやましいと思ったことはないよ。自分に嘘をつくくらいなら、何を言われてもいいよ」
「ミナを苛める奴がいたら俺に言えよ。二目と見られない顔にしてやるよ」
「…それは…やめとこうよ、リン」
顔が本気だったので、おれはあわてて宥めた。
正直、自分のプライドなんて気にしたことないけれど、リンの言うとおり、普通でいたいというこだわりこそ下らない自尊心だよな。
二学期最後の模擬試験でリンは学年総合7番だった。
クラスのいつもの馬鹿どもが、机に座るおれの前で嫌味を言う。
「水川って宿禰の家庭教師をしてるって聞いたけど、本当か?」
「寮生の奴が、水川は週末は宿禰のうちへ泊まりに行くってゆってたぜ。トップの水川に教えてもらっているのなら成績も上がるよなあ~ついでに、勉強だけじゃなくて他の事もやっちゃってるわけ?」
「ねえねえ、ホントのところはどうなんだよ、万年トップの優等生」
「…家庭教師ではないが、解らない事は教えあっているよ。宿禰とおれは付き合っているからすることもしているけれど、それが何かいけないことか?」
「…」
3人は平然と答えるおれを見て、揃って口をポカンと開けている。
「どうでもいいが、おまえたちはもう少し成績を上げないと目的の大学には届かないんじゃないのか?国立希望だろ?」と、おれは学年全員の成績表が載ったプリントをつまんで、奴らの目の前でひらひらとさせた。
「なんならおれと宿禰で教えてやってもいいぞ。ただし宿禰は凶暴だから、気に入らないとひっぱたかれる。覚悟した方が良い」
「…た、叩かれるのか?」
「う~ん。あの顔で叩かれるのもなあ…はは」
なんだ?そのまんざらでもない顔は。こいつらはリンの隠れファンなのか?口では嘲っていても、目的はリンなのか?…皆目わけがわからん。
それ以上突っ込まれる事もなく、消えていった後、今度は万年二番の高橋が近づいてくる。
また五月蝿いやつが来たと、こちらも構える。
「水川は宿禰と本気で付き合っているのか?」
「ああ、そうだよ」
今更隠そうとは思わない。おれは高橋の目を見据えて言い放った。
「ふ~ん」
「なに?」
「いや、あいつと付き合っていてもトップを守っているってことは…恋愛は学問に影響しないんだなあって思っただけだ」
「…多いに影響してるさ」
「え?」
「身体と精神が充実していると、学習能力が上がる」
「…ああ、そう…そうか…見習う事にするよ」
今まで険しい顔しか見せなかった高橋の表情が緩み、笑みを見せた。
…なんだ。人の心を解かすのはこんなに簡単なことだったのか。
表情の和らいだ高橋が黒淵の眼鏡のブリッジを上げながら、言葉を続けた。
「だが、宿禰が水川に教える科目はあるのか?おまえが教える一方だろ?」
「リンはああ見えて数学が得意なんだ」
おれは笑い、胸を張って言い返した。
もう迷うことはない。
リンを好きな気持ちは揺るがない輪郭を象っている。
リンへの愛は未来に続くもの…
そう信じることが出来る。
次からは宿禰凛一編を書くので、この水川青弥編はしばらくお休みです。