1.人の話は聞きましょう。
僕はどうやら異世界へとやって来たらしい。
「悪いが元の世界へ帰してやる方法はない」
「……そうなんだ」
剣を下げた兵士さんに連れられやって来たお城。
謁見の間的な場所で、僕は壇上にいる偉い感じのオジサンと対面していた。
玉座にいるし、たぶん格好からして王様なのかな。
やたらと緊迫した顔で帰還方法がないと言われたけれど、僕はといえばあんまり気にしてないから大丈夫なんだけどな。
僕は関東の片田舎で暮らしていた普通の高校生だ。
親は僕が小さい頃に早逝している。
親戚とかも居ないらしくて一人で親の残した家に住む僕の生活はずっと、隣に住む幼馴染家族に助けられていた。
中学二年からはバイトを始めて生活費を稼いで、結構うまくやっていた気もするけど、生活が楽かと言われたらまあ厳しかったと思う。
僕を育ててくれた幼馴染家族は嫌な顔ひとつしないでずっと支援してくれていたけど、実際すごく迷惑をかけているのは知ってた。
恩返しする機会が無くなっちゃったのは残念だけど、今こうして間違えて召喚しちゃったんだごめんねって言われたらまあいい機会かもなと思えるのが本心からの気持ちだ。
それに、僕は図書室で小説を読むのが好きだった。
読んでいた小説の中の出来事みたいに異世界に来ちゃった事に、表情には出ていないだろうけど僕は内心わくわくで一杯だったりする。
僕は王様的なオジサンを見る。
「じゃあ適当に生きるから、お金ちょーだい」
「ん? んんん?」
両手を差し出し言った僕に、王様的なオジサンは分かりやすく困惑した。
硬貨がたくさん入った袋をもらった。
ズシっとしてる。
いきなり街中に現れたことで驚いた人たちに通報されちゃった僕だけど、なんかあっちで身元特定して異世界人って納得してくれたみたいだし、お金ももらえた。
さっそく退出しよう。
そう思っていると、王様的なオジサンの隣に立っていた上品なお兄さんが何か言っている。
「突然異なる世界へ来て戸惑っていることだろう。宰相である私から、最低限はこの世界のことを説明させていただくので、って、おい待て、えっ、この状況で出てくのか? えっ、ちょ、待て待て!」
上品なお兄さんは見た目に反してにぎやかだ。
それもさておき外に向かって歩き出した僕は大きな扉の前までたどり着いた。
なんだか歩きづらいなあと思いながら扉の両側で待機している衛兵さんに視線をやるけれど、彼らは扉を開けてくれない。
「?」
異世界だからかここにいる人たちはみんな僕の倍くらいの身長が合って、彼らに合わせて作られた扉は僕のひ弱さでは開きそうもない。
頼りの衛兵さんはどうしようって感じで顔を見合わせていた。
「あの、宰相様がですね」
「出来ればお待ちいただけますとですね」
衛兵さん二人は視線を合わせるように屈んでくれて、なんだか僕のうしろを気にしながら控えめにそう言った。
彼らの視線に従って振り返ると、上品なお兄さん、おそらく宰相様な彼が壇上から降りて傍まで来ていた。
宰相様なお兄さんと目が合う。
「?」
さっきは僕に話しかけてたのかーと今さら気付いた僕はお兄さんが話し始めるのを待った。
お兄さんは笑顔の口の端をひくつかせた後、何を言うべきか迷うように間を置いてから小さな声で言う。
「美味しいお茶とお菓子も付けますが、どうでしょう」
「……? ありがとう?」
不自然な笑顔の宰相様は、なんかいい人そうだった。
良く分かんないけどお茶もお菓子も有難くいただいて、その後も宰相様なお兄さんが「危なっかしい」と僕をやたらと引き留めるので、その後丸一日僕はお城でお世話になって色々と教えてもらった。
ご飯もお風呂もちょっと洋風でいい感じだった。
宰相様に教えてもらったのは主にこの世界の常識やお金の事、それから僕がなんでこの世界に来ちゃったのかだ。
話は長くて難しかったから僕的に解釈する。
たぶんこの世界は魔力的なものがある不思議世界で、数百年に一度、魔力溜まりが悪さをして別の世界と繋がっちゃう。
で、僕はそれに巻き込まれちゃったらしい。
僕の体は世界を渡ったせいで変質していて、言われるまで気付かなかったけど小学校一年生くらいの姿になっていた。
なんかこの世界の人も物も大きいなって思ってたけど、僕がちびっ子になってたんだな。納得。
それから、"ステータス"を見る方法を教えてもらった。
この世界には一人一人にステータスというものがあって、誰でも自分の身体能力を数値化して確認できるんだって。
わくわくしてフンスと鼻息を荒げた僕に宰相様は「あなたの興味を引けることがあって良かったです」とほっとしたように言っていた。
ステータスを見る方法は本人が"ステータスオープン"と言うだけ。
個人のステータスは個人の資質によって決まって、訓練すればその数値を増やすこともできるそう。
まあ一人一人の体力や頭の良さなんかが数字で見れるって感じらしい。
それから稀にスキルという力を得ることもあるらしくて、僕を異世界人だと見抜いた人は"鑑定"というスキルを持っているらしい。
「"ステータスオープン"」
キーとなる言葉を唱えると、空中にゲームみたいにウインドウが開いて僕のステータスが映し出された。
「おお。すごい」
思わず感嘆の声を出し、それから見方を聞こうと思って隣にいた宰相様を見たけれど、ステータスは本人にしか見えないらしい。
彼も開いてみてくれたけど、人のは薄くぼんやりとした板が浮かんでるようにしか見えなかった。
改めてステータスを見る。
【名前】ヒルネ
【性別】男
【種族】異世界人
【年齢】17
【職業】巻き込まれた一般人(高校生) Lv.1
【体力】200
【魔力】200
【攻撃力】12
【防御力】24
【知力】161
【俊敏性】4
【スキル】アイテムボックス
ステータスを見た僕は半目になって一言。
「昼寝って、ゲームで使ってた名前じゃん」
小中学校の頃はよく幼馴染の家にお邪魔してRPGゲームや対戦ゲームなんかをしていた。
どういう経緯で名付けたかは忘れたけど、どのゲームでも毎回ヒルネって名前を付けていた僕は何故かその名前で異世界転生してしまったらしい。
幼馴染が僕のことを"ヒルネ"って呼ぶせいで幼馴染家族や学校の友達までみんなに"ヒルネ"呼びされてたからそのせいだろうか。
まあ、いいか。
愛着もあったし、呼ばれ慣れた名前だし別にいいや。
僕は、今日からヒルネになったらしかった。