形から入るタイプ?
日曜日の午後。
マキとフウは隣町にあるスポーツ用品店に来ていた。早速、ランニングシューズを買いに来たのだ。
店は2階建の建物の1階部分で、こじんまりとしているが、店内の3分の2程を陸上競技に関する商品が占めている。
「品揃え良さそうね」
周りを見渡しながら進んでいくと、1番目を引いたのはランニングシューズの棚だった。
奥の壁一面にシューズが飾られている。
わぁーっと二人とも見上げていた。
「どれがいいんだろう」フウはとりあえず目の前の靴を手にとってみた。
「軽い! 針がついてる!」
「なんだか強そうね。フウには似合わないわ」
「そういう理由?」
靴を戻して今度はユキが履いていたような靴を探し始めた。
「この辺りかな。でもやっぱりどれがいいのかわからないね」
「店員さんいないのかしら」
マキがそう言って見渡すと、レジで眠りこける老人が目に入った。
「あー、起こしちゃ悪いかしら」
とりあえず、レジの近くまで近づいてみた。
レジの壁には有名であろう選手達のサインや、目の前で眠っている老人と一緒に映る選手の写真などが飾られ、トロフィーやメダルもある。
「このおじいさんも昔は走っていたのかな」
フウが写真を見ながら言った。
一向に起きる気配がないので、しばらく写真を見ていると、見覚えのある顔があった。
「これユキちゃんじゃない?」
今より小さい頃の写真のようで、首にはメダルを下げて無邪気に笑っている。隣にはやはり、このおじいさんともう一人大人の女性もメダルを持って写っている。県のロードレース大会の写真らしい。
「小さい頃から走ってたのね」
「ユキちゃん嬉しそうだね」
微笑ましく見ていると、後ろから声がした。
「おじいちゃん! また寝とる! お客さん来とるじゃろ!」
振り返って見ると、ユキの姿があった。
ユキは瓜二つの顔と目が合って、一瞬固まった。
「あ、あれ、いらっしゃい」とユキは裏返った声をだした。
ユキはいつもの家の感じで喋ってしまったことが恥ずかしかったようで、落ち着きを失っている。
「ユキちゃんちのお店だったの?」
「う、うん、おじいちゃんちなんだ。隠すつもりはなかったんだけど、おおっぴらにすると、うちの宣伝してるみたいで悪いじゃない?」
「そんなことないわよ」
「ちょうどシューズの選び方がわからなくて困ってたんだ」
「じゃあ一緒に選びましょうか」
また棚の前まで戻ってくると、ユキは迷うことなくおすすめの靴をかき集めて、机に並べた。
「走るのってかなり足に負担かけるから、自分の足に合う靴を選ばないといけないわ。まず足のサイズを測ってみましょ」
そう言ってユキは目盛りがたくさんついたシートを持ってきて、靴を脱ぐように促した。
先ほどまでの取り乱し具合はもう無かったかのように、しゃんとしている。
「かかとをここに合わせて足を置いてみて」
マキはユキの言う通りにシートの印にかかとをつけて、足を測定した。
「21.5センチね」
ユキはくるりとマキの足にメジャーを巻いた。
「足の広さも合わせられるのよ。ワイズは22.5センチ。普通の2Eでいいかな」
ユキはそう言うがマキの頭にはハテナが浮かんでいる。はあ、と分かってないような返事をしたので、ユキはマキの足の指の両側に手を添えながら、
「足の幅が細い人や幅広い人もいるから、それに合わせてシューズにもスリムとかワイドとかあるの。マキは標準のレギュラーサイズがちょうどいいと思うわ」と付け加えた。
「へーそうなんだ。詳しいね。店員さんみたい」
「そうね、週末は店員さんなの」とユキはこうべを垂れる。
「それに小さい頃からよく走ってたから、なおさらね」
「あそこに写真もあったよね」フウがレジの方を指さす。
「は、恥ずかしいからあんま見ないで」ユキは顔を赤くしている。
マキはだんだんユキのリアクションが面白くなってきていた。
マキの測定と交代しつつ、「いつの写真なの?」とフウが訊ねた。
「小学校4年生のときかな。ロードレースの県大会で一番だったの。フウも21.5センチね」
「すごい」フウは手が届きそうもない人物が目の前にいるような気がした。
「さらっと言ったわね」
「でも上には上がいるわ。隣に一緒に映ってたのがお母さん。まだ全然ついていけない。あの人早すぎるのよ」
「お母さんもランナーなんだ」
「まあ家族みんな走ってるからね。おじいちゃんにはぎりぎり勝てるかな」
姉妹は寝ている老人に驚きの目を向けた。走れるようには見えないと思っていたのだ。
「現役?!」
「私たちでもあのおじいさんに勝てないんだ」
フウは少し落胆した表情を見せた。
「大丈夫大丈夫、練習すればきっと勝てるわ。私だってもっと早くなるし、今の“わたし”にもフウは勝てるようになると思う」
「そうかな。そうなるように頑張るね」
フウは静かにそう言った。自分に言い聞かせているように。
「フウもシューズは標準で良さそうね。この中のシューズはどれでもサイズ揃ってるよ。というか、二人とも足の形まで同じじゃない?!」
「なんでもシェアできるから便利なのよ」マキが自慢げに言う。
「中学校の制服もどっちがどっちかもうわかんない」フウも少し自慢げに言う。
「それ便利なのかしら。こんがらがってない?」ユキは笑ってしまった。
「でもランニングシューズのシェアはおすすめしないわ。走り方の癖が違うと靴底の削れ方も変わってくるから、取り替えっこしてたら怪我にもつながるかもしれない」
「そっか、じゃあ色違いにして、自分のがわかるようにしましょ」マキが提案する。
フウも頷いている。
「シューズによっていろいろ工夫して作られてるんだけど、初心者なら筋肉もそんなについてないと思うから、少し厚底で安定性とクッション性があるのがいいと思うわ。あとは履いてみて、軽くジャンプとかしてみて、ちょうど良ければ……うーん、あとはそうね……見た目かな」
「最後だけ説得力がない!」
「いやいや見た目も大事なの。たぶん。かっこいい靴なら履いて走りたくなるし、もう履いただけで早く走れる気がするもの」
「今考えた?」
「うん」
「でも気持ちはわかるかも。こんな靴履いたことないから早く走れる気がするなー」
「フウは素直でいい子よね」
「でしょー」マキはフウを褒められるのが嬉しいようだ。
しばらくいろんなシューズを試し履きして、二人とも決断を下した。
マキは真っ赤なシューズ、フウのは白地に緑のラインが入っている。
「選ぶものは個性あるのね」とユキが言う。
「で、これいくらするのかしら」マキが少し不安そうに言う。
「1万2千円ね」
「けっこうするけどまだ大丈夫ね」マキは表情を緩めて、がま口を取り出した。
「あら、意外とすんなりね」
「お父さんから部活支援金をもらったの。お母さんには内緒なんだって」フウが笑顔で言った。
「聞かなかったことにしておくわ」ユキが苦笑いを返す。
新しいシューズを手に入れた2人はまた明日履いて走ろうねと、店を後にした。
ユキは夕焼けの中、帰る2人の背中を見送りつつ、靴を見せ合っている2人の様子を見て、こちらまで嬉しくなっていた。
「あ、言い忘れてたけど、夕方の方が足が大きくなるんだった。ちょうどよかったわね」