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64話 秘密の部屋

 冷たい石造りの階段を降りていくと、広い部屋に出た。

 床一面に敷き詰められたふかふかの絨毯に、壁にはアンティークの時計と高そうな絵画。天井にはシャンデリア型の魔道具がぶら下がっている。


 上にある庶民的な定食屋とは似ても似つかぬ高級志向のこの部屋は、一体何のためにあるのだろうか。


 ……店長の趣味? だとしたらなかなかいいセンスをしている。


 隠し部屋というのは男の夢だ。

 普通ならば見付けられない隠し階段、隠し通路。そしてその先にある自分だけの秘密の部屋。


 目的も実用性も無く、ただ自分やその仲間だけが知っている部屋というだけで、男という生き物はロマンを感じずにはいられない。


 この部屋を見ても、壁紙や家具を黒で統一している所に店長の熱いこだわりを感じる。

 惜しむらくは、隠し階段をトイレの中に作っている事か。いくら秘密だからって、トイレは流石にないだろう。


 そんなことを考えながらキョロキョロと部屋を眺めていると、部屋の隅で佇んでいたスーツ姿の男がこちらへ駆け寄って来た。


「ようこそおいでくださいました、お客様。ささ、どうぞこちらのイスにお座りください」


 男から敵意などは感じない。ただこちらをもてなそうと、頭を下げて飲み物やらお菓子やらを献上してくる。


「上で料理を注文しているから要らないよ。それよりも早く用を足してしまいたいんだけど……どこかな?」


 僕はこの部屋に何をしに来たのか。それはトイレである。


 上のトイレは未だ清掃中で使用不可。しかしお互いの好きな焼き鳥を教え合い仲良くなった清掃員は僕に第二案を提示してくれた。

 それがこの地下の隠し部屋にあるトイレを使用するという策。


 あまり多くの言葉を交わしたわけじゃないが、僕にはマブダチの想いが充分に伝わっていた。彼の目は確かにこう言っていたのだ。



 ――トイレはこの先だ。スッキリしてこいアミーゴ――



 出されたお菓子やドリンクを味わうのよりも先に、僕はまずこの尿意をなんとかしたい。それこそが僕と清掃員の友情の証だし、ここに送り出してくれた清掃員に報いる事に繋がる。

 だから早く……早くトイレの場所を教えておくれ。


「かしこまりました。カタログはご覧になられましたか? 何番にいたしましょう?」

「カタログ? ……あぁ読んだ読んだ。五番なんて良いね。僕の好みだ」


 トイレのカタログってなに!? トイレ指名制なの!?


 男の言葉に僕の内心はパニックだったが、ポーカーフェイスでいつも通り知ったかぶりをして状況を乗り過ごす。

 一体この地下空間にはどれだけ多くのトイレが置いてあるというのか。部屋数も多そうだし、ここでトイレパーティーを開催したりするのかな?


「なるほど五番ですか。流石はお客様、お目が高い。五番は入荷したばかりの新品でまだ手付かずですよ?」

「ふふ、それは嬉しいな」


 入荷したばかりのトイレ!? まだ手付かず!?


 どうやらこの店は上にある定食屋の副業としてトイレ販売もしているらしい。

 あまりにも毛色の異なる業種過ぎて店長の正気を疑ってしまうが、そうでなきゃトイレを入荷なんてセリフは早々出て来ないハズだ。


 恐らく客の少ない定食屋の赤字を、トイレを売る事で補填しているのだろう。

 なるほど、この秘密の地下空間は法の目をくぐり抜けてトイレを販売するための場所だったのか。


 ……あれ? トイレの売買って違法だったっけ?


「ちなみに普通のは無いのかな?」

「普通……でございますか」


 清潔なトイレが好ましいというのは万国共通の認識と言える。しかし、いきなり正真正銘の新品で用を足せと言われても緊張して出るものも出ないのだ。


 僕は綺麗かつ初物じゃない普通のトイレで用を足したい。


 そんなある種わがままな僕の言葉を受けて、暫く考え込んだ男は良いアイディアを思い付いたらしく笑顔で言った。


「でしたら十一番がちょうど良いですね。こちらも初物ですが五番に比べグレードは落ちますし、普通っぽいかと。それではあちらのお部屋に進みください。五番と十一番を用意させておきます」



 え、トイレは一つで充分なんだけど……?



~~~~~~



 指示された部屋に移動すると、そこは不思議な空間だった。

 部屋の中央にあるキングサイズのベッドはまぁ良いとして、何故か仕切りも無しに設置されている風呂とシャワー。全身を移す程の巨大な鏡は、これまで見た事のないサイズだ。


 しかし見渡す限り、お目当てのトイレはどこにも見当たらない。

 用意させると言っていたし、もしかしたら最新型の移動式トイレなのかも。


 その代わりにベッドの上にあった……いや居たのは、二人の女性だった。


「来たわねこの変態! アンタに姉様の純潔を渡したりはしない!」


 そう口を開くのは小柄な短髪の女性。

 もう一人の女性を敵から守るように抱きながら、こちらへキッと鋭い視線をぶつけてくる。


「諦めなさいココ。聖国と聖国民のためならば、私はこの身を捧げる事も厭いません」

「うぅ、流石はお姉様……! こんな顔だけの変態の手に落ちてもその心は美しく高潔なままというい事ですね。一生付いてきます!」


 こちらに対する敵意を隠そうともしないココと呼ばれた女性がお姉様と敬う女性。

 その姿は……まさに聖王と瓜二つであった。


 高い身長も、整った柔らかな顔も、大きな胸も……。

 他人の空似というには、あまりにも似通り過ぎている。


「そもそも、奴らの言う事に従っていれば聖国民に手を出さないなんて信じられるのですかお姉様?」

「……従わなければ私の姿をしたドッペルゲンガーが民を虐殺します。ならば、少しでも民が救われる可能性のある道を進むしかありません」


 ドッペルゲンガー。


 確かヴィリアンが言ってたっけ。

 聖王に成り代わった魔物が、その地位を使って無茶苦茶しているって。


 ……おや? もしその話が本当なら目の前にいる美人お姉さんこそが本物の聖王なのでは?


 僕は魔物が人間に成り代わるなんて眉唾な話を信じていなかったけど、こうして聖王と瓜二つな存在を目の当たりにすると信憑性は上がる。


 これが……我が神の真の姿?


「くっ、だとしてもやはり納得がいきません! こんなお姉様の聖なるお胸をガン見して黙っているような変態が相手だなんて……!」

「ココ、落ち着くのです。私もよく知りませんが、男性はそういうものだと聞いています。これから抱く私達を値踏みしているのでしょう」

「んなっ……!? と、ととととんでもないド変態ではありませんか! このドスケベ野郎! いい加減口を開いたらどうなの!? 目の前に私達がいるのよ! 話し掛けても良いのよ!!」


 神が目の前に降臨して、目を奪われない人間などいるだろうか。……いや、いない。

 おまけに二人はスタイルがモロに出るような薄手の服しか纏っておらず、無防備な恰好をしている。


 これで胸を見るなとか拷問かなにかか?


 しかしココの言うように目の前に神がいて、ただ黙っているのは非常に失礼だ。

 そう思った僕はそのたわわに実った二柱の神(おっぱい)を眺めながら二人に話し掛けた。


「えっと……五番っていうのは?」

「あ、それ私です」

「…………じゃあ十一番は?」

「私よ! お姉様と同じ空間で息を据える事、光栄に思いなさい変態」


 えぇ、五番と十一番ってトイレじゃなくて人間の事だったのかよ……。

 じゃあトイレは一体どこに……?


 仕方が無いので僕は気持ちを切り替えて、会話を続ける。


「コホン。やぁ、ようやく会えたね。Gカップで処女、パンツは黒の聖王ララ」

「な、何故それを……!?」

「そんなトップシークレット、お姉様本人と私達姉妹団の幹部しか知らない筈! どこで知ったのよ、この変態!」


 会話のきっかけになれば良いと思って、ドッペルゲンガーの言っていた事をそのまま言ってみたが、まさかその通りだったとは。


 もしかしてあの偽聖王は本人と知識も共有していたのだろうか。

 ますますドッペルゲンガーとしての能力を大幅に逸脱している。


「その程度、僕に掛かれば一目(ひとめ)さ」

「す、凄い……!」

「感心している場合ではありませんよお姉様! 見ただけで乙女の秘密を探り当てるコイツは全女性の敵です!!」


 さて、話を聞くにどうやらこの二人は敵の手に落ちてここで幽閉されているらしい。そしてここでの初仕事の相手が偶然にも僕と。


 定食屋に入って、トイレで席を立っただけなのに何故こうなった?


 薄手の美女二人を相手に向かい合っているシチュエーションに遭遇する心当たりはまるで無かったし、依然としてトイレに辿り着けない現状には膀胱が破裂しそうだ。


 聖騎士長であるヴィリアンが必死になって目の前にいる聖王を探しているのは知っている。そしてこの二人が脅されてここに閉じ込められているのもなんとなく理解した。


 だからこの二人を救い出すことに躊躇いは一切ない。しかし、問題はそのタイミングだ。



 …………これ救い出す前に色々楽しんじゃっても罰は当たらないのでは?



 二人の事はちゃんと救い出す。救い出すからその前に、僕に天国を見せてくれ!


「そして隣りにいる君は…………ココだね」

「うわぁ、当たってます……!」

「いや、さっきお姉様が私を名前で呼んだから知ってて当然ですよ」


「バストは……Aカップ」

「凄いピッタリ!」

「ムキャーッ! 失礼な! 今はギリBありますから! 昔の私とは違うんですよお姉様!!」


「パンツの色は……焦げ茶色?」

「なんで疑問形!? てかそんなババ臭いの履いてない!!」

「そうですよね。ココは未だにクマさんパンツを――」

「お姉様、失礼ながら黙っててください!」


「へーなるほど、よーく分かったよ。じゃあ今日はありがとうココ。楽しかったよ」

「あ、はいありがとうございました~! それではまた!」


 ベッドから降りて、こちらに手を振りながら部屋を出るココ。僕とララもそれに倣い笑顔で手を振り返す。


 そして扉がパタリと閉まり十秒ほど経つと、ドタドタと騒がしく走って来る音が聞こえ、扉がバンッと勢いよく開かれた。


「――……って! なぁにが『ありがとうございました~!』よ! 騙したわねこの変態! あとお姉様もなに平然と私を見送ってるんですか! 今の私はお姉様の護衛も兼ねてるんですからね!!」

「はっ!? あまりにも自然過ぎて違和感がありませんでした」


 惜しい。もうちょっとでララと二人きりになれたのに。


 ていうかこの二人案外騙されやすい性格してるな。

 いや、騙されやすいからこそ、今のこの状況に陥っているのか。


「これはヴィリアンも苦労するわけだ……」


 そんな思わず口から零れ落ちた僕の言葉に二人が反応する。


「ヴィリアン!? ヴィリアンに会ったのですか!? 彼女は今どこに? 無事なんですよね?」

「変態! あなたヴィリアン様と知り合いなの!? という事は、もしやお姉様を救いにここまで……?」


 マズイ、まだここで明かすべき情報じゃなかった。

 これから三人で人生初のお楽しみをするというのに、そんな話を耳にしたら集中出来なくなるのは目に見えている。なんとか話題を他に逸らさなければ。


「いや、今はそんな事よりもまず服を脱ごう。話はそれからだ」

「なんでよ!? ヴィリアンお姉様の話とそれは関係ないでしょ!? このただ裸が見たいだけのド変態が!」 

「関係があるかないか。それを決めるのは君じゃないよ、ココ」


 無論、関係は一切無い。ココの言う通り二人の裸が見たいだけである。


「私じゃなかったらアンタでも無いわよ! お姉様、こんな奴の相手は私がしておきますから、どうか今の内にお休みになって下さ――」

「分かりました。脱ぎます」

「お姉様!?」


 ララは覚悟を決めたような顔をして上着に手を掛けてそれを脱ぐ。そしてその巨大な胸を覆うブラジャーが露わになると、次はスカートに手を掛けてこちらもパパっと脱いだ。


 上下黒で統一された下着は、普段の清楚なララからは想像も付かないアンバランスさを醸し出す。そしてそれがまたギャップ効果とも言える新たなるエロを生み出していた。


「くっ、お姉様が脱ぐのなら私も脱ぎます!」


 ララに続いてココも恥ずかしげもなく早脱ぎ。

 こちらも事前の情報通り上下白のシンプルな下着で、下はデフォルメされたクマがデカデカと刺繍されている。


 見ているだけでこちらの顔が赤くなってしまうようなそんな二人の様相だが、その大切なものを守るために自らを犠牲にしようと決意した表情が僕を思いっきり萎えさせた。


「はぁ~、分かった。君達の覚悟は伝わったよ。ここから脱出しようか。上でヴィリアンも待っている」

「え? ですがまだお仕事はこれから……」

「そうよ変態! アンタがやる事やらなきゃ情報を渡さないって言うからこんな恥ずかしい思いをしてるのに……」


 僕はそんな二人にベッドのシーツを掛けて背を向ける。


「あぁ、それ嘘だよ。僕はこの無茶苦茶になった国を立て直す覚悟が君達にあるか知りたかっただけだ。そうでなくちゃ助けても悲惨な運命を辿るだけだからね」

「はぁー!? ふっざけんなこの変態! 下着見られ損じゃない! お金払いなさいよ!!」


 恥ずかしいなんて欠片も思っていなかっただろうによく言う。

 羞恥よりも彼女達にあったのは、国と民を救う手段としてたった一本垂れて来た僕という糸を死んでも離さないという鋼鉄の意思だけ。


 国の為に自分の感情を殺し、民の為に自身の身体を差し出したのだ。


 そんな彼女達に無理を通すのは僕の正義が許さなかった。


「クマさんパンツでお金を取るのは難しいと思うよ?」

「うっさい! 良いじゃないクマさん。好きなのよ。そうじゃなくて、お姉様の下着姿! これはお金を払う価値があったでしょ?」

「それは確かに!」

「でしょ?」


「胸も凄かったけど、おへそも良かったよ。肉付きが良いのにくびれもちゃんとあるし、まさに完璧な身体って奴?」

「変態の癖に分かってるじゃない! そうなのよ、お姉様ったらおっぱいもおへそもお尻も首筋もどこを取っても最高で――」


 背中越しにララの肉体を語り合う僕とココは、いつの間にか戦友のように仲良くなっていた。

 なるほど、どうやらこのココも水神などよりも聖王ララの肉体を信仰している同志らしい。


 そして僕達の話を聞かないよう手で耳を塞ぎながらベッドの上でゴロゴロと身悶えるララ。


「やーめーてーくーだーさーいー!」


 うん、可愛い。


 僕は芯が一本通った人間が大好きだ。

 だからこそ、この二人とヴィリアンになら少しくらい手を貸すのも(やぶさ)かではない。


 無論ラトナ聖国征服は実行する。それは絶対だ。

 ただその手段が、当初の予定よりもほんの少し温和になるというだけの話である。


「さて、国を取り返す準備は出来たかな?」

「はい」

「ええ」


 脱いだ服を再び着た二人は覚悟完了といった表情で頷く。


「志半ばで死ぬかもしれない。それでも、構わないかい?」

「その覚悟ならとうに出来ています」

「お姉様に同じく」


 僕がイスから立ち上がると、二人もそれに続いてベッドから腰を浮かした。


「よし、じゃあまずは――――」


 準備万端、作戦開始……と、いきたい所だが、その前にまずしなければいけない事がある。


「「まずは――?」」


 ララとココが緊張したように生唾を呑む。


 それを見て、少しいたずらごころが芽生えた僕は、溜めて溜めて溜めた末にようやく口を開いた。



「――トイレ休憩だ」



 ララとココは二人仲良くずっこけた。

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