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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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11、
リンが手を伸ばすから俺も右手を伸ばす。
おれの手を口の近くまで持っていくと、リンはおれの指を一本一本口に咥え、ゆっくり舐めて味わう。
目を軽く伏せたり、おれをじっと見つめたり、少しだけ不遜な笑みを浮かべたり。
おれはこういう時、大体金縛りにあったみたいに動けなくなる。
そう、いつもリンのペースでおれ達の世界は動く。
でもそれじゃあ駄目なんだね。だって恋愛しているんだもん。
お互い同じ分の秤を持たなきゃ…
…それが何なのかはまだよく判らないけれど。
「リ、リン」
わざと音を立てて舐め続けるリンに追い込まれないうちに勇気を奮って尋ねる事にした。
「なに?」
「リンに聞きたいことがあるんだ」
「なんでもどうぞ」
「リンは…今までに何人の人とセックスした?」
「…」
リンはおれの指を離して、怪訝そうな顔で上目遣いに睨んだ。
「それ、今、ここで言わなきゃならねえこと?」
「前におまえが言ったよね。知る事と知りたいって思うことは違うって。おれはリンの過去を知りたいんじゃない。リンと言う人間を知りたいんだ。だから…リンがどうやって他の人とセックスしたのか…なんだか気になってしまうんだ。変かな?」
「いいや、俺だってミナが俺とこうなる前に誰かとセックスしていたとしたら、やっぱりその話は聞きたいかもしれない。そうだね…数えた事はないけど、セックスした相手は50人…ぐらいかなあ」
「ご、五十?」
想像もできない数だったから思わす素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そんなに驚くなよ。一夜で終わった相手も結構いるし、性病には気をつけていたからちゃんとつけてしてた。だから安心していいよ」
「そういう問題じゃなくて…そ、そんなにして、誰とも恋愛にならなかったの?」
「恋愛には、ならないねえ…50人の四分の一は女性だったが、これは殆ど1,2回で終わる。なぜなら相手はどうしても大人の女性だからね。上目線で俺を扱おうとするのさ。お金は要らないって言うのに、何でも買ってあげるからってしつこく迫られたりね。それが嫌いだったから長続きはしなかった。男の三分の一は俺が入れるほうだが、これも圧倒的に年上が多い。と、やっぱり指示してくる。おまえ、想像してみろよ。上からしてるのにああしてこうしてって言われてみろ。こっちはまだ中学のガキだぜ?そんなに上手く出来るわけございません!って、なる」
「はあ…」
少しだけ蠱惑的な微笑を湛えながら、リンは言葉を続けた。
「後の三分の二が俺が受け入れる側だが、これは案外上手くいく。理由は簡単だ。俺はキレイなガキで相手は大体羽振りの良さそうな大人の男だからね。たまにはサディスチックな奴もいたが、要領を得ると上手くかわすことができるようになったんだ。だから手荒い事は早々されていない。それに…」
リンは残っていたペットボトルの水を飲み干した。
「彼らは俺を甘やかしてくれる。あの頃俺は本当に…ひとりだったからね。…温もりや優しさにどうしようもなく飢えていたんだよ。嶌谷さん…ああ、体育祭にも来てくれてたんだけど、ジャズクラブの店長さん」
「あの…髪を後ろで結んだヒゲの人?」
「そう、あの人と出会って幾分投げ遣りな自分を戒めることができた。と、言っても遊ぶ事はやめなかったけどね」
「…」
「慧が…慧一が俺の元に帰って来てくれたから、俺はそういう生活と足を洗うことができた。兄貴の愛情を感じたから、飢える事はなくなったのだと思う…」
おれは聞いていいのか迷ったが、軋むような声で彼に尋ねた。
「お兄さん…慧一さんとは…寝たことがあるの?」
「え?…寝たってセックスしたって事?」
「…う、ん」
「ないよ。慧とはキスもハグもベッドで一緒に寝たりもするけど、セックスはしていない。何故なら…」
「…」
「兄貴にはその気がないからね」
「…そう、なの?」
「俺が必死に誘ってもそういう気にはならないらしい」
「あんなに…リンのことを愛しているって…おれでも感じるのに」
「…兄弟だったら普通はセックスはしないもんだろ」
「そりゃそうだけど…」
普通はそうだろう。だけど、リンと慧一さんがもしセックスをしたとしてもそれが絶対許せない事とはおれには感じられない。あの人のリンを見る瞳は、肉親の愛情だけではないって、おれはあの時感じてしまっている。
本当にリンをそういう目では見ていないのだろうか…
「まだ他に聞きたいことがあるの?」
「いや、もう十分だよ。すまなかったね、リンの昔話を無理矢理聞きだしてしまって。でも何だかすっきりしたよ」
「何が?」
「リンはセックス経験は豊富でも、恋愛は少ない。おれとタメだね」
「そこ、見栄張るとこ?」
「だって、なにもかも勝てないんじゃおれの面目がないじゃない」
「セックスじゃあ、いつも泣いてるくせに」
「それは…リンが泣かせるからだよ…意地悪なんだから」
「嫌いになる?」
「そんなことがあるわけないだろう」
「ミナを…愛していると誓うよ。今までセックスした誰よりもミナとする方が、何倍も快感を得られる。それはたぶん…身体で繋がっているだけじゃなく、心という精神愛が共有されているからだと思うんだ。とても貴重な絆だと思う」
「うん」
「大事にしたい。この想いもミナも」
「おれも…リンを離したくない」
おれ達は同時に立ち上がった。
目的は同じだ。お互いを共有し合いたい。理解を深めたい。好きと言うこの想いを相手に知らしめたい。この身に感じたい。めちゃくちゃにおまえに溺れたい。
帯を解きながら飛ぶように次の間の布団の上に飛び込んだ。
悠長な睦言を言う余裕はどちらにもなかった。欲望が勝っていた。
お互いの名前だけを呼びながら、お互いの身体を、その奥を貪りあうことに没頭した。
リンがしてきた今までの相手の思い出なんか、おれがリンの身体からきれいさっぱり消してしまいたい。
言葉にならない口でそう告げると、リンは「思い出はいつか消えるもの。だけどミナを思い出にはしない。そう言ったろ?…きっと俺たちは繋がるために生まれてきたのさ。そうでなきゃ…こんなに、気持ち良くなんか、ならないよ、ミナ…」
リンの言うがままだけではなく、おれからも求め、動いた。
それは二重に絡み合う美しい螺旋を描く。ダブルヘリックス。まさにDNA。
知ってるか?DNAって地球上の全生物が持っていて、細胞の遺伝情報を司るんだぜ?
情報の蓄積、保存、複製…何倍にも広がっていくこの恋愛の形が無限に続けばいいなあ…
…ねえ、リン