7.人の話はちゃんと聞きましょう。(二回目)
翌朝、もう昼前の時間になっても僕たちはまだゴウショウさんが留守番していた野営地を出発していなかった。
それというのも、僕とホサさんが野営地に戻ったのがもうすっかり夜も明けた時間だったからだ。
「いやあ、たまげた。本当にボスまで攻略しちまうとは」
「ヒルネ。すごい」
ゴウショウさんが心からの感嘆の声を出せば、ホサさんも昨夜から何度も言ってくれる褒め言葉をくれた。
酔いの覚めた僕はフンスと胸を張って彼らの称賛に応える。
三人の座る野営用のシートの上には深い赤に光大粒の宝石。
僕とホサさんは見事ボスを倒して魔原石を持ち帰ったのだ。
「まだ信じられねえな。ヒルネみたいなちっこい坊ちゃんが、ダンジョンボスを倒しちまうとは。いやあすごい。やっぱりツボの力か? ヒルネはまだレベル5かそこらだろ?」
「うん、ツボだよ。でっかいクマみたいなボスだったけど、ツボを向けたらキュポンって吸い込まれちゃって」
一応ツボを信頼していたけど、本当に怪獣みたいなボスがツボに入った時はホサさんと二人顔を見合わせちゃったくらいだ。
あっけなくって、それに初め魔原石も現れなかったから、これじゃやっぱりボスを倒したことにはなんないのかなとも思った。
その時にはもう夜半過ぎだったからボスがいなくなって安全になったボス部屋で一眠りして、起きて帰ろうかって言ってたら魔原石が転がってるんだから二人でまた驚いちゃった。
変な倒し方しちゃったから、ダンジョンまで混乱したのかななんて二人でちょっと笑って、そして名実ともに僕たちはダンジョン踏破者になれたってわけ。
そんな事のあらましをゴウショウさんに話し、ひとしきり盛り上がった僕らは今日を特別に休息日としてのんびりした後、夕方までかけて少し栄えた街まで馬車を進めた。
ダンジョンが群生する土地柄、立ち寄った街は規模こそ小さいものの王都にも負けないくらいににぎやかな街だった。
王都と違うのは、冒険者向けらしいお店が大通りの左右にひしめき合っていて、日本でいう大衆食堂のような飲食店、それこそボリュームと価格の安さが売りみたいなお店がたくさんある事だった。
「飲み屋と夜の店に関しては王都よりこっちのが豊富なくらいだな。っと、ヒルネに言ってもわかんねぇか」
「不健全」
「む」
ゴウショウさんとホサさんに子ども扱いされてムッとするけど、まあこの外見じゃ仕方ないか。
頭をポンポンと撫でるように諫められ、それから僕は商売をするゴウショウさんたちと一旦別れて冒険者ギルドにやって来た。
魔原石を手に入れたことはダンジョン近くに設営されている冒険者ギルドの出張所に届け出てある。
今日はそこで発行された証明書を持ってランクアップの手続きに来たんだ。
ちょっとだけ懸念があるとすれば、ちびっ子一人で相手にしてもらえるか不安なこと……。
証明書をもらう時はホサさんも一緒に居たにも関わらず散々ツボが魔物を吸い込む実演したり説明したりと信じてもらうのにも苦労した。
最後にはツボの中で時間停止してるボスをここで出して見せようかとすら思ったけど、僕の思考回路を読んだらしいホサさんにやんわり止められた。
そんな事ダンジョンの外でやったら大変か。
ツボには、ゴウショウさんたちと別れた後用に、時間停止なのを良い事に大量に食料品や日用品なんかも入れてるけど、今のところ出す場面が無いから本来の用途では全く使ってないなって。今さらだけど。
また魔物の居るところまでギルド職員さんと出張ってツボで実演するのかななんて思いながら僕が受付の列に並んでいると、ギルドの扉が勢い良く開いた。
力任せに開かれた扉は蝶番が馬鹿になったのか壁にぶつかるまで開きバンッと大きな音を立ててガクンと外れた。
あまりの騒々しさにギルドに居た全員の視線が集まる中、巨体で転がるようにギルドに駆け込んだ大男が叫んだ。
「スッ! スタンピードだ!!」
ガタンと椅子や机にぶつかるような音がそこここで起きた。
「スタンピードぉ!?」
「どこだ!」
「南門だッ! "トカゲ"と"ラクダ"が同時に決壊しやがった!」
「ハァ!?」
「くそったれ!」
すぐさま怒号のように声が交差する。
僕があまりの突然な騒ぎに呆気に取られていると、『───ガガッ』と電子音のような音が聞こえた。
音の発生源は冒険者ギルドに所属することを証明するために身に着けていた胸元のギルドバッジ。
それはそこら中にいる冒険者も同じようで、同じく音が出始めたギルドバッジ同士の音が重なり日本に居た頃何度か耳にしたハウリング音が甲高く『ガピー』と鳴った。
『あー、あー、冒険者諸君に告ぐ、冒険者諸君に告ぐ。緊急招集、緊急招集。作戦Sを発令する。作戦Sを発令する。高ランク冒険者は指揮を任せるため半刻以内に冒険者ギルドへ集合。その他冒険者は戦闘態勢を整え次第、南門を防衛線として準備のこと。繰り返す───』
見渡すと、受付の奥にいた男性が何か道具を口元に当てて喋っている。
ギルドバッジから聞こえる声はあの男の人の声らしい。
ギルドバッジは常に見える位置に付けることって話だったけど、こういう使い方もするんだなあ。
そういえばギルド登録してくれた薄緑のお姉さんがエマージェンシーがどうとかコードがどうとか説明していたような……、覚えてないや。