6.お酒は二十歳になってから。(異世界では合法)
「ほんとありがとな! 坊ちゃん、いや、ヒルネ!」
「ヒルネ。強い」
「なんとかなって良かったですー」
野営地にて焚火を囲み、僕らは杯を打ち合わせた。
夕方の狼の群れ、それを僕たちは無事退けてこうして無事夜を迎えることができていた。
ゴウショウさんは生還した祝いだと言って王都の仕入れの一部を荷解いてまで豪華な食事を用意してくれた。
「ご馳走ですね、いいんですか」
「狼どもに取られるはずだったもんだ。いよいよとなりゃあ、ある限り全部の食料ばら撒くくらいしか無いと思ってたからな」
「全部無事。ヒルネのおかげ」
口数少ないホサさんも礼の言葉を尽くしてくれる。
なんか嬉しいな。
褒めてもらえて、名前を呼んでもらえて、僕はこの世界に来てから初めて人に感謝される事が出来たんだって気持ちが浮き立った。
ぐいっと杯をあおって甘い香りがする飲み物を空にすれば、嬉しさからかふわっと頭が軽くなってポカポカした。
あの時、僕らを囲んでいたのは十頭以上の狼の群れだった。
彼らは相当お腹が空いていたみたいでガリガリで、動きもユラユラとキレが無かった。
とはいえ数が数だ。
そのうえ、群れにはボス格らしき三頭の魔狼が混じっていた。
魔狼は他のやつの二倍はある体を持っていて滅茶苦茶怖い。
けど、形勢逆転を狙うならそこを倒すべきだろうと思った。
僕の作戦は、魔物の子犬を倒したのと同じことを狼にしてやろうというものだった。
未だツボの中で時間停止しているだろう豆柴っぽい子犬の魔物、あの戦闘の時はツボに触れることなく吸い込むことができた。
生きた魔物を、そのままだ。
その事に気付いたのは随分後になってからだったけど、他の生き物で試す機会も無いままだった。
なにはともあれ何故かセオリーとは違って生物も取り込めるらしい僕のツボなら、狼だって魔狼だって行けるかもしれないと、それに賭けたんだ。
そして、その賭けに僕たちは勝ったってわけ。
まあ、ツボ吸い込み作戦で駄目そうなら、一番戦えそうなゴウショウさんにドーピングポーション飲んでもらうっていう第二案もあったんだけどポーションの出番は無かったよ。
「それにしても、なんだそのツボ! なあヒルネ、俺たちにそのツボ売る気はねえか」
「……150。出す」
「あー、これ僕のスキルなんで。実体は無いんです」
「ほお、そうなのか」
「残念」
ゴウショウさんはちょっとふざけた感じで、淡々としたホサさんは結構本気っぽく交渉されたけど、ツボは実体があるわけじゃないから売れない。
売れたとしても、断ったかもだけど。
もう二回も危機から守ってくれたわけだし。
僕が出しっぱなしにしていたツボを抱き枕よろしく抱えて頬をすり寄せていると、ゴウショウさんに「無表情で頬ずりすんな、怖えよ」と笑われてしまった。
それから、お礼だと言ってゴウショウさんたちは僕を目的地の街まで乗せてってやると言ってくれた。
嬉しいことを言ってもらい美味しいものを食べ、ご馳走をすっかり食べ終わる頃には僕はなんだか夢心地ですっごくいい気分だった。
「ごうしょうしゃん、ほしゃしゃん、ぼくはねえ、いせかいじんのくしぇにゆうしゃじゃないんれすよお!」
「おう、すっかり酔っちまったなこりゃ」
「酔った」
「いっぱんじんこうこうせいだろうがねえ! ぼくがわるいまものなんか、たおしちゃうんれすからねえ!」
「酔って叫んでんのに、相変わらずヒルネは表情変わんなくて面白れぇな」
「無表情。泥酔。器用」
ゴウショウさんが苦笑し、ホサさんが頷く。
後で聞いたところでは、この異世界では酒精の弱いお酒は携行水代わりらしくって年齢制限もない。
酒精があるほうがただの水より傷みにくいんだとか。
開放的な気分になった僕の舌もよく回り、度々朗らかな笑いが起きるような僕たちの夜はこうして更けていった。
狼の群れを倒した日から集落二つを超え、僕たちの行商の旅は続いていた。
どうやら数十年単位で来るという野生動物の活性期に当たってしまったらしく、その後も何度か野生動物やコモンランクの魔物と遭遇した。
その度に僕がツボで馬車を守るものだからゴウショウさんたちにはすっかり感謝されっぱなしだ。
商売人はツキを大事にするとかで、活性期に僕を拾えた幸運の波に乗るんだと結構行商でも思い切った取引をして利益を上げたみたい。
さんざん二人に持ち上げられた僕も調子に乗っちゃって、実は最近は夜な夜なちょっと危険な遊びにハマってたりする。
「ホサしゃん、今日も行きましゅよ!」
「行こう」
「おう、くれぐれも気をつけてな。頼んだぞホサ」
「あー、ゴウショウしゃんったら、僕もそろそろ呑み慣れてきたんでしゅからねー」
「呂律回ってねえ奴に言われてもなあ」
「任せろ」
今日も三人きりで夜の宴をした僕たちは、そう会話をして二手に分かれた。
ゴウショウさんに火の番を任せて、僕とホサさんは簡単な荷物だけを持って街道に出るのとは違う小道へ向かった。
あれからいくつか小さな村や町を過ぎると、他にもチラホラ行き交う馬車を見るようになった。
それから、徒歩や馬に乗った冒険者らしき人たちも。
ゴウショウさんによれば、このあたりには慢性的な魔力溜まりがあるらしい。
慢性的な魔力溜まりは僕がこの世界に連れてこられたような現象は起こさないけれど、その場に滞留して動物を魔物に変え、果てはいわゆるダンジョンを形成してしまうらしい。
僕は正直、異世界での冒険に憧れがあった。
ツボがあれば安全なことも知った僕は、酔いの力も借りてしまうともう我慢が出来なかった。
ゴウショウさんに運行経路を調整してもらい、ダンジョンの傍で夜営をした。
ダンジョン傍には冒険者のために整備された野営地が必ずあるし、人通りもあるからより安全らしい。
ダンジョンでは魔力溜まりによって発生する魔力を含んだ鉱石(いわゆる魔石)や魔物の毛皮や牙なんかの素材も手に入るし、それがいい商品になるらしくてゴウショウさんも二つ返事で了解してくれた。
そうして僕は夜な夜な呑んで気持ちが大きくなってはホサさんに付き添われてダンジョンに潜っていたのだった。
「"ステータスオープン"」
【名前】ヒルネ
【性別】男
【種族】異世界人
【年齢】18
【職業】冒険者 Lv.4
【体力】212
【魔力】220
【攻撃力】14(+2)
【防御力】28(+15)
【知力】162
【俊敏性】5
【スキル】アイテムボックス
僕がキーとなる言葉を唱えた事でステータスが表示される。
何か所もダンジョンに潜った事でレベルが1から4に上がり、ナイフと防具を身に着けているからステータスも微増している。
ツボがあるという絶対の安心の元、僕自身もダンジョンの中でコモンランクの魔物を何体か倒したんだ。
ゲームをしていた感覚でいえばレベル4なんて雑魚すぎるけど、実際に魔物を倒して強くなっているっていう現実での充足感は半端ない。
酔っぱらってるのもあって完全にやめられない止まらないだ。
とはいえ、メインはダンジョン探索。
道中出くわしてしまった敵のほとんどはツボに収納しているし、商売が順調なゴウショウさんからは魔石を提供する代わりに売上の半分と予備の回復ポーションやドーピングポーションももらっている。
今のところ怪我をすることも無く順調で、それらポーションは未だツボの中で寝かせているわけだけど。
「ねぇホサしゃん、今日こそボスべやいきましょおよぉ」
「……。容量。ある?」
ダンジョンにはボス部屋と呼ばれる魔力溜まりの中心地がある。
最下層にあるそこだけは未だにホサさんから承諾をもらえず入れていなかった。
けれど、今日のホサさんは却下してこない。
これはあと一押しかと僕はズイとホサさんに顔を寄せた。
とはいえホサさんの太ももくらいまでしか身長がないから滅茶苦茶至近距離に立って見上げてるだけなんだけど。
「ぼくのツボはようりょーむせいげんれ・しゅ・よ!」
「……許可」
「やったぁ!」
ツボに死角無しと詰め寄れば、ホサさんはやっと折れてくれた。
常識人なホサさんが僕の押しに流されてしまうのもわかる。
ボス部屋でボスを倒せば、ダンジョン攻略報酬とでも言える貴重な魔原石なんかが手に入るのだ。
ボスはダンジョンの核そのもの。
ボスを失ったダンジョンは新たなボスを生み出すべく魔力の凝縮した結晶である魔原石を表出させる。
これがとんでもなく価値があって高価らしい。
魔原石を失ったダンジョンは数週間程度弱体化するらしくて、ボスを倒して魔原石を持ち帰ればゴウショウさんたちはウハウハ、僕も冒険者ギルドで高い評価を得られるというわけ。
果たしてツボで吸い込んだだけで魔原石が表出するかは謎だけど、僕はダンジョンボスを見たくて見たくて仕方なかった。
ついに、ついにホサさんからオッケーが出た。
僕は勢い込んでダンジョン攻略を進めるのだった。