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以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
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宿禰慧一編「GLORIA」
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藤宮紫乃編「早春散歩」
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7、
リンのお兄さんがリン宅に居る間は、おれ達は温室でセックスを楽しんだ。
と、言っても夏休みは、温室から見える運動場は一日中部活を勤しむ生徒達が見える。こちらから見えるという事は、あちらからも見ろうと思えば見えるわけだ。おまけに温室にエアコンなんて付いているわけもないから、暑さを凌ぐ為に窓を開ける。
…変な声だって出せない。
気もそぞろというか、スリルも過ぎると快感より気が散って仕方がない。
しかし廃屋寸前の温室とはいえ、レトロなレンガ造りでしっかりした造りになっていて、案外外からは見えにくい盲点の場所もある。
そこに捨てられてあった机と椅子を置いてその上で…
下半身剥き出しになるのは大体おれの方で、リンはいつも余裕の表情でおれを翻弄する。
言いように誑かされている気がしてムカつく時もなるが、リンのいわゆる…慣れたテクニックというか、色んな事にはおれは付いていくのが精一杯で言うとおりにするしかないのが実情。
セックスに関してど素人のおれは当然太刀打ちできるわけがない。。
リンは一体どれくらいの経験をしてきたのだろう…と、時々リンの過去の相手を妬んだりする。
リンは過去にやった奴とおれを比べたりしないんだろうか。
色々悩むというか…悩んでも仕方ないことだが、焦りや憂鬱は減りはしないどころか…
おれはリンにとって一番でありたいと…思っている。
思ってはいるがまるで中身が伴わないスカスカのカレーパンみたいな感じがする。
「カレーパン?」「そう」「学食の?」「うん…」「ああ、あれ、当たりはずれがあるよな。具がむっちゃ入っている時とスカスカな時」「そうでしょ?」「変なミナ…なんで最中にカレーパンなんだ…笑うぜ」「わ、笑うな!中、か、感じるから」「ミナが笑わせるのが悪い…ほら…」「…あ、んん」
結局負けるのはおれの方なんだ。でもリンは終わった後、必ず褒めてくれる。
「凄く良かったよ。ミナは最高だ」と。
リンの言葉は何も持たないおれに難なく勇気と自信を植えつける。それはおれの中で羽を広げ、育っていく。
リンという光を受けて、リンに届くように。
おれとリンが付き合っていることはあまり周りに知られていない。
同じ2年でもリンとは教室の階は違うし、校内ですれ違う事があってもお互い手を上げるぐらいで話し込んだりは一切しない。
男子校だから男同士の恋人関係も少なくない気はするが、どのカップルも目立つ事は避けているのだろうか、変にいちゃついている現場に出くわしたことはない。
一度、クラスメイトからリンのことを聞かれた。
「水川って4組の宿禰と仲いいの?」
「うん、いい友達だよ」
あまり喋ったことのない興味津々の3人の面々を目の前に、少し顔が引きつったが、おちつけ、平常心だ。
「よく付き合えるな。宿禰って綺麗すぎて近づきにくいっていうか…なんかあいつ怖くねえ?」
「うん、なんかヤバそうな感じがするよな」
「…別に怖くないし、普通にいい奴だよ」
「中学の時のウワサ聞いてるだろ?」
「ああ、あれな、去年の年末凄かったじゃん。生徒会が必死にもみ消したんだよな」
「前の生徒会長は宿禰と出来てたんじゃないかって噂あったしな」
「…」
「なあ、ホントなのか?水川、知ってる?」
「ああいうの信じる方がイカレてる。何なら宿禰を呼んで来て目の前で喋らせようか?」
「え?…い、いや、いいです」
「あんな綺麗な顔で睨まれたら…想像するだけで恐ろしい」
「それにあいつ、腕っぷしも凄いって聞いたし…」
「…」
肩を竦めた3人の後姿を一瞥したおれはリンの待つ温室へ急ぐ。
無性に腹が立って仕方なかった。
涙が滲んだ。
あんな奴らの言う事を真に受けちゃ駄目なのに。
リンは今までにどれだけのもっと酷いことを言われてきたのだろうと思うと、心が痛んで仕方なかった。
温室にリンの姿はまだ無かった。良かった…泣いてるところを見られたら、つまらないことを白状しなきゃならなくなる。
おれは涙を拭いて温室の花に水を撒いた。
夕刻になると色を変える酔芙蓉の花が赤くなって萎んでいる。美しい花もいつかは枯れる。
いつかは…
「ミナ、どうした?」
背中からリンの声が聞こえて振り返る。少し心配そうなリンに、おれはあわてて笑顔を見せる。
「なんでもない。折角の酔芙蓉が枯れてしまったから、ちょっと残念だ」
「萎んでいるだけだよ。大丈夫だ。明日になればまたキレイに開くよ」
「ホント?」
「本当。それよりさ、いい話があるの」
「え?なに?」
「一昨日兄貴と横浜に買い物に行ってね。抽選があってて、兄貴が箱根温泉一泊ペア旅行券を当てたんだよ」
「へえ~すごいね」
「その当たり券をおれ達にくれるって」
「え?」
「ミナと一緒に行きたかったから丁度良かった。勿論行くだろ?」
「…本当に?すごい…嬉しいよ、リン」
「箱根なんて珍しくもないだろ?」
「そんなことはない。リンと一緒にお泊りできるんだよ。すごい楽しみだ。でも俺なんかが行ってもいいの?お兄さんに悪い気がする」
「いいんだよ。慧はミナと行きなって言ってくれたんだから」
リンのお兄さんがおれ達の仲を認めてくれるのは、心強い気がしている。だけど、なんだかそれも気が引けて仕方が無い。
だってリンのお兄さんへの愛情はひとかたならないものを常に感じていた。普通の兄弟では考えにくい絆の強さがある。勿論それはリンの生まれ育った環境によるものだろうけれど。それとも兄弟のいないおれだから余計それが奇妙に見えるだけなのかな。
「旅行の日程はこっちで決めていいみたい。折角だ。紅葉のきれいな時期にしよう。いい?」
「うん、リンと一緒ならいつでもどこでも嬉しいよ」
「毎度の事だけど…ミナの無意識の殺し文句には参るね」
そう言っておれの額に軽くくちづけをするリンには到底敵わない。
10月、体育祭が近づいている。
リンも応援団の練習で毎日忙しそうだ。
寮の自室でパンフレットを眺めてみた。
おれは一組でチームカラーは赤。リンは四組で黒。縦列で別れるから同室の根本先輩はリンと同じ黒組だ。
先輩はリンと同じく応援団で…と、パンフの文字に俺は息を止めた。
「ええっ?先輩、黒組の応援団長なんですか?」
おれはベッドで漫画を読みながらせんべいを食べている先輩に向かって思わず叫んだ。
「そんなに驚かなくてもいいと思うけどね。こう見えてもぼくは三年生なんだし、これだけ美人なんだから団長ぐらいは当たり前でしょ」
「…そうですか」
この人も大声張り上げるんだろうか。
想像したら笑えた。
「みなっちには悪いけど、ぼくとリンくんのラブラブなダンスシーンで会場を魅了するからね。今年は黒組の勝ちだね」
「会場…はは」
なんかのコンテストか?なんでもいいや。見たくなかったら目を瞑っていよう。
体育祭には生徒の家族や先輩方が大勢集まり、毎年お祭り騒ぎとなる。
多くの演目の中でも応援合戦は一番の花形で、各クラスは半年かけて色んな見せ方を仕組んでくるから見ものだ。
昨日まで雨で案じていた天気も朝にはすっかり晴れ上がった。
赤組の応援席の大弾幕はおれが中心になって描いたりしたものだから赤組には勝ってもらいたいところだが、いかんせん運動の苦手なおれでは点数は稼げない。応戦席の隅っこでみんなの熱戦を見守る事にしている。
二年の演目の時、ひときわ大きく「リンくん、頑張って~!」と、叫ぶ声がしてその付近を見ると、なんだか見知らぬ集団が一角を陣取っている。
渋いオジサンやらちょっと怖そうな人…明らかにオカマっぽいひと…後で聞いたらリンの行きつけのジャズクラブの店長と常連さんだと言う。違和感ありまくりで笑った。
その騒がしいグループの中に、ひとりだけ目立つ男の人がいた。
すぐにわかった。
リンのお兄さん…慧一さんだ。
アメリカからわざわざ体育祭の為に来たのかな…
写真では何度も見ていたが、実際に見る慧一さんはそのオーラもどことなくリンに似ていて、他の人とは存在感が違って見えた。
見事に調和された美しい人…と言うしか形容できない姿だった。
それよりももっと驚いたのは、
彼のリンを見つめる眼差しだった。
やさしく慈しむ表情とはまた別の…誰にも入り込む余地を見せない強い一途な想い…それが肉親の愛なのかどうかはおれにはわからない。
わからないが…
ひとつだけわかったことがある。
おれが戦わなきゃならないものは、あの人のリンを想う力…なのだ、きっと。