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フォローアス  作者: 竹芦
6/7

記録会!

 次の日からは、計画通りに練習が始まり、あっという間に1ヶ月が経った。

 5月半ばの日曜日。

 いつも通り朝7時には部員が勢揃いしていた。

「おはよー!みんな準備はバッチリかな?」

 ツムギはいつもの自転車ではなく、大きな車で登場した。

「先生!車乗れたんだ!」ヒナタが驚いた表情を浮かべた。

「ふふーん、先月やっと免許がとれたのよ。今日はお父さんの車を借りてきたわ」ツムギはドヤ顔を決めているが、ハンドルを握る手は少し震えていた。

「大丈夫かしら」ユキは少し青ざめた。

「だ、大丈夫!8人乗りだから!余裕で乗れるよ。みんな早く乗って!」

「大丈夫の意味が違う……」

 とりあえず後ろの席に荷物を詰め込み、出発した。


「ちょっとコンビニに寄るねー」ツムギはそう言って寄り道をした。

「何買うんですか?忘れ物?」マキが訊ねる。

「試合の朝はコンビニに寄るものなんだよ」ツムギが答えた。

「そ、そうですか」


 コンビニに着くとツムギはカゴの中にポンポンとおにぎりを放り込んでいく。

「先生、そんなに食べるの?太るよ?」アメが隣でカゴを覗き込んだ。

「え、違う違う!君たちの分だよ!」ツムギは慌てて否定した。

「皆んな朝ごはんは食べてきたかな?」

 アメは手を挙げて食べてきたアピールをしたが、他はあまり食べていないようだ。

 特にフウは昨日から緊張であまり喉を通らないようで、朝から白い顔をしている。

「今日のスタート時間は11時。こういう日の栄養補給はスタートの3時間前がベストなのよ。塩おにぎりとか、ゼリーとか、消化して力になる時間をスタートの時間にぶつけるの。海苔は消化遅いからやめとくのよ」

 ツムギは説明しながらゼリーも詰め込んだ。

「へぇーそうなんだ、先生ってウチらのことよく考えてくれてるんやね」ヒナタが感心している。

 ツムギは少し赤面したが、コーチなんだから当たり前だと腕を組み直した。


 会場に着くとツムギは受付してくるから適当に場所取りしておいて、とどこかへ行ってしまった。

 会場は開放的な運動公園だ。

 ユキは何度か来たことがあったので、先導して客席裏の通路脇のスペースを陣取った。

「この辺でいいかな、客席も近いしトイレも近いから良いんじゃないかしら」

 ユキはそう言って荷物を置いたあと、買ってもらったおにぎりを配り始めた。

「もうそろそろ食べておきましょうか。フウはゼリーね」

「うん、ありがと。これなら食べられるかも」

「やっぱりフウはあがり症ね、取って食われるんじゃないんだから大丈夫よ」マキがおにぎりを頬張りながら言った。

「でもここに来てからウチもちょっと緊張してきたかも」ヒナタがフウに同情した。

「アメちゃんは大丈夫?」ユキは一応確認してみたが、一目見て心配ないことがわかった。

「うん!すっごい楽しみ!今からここにいる人達と走れるってすごいね」

「すごい、のかな。記録会は他校の人と走れるのも良いとこかもね」

「他校の人と……走る……」フウが呟いた。

 ユキはフウがいつもよりひと回り小さく見えてしまい、苦笑いを浮かべた。


 スタンド席は混雑し始め、騒がしくなってきた。そして記録会の始まりを告げる案内放送が会場に流れる。


「これから始まるんだ」

 いつもと同じ走るだけなのに、味わったことのない高揚感をアメは感じ始めていた。


 しばらくするとツムギがキョロキョロしながら歩いているのが見えたので、皆んな手を振って呼び止めた。


「良い場所取ってるじゃん」ツムギはそう言って広げたシートに座った。

 トラックでは短距離種目が行われ、一定間隔でピストルの音が鳴り響いていた。

「受付済ませたから、スタートの30分前にはエントランスに行って点呼してもらってね。ゼッケンもそこでもらえるから」ツムギは連絡事項を伝えて安全ピンを配った。

「先生、今の時間は何しておけばいいの?」アメが暇そうにしている。

「30分前が点呼だから、1時間前にはアップするとして、今は2時間前だからなー……私何してたっけ」

 ツムギは真剣な面持ちで高校時代を思い出していた。

「きっと筋トレとかストレッチとか体動かしてないといけない感じなのよ」マキは勝手に想像を膨らませていた。

「アップ前のアップがいるかもしれないわ」ヒナタも靴紐を締め直し始める。

 しかし、腑抜けたような答えが返ってきた。

「あぁ、ウォークマンで音楽聴きながら寝てたんだわ」ツムギは特に何もしていなかった事を思い出した。

 ヒナタの靴紐を結ぶ手が止まった。

「いや、待って、何かしてた気がするわ」ツムギがさらに考え始める。

 5人は息を呑んで待つ。

「そう、トランプで遊んでたんだわ」ツムギが真剣な顔のまま言った。

 微妙な沈黙が訪れた。

 ヒナタも無言で靴紐を解いた。

「先生、やる気なかったの?」

 アメも滅多に見せないような困ったような顔をしている。

「やる気はもちろんあったわ。でもスタートの2、3時間前からやる気全開だったら、もたないでしょ。今は本番のイメージを膨らませたり、気持ちを落ち着かせる時間なの」ツムギが白目を剥きそうなフウの肩を揉みながら言った。

「今からこんな力入ってたら、気持ちよく走れないよー」

「でも、私、こんな大きな所で走ると思ってなくて……人多いし、途中でお腹痛くなったりするじゃないかなって思ったりするし……」フウはやっと思っていた事を話せた。

「実はウチもおんなじこと思ってた」ヒナタが口を開いた。

「え?」フウは呆気に取られてしまった。いつも明るいヒナタでもそんな事思うんだと驚きを隠せなかった。

 “私だけ特別弱気な訳ではなかったのかもしれない……?”


「皆んな緊張してるみたいだから、この時間はとにかくリラックスする事を考えようか。私がいたらちょっと気が張っちゃうかもしれないから、散歩でもしてこようかな」ツムギはそう言って立ち上がろうとしたが、フウが裾をつまんでいたので盛大に尻餅をついた。

 しばらくここにいた方が良さそうだ。


 1時間ほど各々で適当に時間を過ごすと、アップの頃合いとなった。

 いつもは全員で10分ほど走ったりしていたが、ツムギの指示で一人一人でアップすることになった。


「なんで今日に限って一人で走らないといけないんだろう」アメは少し不思議に思っていた。

「ペースが掴みづらいし、なんだかフワッとした感覚がある」初めて走る場所で競技場の外側を走っていたアメはなんとも言い表せない気持ち悪さを味わっていた。


 スタート30分前。

 エントランスに女子1500mの参加者が集合した。

 点呼が始まる。物々しい雰囲気だ。

 名前を呼ばれた人からゼッケンが配られた。

 他校の生徒はランニングシャツを持っており、ゼッケンをつけ始めている。

「フウ、背中のゼッケン付けてあげるわ」マキがフウを手伝っている。

 ヒナタもそれを見てユキのゼッケンをつけることにした。

「ユキ、後ろ向いて」

「あ、ありがと。次交代ね。背中刺さないでね」

「刺さんわ!」

「アメちゃんも後でつけてあげるから……」ユキがそう言いながらアメを見てみると、腕を体操服の中にしまって服の前後が逆になるように体をモゾモゾさせていた。

「なんというか、頭いいわね」ユキは不本意ながらも感心してしまった。


 準備を済ませ、スタート付近で軽く走ったり準備運動をしているとあっという間にスタート2分前の号令がかかった。

 出場選手がスタートラインに並び始める。


 ツムギはゴール前の観客席でその時を待っていた。

「みんなまだ1ヶ月だけど真面目に練習してきたし、何か得られるものがあればいいんだけど」

 ツムギはみんな素直で協力し合って、いい子達だとは練習を通して感じていたが、何かが欠けている気がしてならなかった。

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