63話 秘密の符号
本物の聖王はまだどこかで生きている。
聖騎士長――ヴィリアンはそう言うが、果たして本当にそうだろうか。
当初はおっぱい神の復活と聞き、テンション爆上げで謎な踊りを披露していた僕も次第に冷静になってきた。
まずそもそもの前提条件である、僕が聖王を偽物と見破り殺したという話。
これが信用ならない……というか完全に虚偽情報だった。
僕は聖王が偽物だから殺したのではなく、明確な敵だから殺したのだ。
それにあの人間特有の柔らかで張りのある究極の肉体美や表情の変化、息遣いは何度思い返しても魔物のものとは思えなかった。
確かに魔物の生態は未だ謎に包まれている部分が多い。ドッペルゲンガーという魔物の能力がおとぎ話や伝説上のものと一致しているなら聖王偽物説の可能性も僅かに浮上するだろう。
しかしドッペルゲンガーの能力は、所詮相手の猿真似をするだけに過ぎない。あの聖王のように流暢な会話、理性的な態度を取るような知性は持ち合わせていないのだ。
サティとローズは【混沌の牙】によるなんらかの実験の成果だろうと口にしていたが、僕の推測は違う。
僕が殺したあの聖王。アレこそがまさに本物の聖王だったのである。
だからこうして聖国内を聖王を探し求めて彷徨っている現状に意味なんてまるで無いし、ヴィリアンが話す聖王の幼少期エピソードなんてもっとどうでもいい。
殺した決断が間違っているとは思わないから、何度あの場面に戻っても僕は聖王を殺す決断をするだろう。
しかし、それをこの自称聖王の親友ヴィリアンに、『実はあなたの親友死んじゃってますよ。僕の手で』と正直に打ち明けるのは気まずすぎる。
なんとかヴィリアンの関心を聖王捜索から他に移さなければ……。
「聖王の居場所はさておき、お腹空いたね。ご飯でも食べに行こうよ」
「さておかないでくださる!? 救出は一分一秒を争うのですよ!」
「聖王の事だ。今頃のびのびと自由にやってるさ。もしかしたら重責から解放されてダンスでも踊ってるかもね」
「なんですの、その聖王様の事ならなんでもお見通しみたいなセリフは!? 偽物とちょっと会話しただけの関係性でしょう!?」
人というのは無意識の内に、自分というキャラクターを演じている。
家族向けの自分、友人向けの自分、恋人向けの自分。
偽物なんか一つもなく、それぞれが本物の自分なのだ。
だからヴィリアンには重責から解放されて喜びのダンスを踊る聖王の姿が想像できなくとも、僕には美しい舞いを披露しポヨンポヨンと弾みまくる我が神の姿が容易に思い浮かぶ。
「一歩離れた位置から俯瞰して見ると、思いがけない発見があるものだよ」
「その深そうで深くない、浅瀬をちゃぽちゃぽしている言葉遊びはやめてくださる!? 単に人柄すら知らないからテキトー言ってるだけでしょう!?」
その通り。一歩離れた位置というと聞こえは良いが、実際はただの部外者兼他人である。
だからこそ、部外者の僕達に聖王探しを手伝わせるのをやめて欲しい。
僕は早く聖国征服に乗り出して、サティに手を出した報いを受けさせたいのだ。
そしてちょっと休みを取ってジリマハの娼館とカジノを見に行きたい。
「ご安心くださいヴィリアン様。ご主人様は普段はテキトーですが、その頭脳は本物です。恐らく既に聖王の居場所に当たりは付けているかと」
あぁ、うん。確かに当たりは付けている。多分……天国だ。
人は皆死んだらあの世へ行く。現世でどんなにお金を持っていても偉い地位に就いていても例外はない。
サティを攫って殺そうとしたのだから普通は地獄行きだと思うが、聖王は素敵なボディーの持ち主だ。あれでは天国行きか地獄行きかを決める閻魔大王様も簡単に絆されて天国行きを即決してしまうだろう。
いやむしろ自分の秘書として傍に置きたくなるに違いない。
くっ、閻魔大王卑怯だぞ! 巨乳美人お姉さんは僕のなのに!
「ったく、こういう時はハルトに全部任せとけばなんとかなんだよ。俺らはハルトが壊せって言ったものを壊し、殺せと言ったものを殺す。それだけでいいんだ」
「イマイチ信用なりませんわね。ですが猫の手も借りたい状況です。そこまで言うのなら案内を頼みますわ」
これまで散々探し回っても何一つ手掛かりを得られなかったらしいヴィリアンは、渋々ではあるがサティとアインの言葉を受け入れ僕に先頭を譲る。
するとアイン達も他の通行人の邪魔にならないよう僕の背後に一直線に並ぶ。が、なかなか出発しない僕に訝し気な顔を向けて来た。
「早く行こう主。明日処刑される予定のサティがいるからあまり人目に付く場所に長居しない方が良い」
「そうですわね。わたくしも騒ぎにならないよう変装していますので、見付かったら面倒な事になります。さ、早く行きますわよララ様の元に!」
「美少女メイドの美貌に惹かれた汚い大人達に私が攫われてしまう前に案内をお願いしますご主人様」
「ハルト。俺は知ってるぞ。この先ヤバい敵が居るんだろ? だが任せとけ。片腕でも全員皆殺しにしてやる」
そんな妙にやる気満々な面々を見て僕は渋面を作る。
「いや案内って……君達死にたいの?」
行き先が天国だろうと地獄だろうと閻魔大王の元だろうと、死ななければ行けないというのがこの世の常識だ。それをちょっと近所の駄菓子屋に連れてってみたいな気軽なノリで道案内を頼まれても対応に困る。
「ふん、安い挑発ですわね。Sランク冒険者であるわたくしがそう簡単に怖気づくとでも?」
「やっぱ強い奴がいんのか! うおおおお! 強敵を殺して俺は更に強くなるぞおおお!!」
あぁ、そう言えばヴィリアン達は聖王がまだ生きていると信じ切っているんだっけ。
仕方ない、テキトーな場所に案内してテキトーに敵を与えるとしよう。そうすれば彼女らもいずれ聖王は死んだと悟ってくれるはずだ。
「よし君達の覚悟は受け取った。付いて来てくれ」
そうして僕は土地勘も無いまま行き先も決めず歩き始めた。
~~~~~~
まず僕達がやって来たのはなんの変哲もない定食屋さんだ。
海鮮丼や刺身といった魚料理がメインのこのお店は、外にまで酢飯や醤油の香ばしい匂いを漂わせ、僕の食欲を刺激した。
店内に入ると、まばらにいるお客さんは皆美味しそうにガツガツと箸を進めており、壁には有名人のサインと思わしき額縁も多く飾られている。
これを見れば否応なく料理に対する期待値が上昇するというもの。
ラトナ聖国は海に面していないので、提供されている料理のほとんどは淡水魚だろう。
アユ、イワナ、ヤマメ、ウナギ、サケ、ニジマス……。
この辺りではどんな魚が取れるのか知らないが、聖水とも呼ばれる最高の水質で育った魚が不味いハズがない。
それにせっかく聖国まで来たのだから、地元の料理というものを食べてみたかったというのが正直な所だ。
僕達は確かに報復のためにここまでやって来た。でもだからと言って楽しい思い出を作っちゃいけないなんてルールは存在しない。
ここで美味しいものを食べて、その活力を聖国征服へ活かす。そしてシュリ達に素敵な旅の思い出を語ってあげるのだ。
すると、テーブル席に座りメニュー表を皆で眺めていたらヴィリアンがこちらにジト目を向けて来た。
「ハルトさん、ここは食事をするお店ですわよ?」
「知ってるよ。実は数カ所ある怪しいポイントの一つがここでね。美味しいご飯でも食べながらじっくりと調査しようじゃないか」
「ただお腹が空いただけですわよね!? 別にそんな取って付けたような理由がなくても、食事くらい認めますわよ!」
「ご主人様。私突然誘拐されたのでお金を持っていなくて……」
「安心してくれ。全部奢りだ……ヴィリアンの」
「それは構いませんけど一言くらい相談してくださいます!? わたくしも高給取りという訳では無いのですよ!?」
聖騎士長で高給取りじゃないって夢がない国だなぁ。
帝国の貴族なんか碌に働きもせず名誉職について、顧問料という名のお小遣いを大量に稼いでるよ?
「へへ、太っ腹じゃねぇか。じゃあ俺はこの店で一番高いメニューを十人前頼むぜ」
「ふむ、奢りならばあたしもそれにしよう」
「私は美少女メイドにして慎み深い淑女でもあるので、五人前でお願いいたします」
五人前をペロリと平らげる淑女がいて堪るか。
それはもはや淑女ではなくフードファイターである。
「やれやれ。皆育ち盛りなのかな? 僕は三人前で良いよ。その代わり食後のデザートと飲み物をいっぱい頼むからよろしくね?」
「誰か! この者共に気遣いという概念を教えて差し上げてくださいまし! このままではララ様を見つけ出す前に破産してしまいますわ!」
さて、注文もしたし食事が出てくる前にトイレでも済ましておこう。
僕はアイン達に一言断って席を立つと、何故か偉そうに仁王立ちして店内を眺めている店員に訊ねる。
「ごめん、トイレはどこかな?」
「トイレ? それならそこの奥を行って右だ。清掃中だから気を付けてくれ」
「分かった。ありがとう」
男女兼用らしいトイレの扉の前に立つと、なるほど確かに清掃中の札が立て掛けられている。
僕はコンコンとノックをして中の様子を伺う。すると、すぐに中から反応が返って来た。
「川」
かわ……皮? いきなり何の話?
好きな焼き鳥をテーマに談笑するには、自己紹介すらしていない僕達の心の距離は遠すぎると思うんだけど……。てかトイレの扉が僕達の間に立ちはだかっているせいで、物理的な距離も遠いんだけど……。
だがせっかく相手が心の扉を開いて、好きな焼き鳥をカミングアウトしてくれたのだ。僕もそれに応えないわけにはいかない。
「もも」
僕から返答が来たことに少しだけ驚いたようだが、扉の向こうの清掃員は続けて言う。
「キジ」
キジ!? 確かにキジの焼き鳥もあるにはあるだろうが、相当レアじゃないそれ?
生憎と僕はキジを焼き鳥にして食べた事が無かった。ていうか飛んでいる鳥を見てもどれがキジか見分けが付かない。
恐らく、今回は『俺はこんな希少な焼き鳥も食べた事があるんだぞ』という自慢も入った一言なのだろう。少し自慢げな清掃員の心情がキジという単語から伝わって来た。
ふむ、ならばこちらも相手が食べた事が無さそうなものをチョイスしないと。
「……サル」
「!?」
焼き鳥とは少し違うが、僕達はジリマハでキングモンキーというサルの魔物を使ったBBQをした経験が有る。
結構強い部類の魔物だったらしいし、なによりも美味しかった。冒険者でもない一般人では、これを超える希少な肉はそうそう味わえないだろう。
しかしそんな僕の予想を、扉の向こうにいる清掃員は軽く超えて来る。
「イヌ」
!? いや、それはダメだろ!?
希少だとか美味だとかそういう話ではなく、愛玩動物を食べるという行為そのものが重大な禁忌に触れているような気がする。
無論、僕が言ったサルみたいに、イヌっぽい魔物の肉という線も考えられるが、イヌっぽい魔物で美味しい奴なんていたかな?
「それ以上はもう無いよ……」
考えても考えてもイヌを超えるインパクトのある食材が思い浮かばなかった僕は、仕方なく負けを認めて降参する。
すると、トイレのドアが物凄い勢いで開けられ清掃員が僕の手を掴んでトイレの中に引っ張り込んだ。そしてすぐさま施錠。
「ようこそお越しくださいました特別なお客様。さ、こちらへどうぞ」
店の制服を着たマスク姿の男は、恭しくこちらに頭を下げたかと思えば個室の一番奥にある用具入れの部屋に僕を案内する。
……このモップやらほうきやらがある所でどうやって放尿しろと?
――正気かこいつ――
そんな僕の冷たい視線が清掃員を襲う。
だが清掃員はまるで気にした様子もなく、用具入れの中にあった物を片っ端から取り出した。そしてがらんとした個室の床を足でトントントンとリズム良く七回叩く。
すると信じられない事に、タイル状の床が階段へと変わり地下へ続く道が現れたではないか。
清掃員はその衝撃の光景にもなんら驚く事なく、先程と同様恭しく頭を下げる。
「それではいってらっしゃいませ」
「……いってきます」
いや、僕おしっこしたかっただけなんだけど!?




