全部見ていた神様視点(前)
また一人、我の世界に迷い込んだ異邦人がおるようだ。
ふむ。またチキュウ世界のニホンの人間か。最近多いのである。
我が世界も創造してからかれこれ数万年になるが、このくらいになるといよいよ綻びが大きくなってしまっているのであるな。
そろそろ特異点を用意するべきかもしらぬが、ふむどの生物に任せたものか。
しかしまあ今回やって来たチキュウ人は平凡なやつよの。
こやつに特異点は荷が重かろう、いつも通りステータスをセットして我が世界に馴染ませてやろうかの。
さて、チキュウの頃の記憶は……、少し寂しい人生を送ってきたようじゃが全くの一人というわけでもなさそうである。
ふむ、ヒルネと呼ばれておったようであるから名はヒルネとしよう。
今回もアイテムボックスのスキルのみを与えて「にゃーん」ガチャン
む、ドロシーちゃんが粗相をしたか、今の音はまさか我のお気に入りのビゼン壺……あーっと、しもうたのである。
スキルをセットしている最中に気が散ってしまったようである……。
ふむ、有形になってしもうた、それも壺型。
まあ、よい。
さて人族が暮らす国の只中に落としたが、ああ早速衛兵が呼ばれとる。
この国の初代は我の声も聞くことができる有能なやつであったからな。
まあ悪いようにはならぬだろう。
ふむ、よしよし。
おお、百五十代目だかなんだかの国王も初代の面影がありよるわ、良い面構えをしておる。
『じゃあ適当に生きるから、お金ちょーだい』
っておいおい、ヒルネとやら。相手はどう見ても一国の王ぞ? なんたる態度だ。
ああ、百五十代目も取り乱しておる可哀想に。
む、しかし今代は若き宰相が優秀なのであったな。
美しい外見をした宰相じゃから周囲の妬みもあったようじゃが、それ以上に能力が抜きん出ているから周囲を黙らせたとか。
早速国王のフォローをして、さすが宰相、っておいおい、ヒルネ聞かんか。なにをとっとこ踵を返しとるか。
って、ほら、言わんこっちゃない。転びかけとる。
こやつ自分が六歳の体になっておる自覚ないのじゃなかろうな。
幼児特有のまっすぐな瞳で衛兵を見つめとるが、おぬし宰相ガン無視じゃなあ……。
衛兵も困っとる。
あ、宰相が壇上から降りてきたのである。
笑顔じゃがこめかみがピクピクしとるな。
なかなかこんな扱いなどされたこともないだろう、生まれも育ちもエリートな宰相がこんな幼児に振り回されるとはな。
あ、菓子で懐柔しよった。意外と安直なところもあるんじゃな。
ヒルネ、こやつ、危なっかしいのである。
宰相にみっちり指導されとったから、それなら大丈夫かと思ったがなんというか……。
あーあー、また毒草摘んどる。
本物の万力草を見ながらなぜ形も色も何もかも違う草花を摘みまくっとるんじゃこやつ。
しかも丸腰。
丸腰の幼児が一人魔物もいる森におるぞ、おい保護者出てこんか。
って、ヒルネに保護者はおらんのじゃった。
宰相も本来なら他のやつに指導を頼むものじゃが、やつも不安だったのか自身であれこれレクチャーしとったものな……。
宰相、おぬしの努力も虚しくヒルネはぼんやり危険の真っ只中に突っ込んでっとるぞ。
ああ、それも全然違うハーブじゃて……。
って、魔犬じゃ。ほら、言わんこっちゃないのである。
一歳になるかどうかの子犬のようであるが、魔犬と六歳の幼児(素手)じゃヒルネに勝ち目はないぞ。
ああ!
間一髪じゃ。次は避れんのである。
ううむ、こんなにすぐ死んでしまうなど寝ざめが悪いのである。
仕方ないから一度天界へ呼んでいくつか能力を与えるか……、って、何しとるんじゃこいつ。
ステータスウインドウなぞ出して何になる。自己紹介しとる場合か。
『キャウン!?』
なんと!
『吸い込まれちゃった……』
アイテムボックスが壺型じゃったのは想定内であるが、魔犬を吸い込んでしまうとは。
あ、ヒルネめ、すぐに壺を覗き込みよって。魔犬が飛び出てきたらどうするんじゃ。
まったく、警戒心というものを知らんのか。
ふーむ。なるほど、壺の内部はアイテムボックス同様亜空間であるが、容量は並程度か。
魔犬め驚いておるわ。こうしておるとこやつも可愛い子犬であるな。
ふむ、長時間の滞在でも呼吸に問題ないよう気体と魔素の配分を少しいじっておいてやるかの。内部圧力や重力に関してもちょちょいと、こうして、こう。
よし、これで問題ないの。
さてヒルネのやつは一度街に戻るようじゃが、壺の検証をすれば外へ出られるじゃろう。
それまでしばし待つのじゃぞ、子犬よ。(にっこり)
ヒルネ! これヒルネ!!
いったいいつまで壺の中身を放置するつもりじゃて!
こやつさては子犬の存在を忘れておるな? それともチキュウのニホン人がいつも仕様に文句をつけよるアレを妄信しとるのか!?
『時間停止』だか『容量無制限』だか知らんが、あんなもの夢物語ぞ!
ううむむ、子犬が何もない空間でおろおろしておるのは見てられん……。しかし託宣には条件が足りぬし……。
子犬のためにも早めに食料だけでも何か放り込んでくれんかの……。
というか、ヒルネのやつ、今までチキュウ世界で生きて来ておったくせに、六歳になった事も気にせず、アイテムボックスのスキルにも興味なしとはどういうことであるか。
今までのチキュウ世界のニホン人はもっとこう、初日から魔力を練ってみたりスキルを試行錯誤してみたり、レベル上げに躍起になったり色々、それはもう色々とやっておったぞ。
何? 宿が高い? 知るか! そもそも百五十代目がくれた金じゃろうが! 有難がらんか!
おおおお、大量の食糧じゃ、良かった良かった。
ちょっと子犬の生活空間が狭くなるほどの量じゃが、食べ物が無いことに比べればよきよき。
そら、たんと食うのじゃぞ。
おっと、その野菜は駄目じゃぞ、そう、そっちの果物は食べてよい。うむうむ、子犬よおぬしはヒルネと違って賢いなあ~~。
お、寝具も入れるのかの? ふむ、何もないより暖も取れよう。ヒルネよ、褒めてつかわす。
おお、早速毛布を外部から物が落下してくる地点からどけて、ふみふみ寝床づくりか? 子犬賢いのう。ワシは猫はのつもりじゃったが子犬もなかなか「に゛ゃうん!」ああ! ドロシーちゃん、違うんじゃ、これは浮気とかではないのである、ないのであるぞー!
『グルルルルルル』
『ヘッヘッヘッ』
『グルル、グルグル……』
これは、これはどうしたことじゃ……!
ヒルネめ、なんということをしよる。
いきなり壺に魔狼を放り込むなど正気の沙汰ではないのである。
子犬が、子犬が危険である。
ううむ、手を出すわけにはいかん、手を出すわけにはいかんのであるがしかし……!
ああ! 危ない!
なんということだ、神とて下界の運命に手出しはできん。神だからこそ、命運をかけた試練にどちらか加担するなどできんのだ。
子犬よ、むごく殺される姿など見たくないぞ。
……まさか。
それを今舐めるか子犬よ。
おお! おおおお!
奇跡じゃ、ワシは今奇跡を見ておる!
それは、ヒルネが放り込んどったドーピングポーションであるな! それに、回復ポーション!
みるみる筋力が発達し、傷も癒えておる。
体の小ささもよき武器となっておるな子犬よ!
おお、レベルが上がった、これなら、これならいける、そこじゃ、おお、右じゃ、次は上! おお! すごいぞ子犬よ! まさか、まさか。
おおおおお!!
勝ちよった! 魔狼と狼の群れに、勝ちよったぞ子犬!
素晴らしい!
うむうむ、レベルが上がり、存在の格も上がったようであるな。
これだく幼くしてこの急激な成長、ワシとて初めて見るやもしれんな。





