8.人の名前を覚えましょう。
その後冒険者たちはそれぞれに獲物を携えてギルドを出て行ったり受付に名乗り出たり。
ギルド職員の人も状況把握に向かう人や住民の避難誘導をしに行く人がさっさと動き始めた。
僕はすっかり置いてけぼりだけど、さすがはダンジョン近くで栄えた街だけあって迅速に動くためのマニュアルみたいなものがあるようだった。
そうして、僕はどうすれば? って立ってたんだけど、そこにゴウショウさんとホサさんが走り込んできた。
「ヒルネ!」
「ゴウショウさん、ホサさん」
受付の手前に居た僕をすぐ見つけた彼らは僕のところまで来るとスタンピードの事を聞いたらしかった。
「ヒルネ。どうする」
「うーん、わかんなくて。ギルドの人に僕の役割を聞いてみます。スタンピードって魔物の大発生ですよね?」
「ああ。この街じゃ珍しい事じゃないが、危険なことには変わりねえ。それに今回は運悪く二か所のダンジョンが同時に決壊したらしい」
どうやら魔物が二か所のダンジョンから沸き出したらしく、それが南門方面で氾濫している状況らしい。
そういえば、冒険者登録する時にそれらしい説明をされたような……?
ともかく自分の役割が分からない僕は忙しそうなギルド職員さんのうち、腕を組んで仁王立ちして暇そうだったマッチョなオジサン職員のところに聞きに行った。
「あの、僕何すればいいです?」
「む、なんじゃチビスケ。っと、そのバッジはお主も冒険者かの。お主ほど幼い者は避難してもいいんじゃが、ふむ、何が出来る?」
一瞬怪訝そうに眉をしかめたマッチョオジサンは僕の胸元のギルドバッジを見ると僕が冒険者だと分かったみたいで聞いてくる。
「ツボで魔物を吸えます」
「……ハ?」
「ツボで、魔物を、吸えます」
聞き返され、聞こえなかったのかなと口元を両手で挟んでハキハキ同じ言葉を言うと「聞こえとるわ!」と逆ギレされた。
だって見た目はマッチョオジサンだけど喋り方がお爺ちゃんぽいから耳が遠いのかと思ったんだもん。
「魔物を吸う魔道具を持っとるということかの?」
「はぁ、まあ、そんな感じ?」
「どのランクの魔物を倒す……吸った事があるんじゃ」
「こないだ"クマ"ダンジョンのボスを倒しました」
「なっ!?」
「これが証明書です。魔原石も出ました」
ダンジョンはボスの姿を動物に例えて呼称されている。
僕がこないだボスを倒したダンジョンは"クマ"ダンジョンだ。
出張所でもらったランクアップのためのボス討伐証明を見せればマッチョオジサンは唸るような動物的な声を喉奥で鳴らし、それからギラリと目を鋭くした。
「────容量は?」
「たぶん、無制限?」
「っ! よし! お前も前線に出るんじゃ! ワシが付く!」
「ギルド長ォ!?」
マッチョオジサンがヤンキーのようにしゃがんで俺の両肩を掴む。
宣言した途端慌ただしく動き回っていたギルド職員さんの一人が悲鳴のような声を上げた。
ギルド職員さんが駆け寄ってくる。
「ちょっ、あんたが出てどうすんです! ここの指揮は!?」
「もう高ランク共への指示も済んでおるし後は副ギルド長がおれば十分じゃろうが。こんな駒を遊ばせておるようじゃ防げるもんも防げんじゃろ」
追いすがるギルド職員さんを無視して僕をひょいと肩に担ぎ上げたマッチョオジサン(たぶんギルド長)は、姿も見えない副ギルド長に向けてか「あとは任せたぞい!」と大声を張り上げ言うとギルドから出たのだった。
建物から出る直前、ギルドの奥の奥の方からかすかに「はあ!? あのクソジジイ!」と叫ぶような声が聞こえた気がしたけどマッチョオジサンは振り返らなかった。
+ + +
スタンピードから、一夜明けた。
日差しも温かくて気温もちょうどよく、気持ちのいい快晴だ。
昨日の騒ぎの余韻も特に感じられず、今日、僕は再び冒険者ギルドへ顔を出すため街を歩いていた。
今日はゴウショウさんとホサさんも一緒に来てくれている。
昨日出来なかったランクアップの申請を改めてするのもそうだけど、マッチョオジサン(やっぱりギルド長だった)に呼び付けられたのでギルドに行くと言うと、二人は心配だからと商売を休んでまで付き添ってくれた。
僕がちびっ子だからっていうのもあるけど、昨日はツボをギルド長やたくさんの冒険者の前で使って見せたからその影響が心配なんだって。
いい人たちと知り合えて良かった。
異世界に一人で来て知らない人ばかりだったけど、なんだかんだと出会う人みんなが優しかったように思う。
僕は両親もいなくて孤独な身の上だったけど、幼馴染とその家族がいて、異世界に来ても親切な人たちに囲まれて、僕って幸せだなって改めて思った。
「無表情で空見上げて何してんだ? 置いてくぞ?」
「ヒルネ。起きて」
「……起きてるもん」
僕が情緒たっぷりに感動に浸っているというのに、周囲にはそれは伝わらないらしかった。
いいけど、別に。
冒険者ギルドにたどり着き、昨日からドアが壊れたままの入り口を潜るようにして入ると、音が聞こえるほどに建物内が『ざわっ』としたのを感じた。
「え? なに?」
少しして今度こそあちらこちらで何か声が交わされ始めるものの、その全てがこちらを意識して潜められている感じだ。
ゴウショウさんとホサさんを見ると二人はやれやれとでも言いたげで、この状況が分かっていたような態度だった。
よく分からない僕が入り口で立ち止まっていると、ギルド二階からノッシノッシ階段を降りてくるマッチョが居た。
「よく来たな!」
「マッチョさん……」
「ギルド長じゃ! でなければプロテインと名前で呼ばんか!」
「プロテイン!」
「呼び捨てとはどういう領分じゃいっ」
予想の斜め上のマッチョオジサンの本名に思わず復唱した僕に、プロテインマッチョオジサンはぷりぷり怒ったポーズをする。
ダンジョンの街の冒険者ギルドをまとめる人なんだからきっと相当偉い人だと思うんだけど、昨日もすぐ僕を登用してくれたし気安く接してくれるし、この人もいい人だなあ。
僕がそんなことを思っていると、プロテインマッチョオジサンはギルド内を見渡し髭の無い顎を擦るようにしながら面白そうに言った。
「おうおう、噂されとるの」
「噂?」
「当然じゃろい。こんなチビスケがあの大立ち回りじゃぞ」
面白がる言葉に、ゴウショウさんとホサさんは頷いているようだ。
プロテインマッチョオジサンがそばにいるからかギルド内の冒険者たちにあったよそよそしい雰囲気が薄まった気がする。
それどころか「ホントにお前がアレやったのかぁ?」とか「すごかったぞボウズ! そこら一帯の魔物一掃!」とかやんややんやと声が上がり始めた。
「わっ、わっ」
「ほれ、無表情で挙動不審になってないで、しゃんと立ってろい。お前は間違いなく昨日のスタンピードの主役じゃぞ」
「っ!」
どんどん大きくなる冒険者たちの囃し立てに押され気味になった僕に、プロテインマッチョオジサンは背中を叩いて背筋を伸ばさせた。
ちょっと痛いよ。