転生は理不尽なものである
観察結果1 転生直後の魂は酷い混乱に襲われる
目を覚ました時最初に見たのは、自分の何倍もの体躯を持つ、白い毛を生やした狼だった。
ぱちぱちと瞬きをした後、ぐるぐると周りを見渡す。見えたのは雪に埋まる地面と、雪の積もった低めの木々であった。
ボケっとそれらを眺めていると、突然目の前の狼に頭を舐められる。
何か不思議な感触が頭部を襲う。
直ぐに舐めるのを止めたが、やはり生暖かい感触が残っている。だが一切の不快感はなく、今いる場所が雪が積もるほどの低気温だった為、寧ろ暖かく気持ちいい。
舐められた体勢のままボーっとしている自分を眺めていた狼は、突然くるりと背を向けると何処かへ歩き去ってしまう。自分も後を追おうと立ち上がろうとするが、足を立てた辺りで力が抜け、どてっと尻もちをついてしまった。
その後も数回繰り返すが、やはり足に力が入らない。
「……」
……は?
他人事のように見ていた景色が、急に鮮明に見えてくる。
今まで自分が住んでいた筈の地域、そこでは有り得ない量の雪。木々もそうだ、こんな森はなかった。
狼なんざいる訳がないし、そもそもこんなに寒くない。
というかこうやって見えているのがおかしい。五感があるのも思考出来るのも何もかもがおかしい。
夢?そんな筈はない。確かに俺は飛び降りた。あの高さで助かるわけがないし、眠る眠らない以前の問題だ。
つまりこれは現実。やっと死ねた筈の俺は何故か生きていて、多分狼になっていて、めちゃくちゃ寒いよく分からない場所にいる。
これが現実とは笑える話しだが、当人としては全く笑えない話だ。
生まれ変わったら虫とか動物になりたいとは言ったが、記憶を持ち越すなんて聞いていない。前世が認識出来るなんて異常にも程がある。
人じゃなかっただけマシだと思うべきなのか。
理解出来ないことを考えるのは無駄では無いが、それも時と場合と内容による。今はこの考えは当てはまらない。人智を超えた事象を理解しようとしても無駄でしかないだろう。
我ながら冷めているとは思うが、どうでもいいことに熱を持つのはおかしいことだ。
やるべき事も分からないしもう生きる気力も無いが、死んでしまえばあの狼を悲しませることになるだろう。
だから死ねない。記憶があろうがなんだろうが俺はあの狼の子供なのだろうし、親より先に死ぬ子供など、一人も居ない方がいいに決まっている。
──それをお前が言うのか
「……」
冷静とは言い難い精神状態ではあるが、例え冷静になったところで現状はなにも変わらない。不安定な思考回路で気にするだけ精神力の無駄だ。
そう、無駄。精神力だけでない、何もかも全て。役に立つことなどありはしない。
だからきっと、今世もきっと、
「グルル……」
「!」
狼が帰ってきた、しかも何かを咥えている。
あれはなんだ、リスか?それにしては大きいが。冬眠から目覚めたのか?そうだったのなら運のない。
…ん?まさかとは思うが食うのか?え、ホントに?いや、それはちょっとなんというか、罪悪感というかなんというか。
「……」
「……」
仕方ない、食べよう。見てたらお腹が空いてきた。それに狼──母さんかな、が心配そうに見てるし。
しかしコレどこから食べるんだ?頭?それともお腹?まあなんでもいいか。
「……!」
美味しい。生肉に美味しさを感じる日が来るとは思わなかった。味覚は完全に獣のものということか。良かった。
完食には時間がかかりそうだが、問題はないだろう。人と違って時間に追われたりしないのだから。
ああ、そんな顔しないで母さん、もっと死ねなくなってしまう。悲しむところも泣くところも見たくなくなってしまう。意地でも生きなければならなくなる。
そんなのあまりにも辛い。人としての生活すら苦痛だったと言うのに、唐突に始まった狼生、元人間には苦行すぎると言うのに。