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66話 傘下

 聖王ドッペルを殺した宿の部屋に戻ると、そこにあったはずの聖王の死体は無かった。

 代わりに能面のようなまっさらな顔をした小さな白い魔物が血だらけで息絶えている。


「これが、私に成り代わっていたドッペルゲンガーですか……」


 ドッペルゲンガーは遠い昔に絶滅している。

 人の姿形だけでなく、上位個体になると記憶まで模倣するそれはあまりにも悪用され続けていたからだ。


 使い方によっては便利な魔物である一方、それ以上に厄介な魔物でもあるドッペルは、およそ数百年に渡り人の手で少しずつ数を減らされ駆逐された。

 死体や骨、剥製(はくせい)すら残さぬ気合の入れようで、この時ばかりは世界中が一致団結したと生物学や歴史の授業で習うくらいである。


 しかしこうして実物が目の前に存在する以上、敵がその復元に成功しているのはもはや疑いようもない。

 サティとローズはヴィリアンの話を聞いて【混沌の牙】の仕業だと断定いていたけど、状況から見ると確かにその可能性は高いように思える。


 組織を裏切ったサティを使って民衆の恐怖を煽り、帝国に戦争を仕掛けるのは【混沌の牙】にとってはまさに一石二鳥。

 裏切り者の粛清をする事で帝国の弱体化に貢献するなんて、帝国内できな臭い動きをしている連中からしたら願ったり叶ったりだろう。


 さらに、サティとローズは【混沌の牙】幹部の魔法で常に居場所を把握されていると聞く。

 ならば帝国で大した騒ぎも起こさず、ピンポイントにサティを攫いに来る事が出来たのにも納得できる。


 少しずつ見えて来たサティ誘拐事件の犯人の正体。

 僕はそれを考えながらベッドに腰掛け、一息ついた様子の聖王ララに言う。


「一つだけ言っておこう。僕らは突然聖国に拉致されたサティの救出のため、そしてその報いを聖国に受けさせるためにここまでやって来た」


 僕はいつもの如く、サティから手渡されたパンツで汗を拭いながら真剣な顔で言葉を続ける。

 ふむ、今日のは紫か。我がメイドながらなかなかいい趣味をしている。


「僕らは仲間に手を出した者を絶対に許さない。報復は当然苛烈なものになるだろう」


「ちょ、ちょっと待ってよ変態! それはお姉様じゃなくてお姉様に成り代わったドッペルの指示で――」

「やめなさいココ。ドッペルが私に成り代わったのは聖国……ひいては私の失態。その罰は当然我々が受けるべきです」


 流石は小国と言えど国のトップに立つだけあり、ララは物事の道理を理解しているらしい。


 こちらからしたら聖王の偽物だとか本物だとかは関係無いのだ。聖国によって事が為されたというのが全て。

 そして僕らのメンツという意味でも、実態より周囲からどう見えるかが重要となる。



 故に、僕らが聖国に報復しないという選択肢は有り得ない。



 ララは床に座り込むと、深々と頭を下げた。いわゆる土下座ってやつだ。


「今回の一件は大変申し訳ございませんでした。そして我々に不満を抱いているにもかかわらず私とココを救出して頂きありがとうございます」


 ララだけに頭は下げさせられないとココも慌ててそれに続く。


「あ、ありがとうございました!」


 女の子に頭を下げさせるのは僕の趣味じゃない。だって頭を下げたらその可愛い顔を僕が見れなくなるから。


 だが今回のこの謝罪は一見僕に向けられているようでサティに向けられている。

 だからこそ、僕はこの謝罪を受け取る事も顔を上げろと言う事もしない。


「サティ、こう言ってるけどどうする?」

「え、私でございますか? 美少女メイド的にはこの方達にこれといった恨みは無いありませんよ?」


 いつも通りの無表情で本心を読み取りにくいが、それでも声色から嘘は言っていないと確信できる。

 ならば、僕もこの謝罪を受け取ろうじゃないか。


「だってさ。良かったね」


 僕達の言葉を受け、少しホッとしたような安堵の表情を浮かべて顔を上げる二人。


「ヴィリアンに頼まれてた上に僕が君達を気に入ったから救出したけど、ここでサティが殺すと言ったら本当に殺すつもりだった。新しい友人が土に還らなくてホッとしたよ」


 そして僕の言葉で再び二人の顔が凍り付く。

 この反応を見るに、まさか今この瞬間が最も死に近づいたひと時だったとは夢にも思っていなかったようだ。


 そんな二人とは対照的に、サティは身体をくねくねさせている。


「もうっ、ご主人様ったら! 私への愛が重いですよ! でもそれが嬉しい!! あぁ、ご主人様の愛が美少女メイドの心に染み渡る。これが主従の絆ってやつですね!」


 ララとココの二人は『それはなんか違うのでは?』みたいな視線をサティに向けるが、命を救ってもらった手前何も言わない。

 無表情のまま謎の踊りを繰り出すサティをただ見守るのみだ。


「さて話を続けよう。ララとココも好きにくつろいで? あぁ、そのドッペルゲンガーの死体がちょっと邪魔か。……ルームサービスで片付けてくれるかな?」

「魔物の死体処理は流石に業務範囲外ではないでしょうか……」




 仕方なしに皆でダブルサイズのベッドに座り込みジュースを飲みながら会話する。

 ドッペルゲンガーは――テキトーに新聞紙を被せて放置だ。


「謝罪は受け取ったけど、このまま僕らが何も報復しないという意味ではない。それは、分かってるよね?」

「それなら私にも分かるわ。そうじゃないと変態の仲間に手を出しても大した事にならないって前例になって、あっちこっちから舐められるんでしょ?」


 ココの言葉に僕は頷いて返す。


「まぁ抑止力としての苛烈な報復はドッペルゲンガーの飼い主に負ってもらうとしてだ。ラトナ聖国にはある条件を呑んでもらう」

「条件……ですか」


 ラトナ聖国のトップである聖王ララは、緊張したように僕の次の言葉を待つ。

 聖国最強のヴィリアンと互角以上の戦いをするアインがこちらにいる以上、この条件とやらを拒否するのは難しいと理解しているのだろう。


 結局戦争になっても、最終的に勝敗を分かつのは強力な個対個の結果のみ。

 方々に戦争を仕掛けているジルユニア帝国が未だ健在なのも、小国でありながら豊富な資源を有するラトナ聖国が平和であるのもこれが理由だ。


 強力な個を有する国家にはどこも戦争を仕掛けたがらないのである。



 故に、こちらが提示する条件は実質命令に近い。



 ある程度頭が働く為政者ならば……聖王であるララならば、その強力な個を失うリスクの大きさをこれでもかと理解しているハズ。


 僕達と敵対するリスクは果てしなく大きく、勝利しても得られるリターンはゼロ。


 つまりラトナ聖国からしたら、自慢の個の力で拮抗している僕らに反抗するという選択肢は絶対に取れないのが現状と言えた。

 この国は既に無条件降伏をしているも同然であり、聖王ララは僕の言葉に頷く他ない。


「条件、それは僕らニナケーゼ一家(ファミリー)の傘下にラトナ聖国が加わる事だ」

「ニナ、ケーゼ一家(ファミリー)……ですか?」

「聞いたことありませんねお姉様」


 ララとココは二人して顔を見合わせ、可愛らしくコテンと首を傾げる。


「いずれ世界でその名を知らぬものがいなくなるほどの組織だ。既にジルユニア帝国の辺境都市ジリマハと学術都市ニノは僕らの支配下にある。君達も知っているように帝国内は今ごたついているから公表はして無いけどね」


 ジリマハは裏社会から、ニノは次期領主と経済を掌握した。

 まだ正式な約束を交わしたわけではないが、この二つの都市は実質僕らの傘下と言っても過言ではないだろう。うん、嘘はついてない。


 敢えて僕らの完全支配下であるかのように言ったのは、一か八か兵力でのゴリ押しの戦いに持ち込もうとするのも無駄だという無言の圧力である。


「ジリマハとニノが!? 領民の総数で言えば聖国の総人口とほぼ同じではありませんか!」

「そ、そんな凄い組織に所属してるアンタは一体何者なのよ変態!」


 何者って言われても返答に困るな。僕は僕だ。

 天才でイケメンでニナに後を託されたリーダーでリセアの運命の男以外の何者でもない。


 すると隣りでクッキーを食べながら状況を見守っていたサティが嬉々として口を開いた。


「説明しましょう! ご主人様は美少女メイドの素敵な主となるためご主人様星からやって来た破壊の使徒。野山にまじりて竹を取りつつ、美少女メイドのパンツを(かぶ)りけり」

「は、破壊の使徒、ですか?」

「美少女メイドのパンツ……?」 


 あぁ、またサティが意味分からんこと言うからララとココが混乱してしまった。せっかく美女と美少女のシリアス顔を楽しんでいたのに。


「そうです。何を隠そうご主人様の好物は美少女メイドのパンツ。パンツをあげれば一時間は大人しくなります。お二人も覚えておいた方が良いですよ?」

「まるで僕がパンツをくれなきゃ大人しくしないみたいな言い方はやめてもらおうか」

「パンツが好物なのは否定しないんですねハルトさん……」

「ったく、これだから変態は……!」


 凄い、これまでにない勢いで僕の好感度が急落していくのを感じる。


 でもパンツに嘘はつけないんだから仕方ないよね。

 パンツは全ての生命の根源であり、全ての存在が帰結するふるさとでもあるのだから――。


 そんな僕の好感度下落の原因を作った当人は、ふと思い出したように言葉を付け加えた。


「あ、ついでにご主人様は少し前に新聞を騒がせた冒険者のスーパールーキー五人組のリーダーでもあります」

「「弱冠十五歳にしてパーティー全員がAランク認定されたあの!?」」


 凄い食いつきよう。もしかしてパンツ云々言わないでサッサとそれ言ってたら僕の評価はストップ高だったのでは?


 くっ、このメイドわざとだな……。その証拠にこちらに向けてさっきからしつこいくらいサムズアップしてきやがる。


「ちなみに先程会ったアイン様も五人の内の一人です」

「な、なんて人達を敵に回してくれたのですかあのドッペルゲンガーは!?」

「ドッペルの飼い主関係なく普通に亡国の危機じゃないの……」


 ララとココが二人して頭を抱えるが、突然他国に仲間が拉致られたんだからこっちの方が頭抱えたいわ!


「話を戻すよ? ただし傘下と言ってもこちらから政治に介入したり金貨、物品を要求する事はしないと誓おう」


 僕達は世界征服したいだけであって国家運営をしたい訳じゃない。ならば、餅は餅屋というように国を動かすのはその専門家達に任せるべきであろう。

 もし悪政を働くようなら僕ら直々に粛清すればそれで世界の平和と安定性は保たれる。


「ではハルトさんは我々に何を望むのですか?」

「一つ、ニナケーゼ一家(ファミリー)の名と幹部である僕ら五人、そして創始者であり永世ボスでもあるニナの名前を全国民に周知する事」

「……そのくらいならなんとかなりそうですねお姉様」


「二つ、一年毎にニナケーゼ一家(ファミリー)の会合を行なう。これに代表者は必ず出席する事。――以上だ」


 一つ目は僕らの夢であり、ニナの夢でもあった野望を果たすため。

 二つ目は支配下に収めた国や都市の代表を見下ろして悦に浸るとか絶対に楽しいからこれも外せない。

 三つ目以降は……ちょっと咄嗟には思い浮かばなかったから後でマリルに相談して考えようと思う。


「それだけ……ですか?」

「うん? これだけだよ?」


 もしや他にもっと付けるべき条件でもあっただろうか。

 例えばそう、聖王のおっぱいを一日中眺め続ける権利とか。


「私はてっきり属国のような厳しい立場に立たされるのだとばかり……」

「うぅ、良かったですお姉様ぁ~!」


 しかし涙を流して抱き合う二人を見るにそれは思い過ごしだったらしい。

 緊張の糸がプツリと切れたようにとめどなく溢れ出る涙は明らかに嬉しさからくるものだ。


 僕はそんな二人を見ながらある事を思い出し、言葉を少しだけ付け加えた。


「それとその、これは断ってくれてもいいちょっとしたお願いなんだけど――――」


 条件があれだけと言った手前、とても言いにくい。その上、それで泣いて喜んでいる彼女らにはもっと言いにくい。 


 だが僕は皆のリーダーとして言わなければならない。


「――色んな本をもっと沢山作って、強い剣士をじゃんじゃん育てて欲しいなーって。あとついでにケーキ屋さんが増えればすごく嬉しい」


 シュカ、君のために実験体をいくつか寄越せとはとても僕の口からは言えなかったよ……。

 アイン、熟女は自分でどうにかしてくれ。代わりに剣士をお願いしといたから。



~~~~~~



「ハァーハッハッハ!! 大量大量! いやー楽しかった!」


 一時間後。そう高笑いを上げながら部屋に入って来たのはアインだった。 

 どうやら定食屋での一戦が心底楽しかったらしく、いつにないハイテンションでスキップまでしている。


 それに少し遅れてヴィリアンとローズも続く。

 こちらは心底疲れたという気持ちが表情にありありと浮かんでおり、どんよりとした雰囲気を醸し出していた。


「全っ然楽しくないですわよッ! 次から次へと増援が来るわ、中にはAランク冒険者クラスも紛れているわで近年稀にみる酷い戦場でしたわ!」

「おまけにアイン様ったら、情報を吐かせるために一人でいいから生け捕りにしてと言っても問答無用で皆殺しにするし、終いにはあたしとヴィリアン様にも襲い掛かって来るしで地獄だった……」


 そう言えば、アインは昔から僕達幼馴染の言葉以外全て聞き流している節があったね。

 僕らがいない状況で仲間との連携など端から無理な話だったか。 


「ハハ、まぁ怪我も無さそうだし良かったじゃないか」

「良くありませんわよ! まさか死人が出るまでこの男を野放しにし続けるつもりですの!?」

(あるじ)、アイン様を自由にさせたら駄目だ。せめて聖国を出るまでは主が付きっきりで面倒を見てくれ」


 二人のアインに対する扱いが完全に凶暴な獣かなにかで笑う。

 アインにもちゃんと理性くらいあるよ?


 ご飯は死ぬほど食べるし、悪人は殺すし、熟女には見境が無いけど……けど……けど、ヤバい理性が働いているアインの姿が親友の僕にすら思い浮かばない。


 あれ、もしかしてアインって凶悪な怪獣と行動原理が一緒?


「ふぅ、そっちの組に配属されなくて良かったぁ……。危うく美少女メイドの貴重な寿命が縮む所でした」


 一緒にいるだけで寿命が縮む存在とか悪魔かなにかかな?


 ま、まぁせっかくメンバーが揃ったんだ。アイン達は返り血で血塗れだが時間も無い事だしこのまま話を聞いてもらう事にしよう。   


「さて、皆聞いてくれ。僕達には現在共通の敵がいる。ある程度頭の働く小賢(こざか)しい敵だ。でもここにいる全員で力を合わせて報復したら効率的だと思わない?」

「それはそうですね。ハルトさん達に協力していただけるなら、私もとても心強いです」


 僕の言葉に真っ先にララが頷いて返す。


「ですがお姉様。この変態達の手を借りたら国の面目とか威信が――」

「そのようなもの、聖国の平和のためならば些事に過ぎません。私は聖王として、帝国と戦争になる未来を全力で避ける義務があります」


「流石はお姉様です。出過ぎた意見申し訳ございませんでした」

「いえ、良いのです。ココが私の為を思って言ってくれているのは理解しています。ヴィリアン、貴方も構いませんね?」

「聖騎士長として、わたくしはララ様の決めた事に従うまでですわ」


 どうやらララたちの意見が纏まったらしい。


 天然っぽいララも、聖王としていざという時は頼れる存在になるんだなぁと心の中で感心していると、皆が僕に注目している事に気付く。


 言い出しっぺは僕なので何か言えという事だろう。


 僕はいつも通りのイケメンスマイルを作りベッドの上に立ち上がる。


 そして口を開いた。



「僕に一つ名案がある――ッ!」 

ハルトが追加で頼んだ本やケーキ屋さんといったお願いは、四話で幼馴染達が言っていた願望です。


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