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魔力も魅力もないと婚約破棄されました

作者: まさき

よくある婚約破棄ものを目指しました。

女神の加護を受けるこの世界では、人々は皆魔力を有して生まれてくる。

人々はその魔力を通じて、風や火を起こしたり、物を自在に動かしたり様々な力を得ていた。

魔力は親の力が子に受け継がれることが多く、権力を持つ者たちは魔力を多く持つ血を求め、婚姻を繰り返してきた。

そのため、地位の高いものほど魔力が多いことが多く、現在では魔力の高さは貴族の一種のステータスとなっていた。


そのためこの王国の唯一の王子であるアルフレッドの婚約者も魔力の多さを重視して選ばれた。彼女は王国の魔力庫とも呼ばれるバーグマン侯爵の娘で、彼女の母親も魔力の多い血筋の生まれであったためアルフレッドと年齢の釣り合うご令嬢の中では、魔力量が抜きん出て一番多くなるだろうと思われていた。そのため王家はバーグマン家に圧力をかけ、まだ魔力量が安定する前、二人が幼いうちに早々と婚約を結んだ。


そうしてアルフレッドの婚約者となったのがカミラ・バーグマンであったが、アルフレッドはそのことに年々不満を募らせていた。


なぜなら成長した彼女の魔力量は全く多くならなかったからである。



貴族は自分たちの持つ魔力を誇示するために、その魔力を使って己の魅力を上げるのが一般的であった。瞳を大きく見せ、まつ毛は多く、長く、そして上を向くようにし、肌や髪を艶やかにし、スタイルすらも魔力を用いて魅力的なラインを生み出すようにしていた。つまり貴族にとって美しさとは即ち魔力の多さだった。


そんな貴族社会において、カミラの容姿は全く平凡であった。見えて伯爵家の令嬢といったところだった。それがアルフレッドには気に食わなかった。王子たる自分の横に立つ女性が、あんな平凡であることが苦痛で仕方なかった。


更に彼女は普通は三年ほどで終わる王子妃教育がまだ終わらず、五年経った今でもアルフレッドの母に教えを乞うため王城へと日々通ってきていた。容姿も魔力も能力も足らない娘、それがアルフレッドから見たカミラへの評価であった。


そのためアルフレッドとその側近候補たちはことあるごとにカミラを蔑んだ。彼らは貴族の子女が集う学園でも、カミラを婚約者として扱うことなどはなかった。そうすると必然的に周囲の令息、令嬢たちも王子の婚約者に相応しくない娘とカミラを軽んじるようになっていった。


中でもその筆頭となっていたのが、カミラと同じく侯爵家の娘であるフィーナであった。彼女は同世代の令嬢の中では一番魔力が多いと目されるほど、華やかで美しい女性だった。腰まである金色の髪は光り輝くように艶やかで、サファイアのような瞳はこぼれそうなほど大きく、白くきめ細かな肌は白磁のようであった。またスタイルは女性らしい曲線を優雅に描いており、胸元など制服の布地を窮屈だとばかりに押し上げる程であった。そんなフィーナと彼女の取り巻きたちはカミラを嘲笑するだけに止まらず、最近では魔力から生み出した水を頭からかけたり、カミラの私物を手の届かない木の上まで飛ばしたり、様々な嫌がらせまでするようになっていた。そして魔力が足りないため、自らの力で被った水を乾かすことも、物を取り戻すことも出来ないカミラを更に笑うのだった。


そんなカミラを遠巻きに憐れむ人はいても、手助けをする人は殆どいなかった。唯一、王子の側近候補の一人のある令息だけが、王子とフィーナの後始末をするように濡れたカミラを乾かしたり、飛ばされたものを隠れて回収してカミラに渡していた。蔑ろにされていても、嘲笑されていてもカミラは王子の婚約者であり、侯爵令嬢である。表面上は何もなかったかのように片付ける必要があったからだ。




「カミラ・バーグマン、お前との婚約を破棄する!!」


だから社交シーズンを控え、学園が長期休暇に入る前、全生徒が集合した講堂で、アルフレッドがそう宣言したとき、周囲の大半の生徒はついにこのときが来たかとしか思っていなかった。


アルフレッドは傍らにフィーナを抱き寄せながら、一人立つカミラにこう続けた。


「お前に私の妃となる能力がないことは、そのみすぼらしい見た目からも明らかだ!お前との婚約を破棄し、私はこの美しいフィーナを新たな婚約者とする。

未来の王妃たるもの、王宮の深紅のバラと呼ばれる我が母上のように自らの能力でその美しさを誇示できねばならない。その点フィーナはこの美しさからも分かるように、これから芽吹く美しき蕾だ。将来、私の隣に立つのは魔力も豊かで、麗しい彼女であるべきだ」


そう名指しされたフィーナは、アルフレッドに愛おしそうに見つめられながら勝ち誇った顔を隠そうともしていなかった。その表情も変えぬまま、フィーナはカミラにこう告げた。


「ごめんなさいカミラ様。でもアルフレッド殿下からぜひ伴侶にと熱望されてしまったのです。王家の意向に一貴族令嬢たる私では従わざるを得ません。お辛いかもしれませんが、恨むなら育たなかったご自分の魔力量を恨んでくださいませ」


その言葉にフィーナの取り巻きを中心にクスクスと嘲笑が巻き起こった。身の丈に合わない殿下の婚約者から、ただの魔力のない娘になったカミラを誰もが笑った。そんな自分を嘲る笑い声が響く中、カミラは静かに口を開いた。


「婚約破棄についてですが、それが王家の意向であるならば私もフィーナ様と同じく、アルフレッド殿下のお言葉に従います。後日、契約書の破棄にも応じますので、またご命令くださいませ」


高位貴族の婚約では魔力を介した契約書を交わすのが一般的となっていて、幼い頃に婚約を交わしたアルフレッドとカミラも例外ではなかった。契約書を破棄するにはお互いが魔力を全て一旦止め、契約書に書かれた己の名前を消し、紙を破る必要があった。魔力を止めれば己にかけた容姿の魅力を増す力も一旦消える。そのため契約の破棄は人目の付かないところで行われることが多かった。


カミラはそのつもりで発言をしたが、アルフレッドは顔を歪ませ、悪い笑い方をしながらその発言を否定した。


「その必要はない。破棄は今すぐここで行う」


周囲はアルフレッドのその発言に驚いた。貴族が人前で魔力を止めるなど、衆目の前に丸裸で放り出されるようなものだった。それぐらい魔力による容姿の補正は大きな効力を持っていた。


「ああ、私のことなら心配無用だ。この愛しいフィーナと私の側近候補達が私の代わりに魔力を注いでくれるからな」


アルフレッドの周囲を側近候補も含め多くの人間が囲んでいた。それに比べ、カミラは一人ぼっちで立っていた。アルフレッドがカミラだけに恥をかかせるためにこのようなことを言い出したのは明白だった。


側近候補の一人が、既にアルフレッドの名が消えた契約書をカミラに差し出した。見た目は全く変わらないが、彼は既に魔力を止めているようだった。


契約書を受け取ったカミラの姿に皆が注目していた。ご令嬢の中には見ていられないとばかりに視線を外す者もいたが、多くの者はこれからカミラの身に起こる辱しめを内心楽しみにしながらこの状況を見ていた。自分に降りかかる火の粉でなければ、これほど面白いものはないのだろう。


「最後まで私に迷惑をかけるな。とっとと魔力を止めて、名前を消せ」


いつまでも容姿に変化のないカミラに向かってそう声をかけたアルフレッドも、もちろんその一人であった。能力もない癖に今まで身にそぐわない地位に固執していたカミラに正義たる自分が罰を与えているような、そんな高揚感さえ彼は感じていた。


アルフレッドたちの期待と悪意に満ちた視線が注がれる中、カミラは側近候補から受け取った契約書を持つ手に力を込めた。皆がついにカミラの魔力が止まるのかと期待したそのとき、彼女は躊躇なくそれをビリっと破り捨てた。


そのとき、彼女の容姿には微塵も変化は起きていなかった。そこにいたのはいつもと変わらぬ顔をしたカミラだった。


「おい!何をする!!名前も消さず契約書を破るなど、婚約破棄をしないつもりなのか!!」


それを見てアルフレッドが叫んだ。忌々しいカミラがみすぼらしい素顔を晒すか、やめてくださいと泣きすがって自分に懇願してくるか、いずれにしろ醜い姿を見せることを期待していたのに、それが全く見られなかったことに憤怒していた。しかしそんなアルフレッドの怒りなど気にしていないかのように、カミラは淡々と答えた。


「魔力による契約書は一人でも契約者の名前が残っていれば決して破れません。破れたということは契約が破棄されたということです。ご安心くださいませ」


「嘘を言うな!!お前全く見た目が変わっていないではないか!誰かに魔力を注がせているとでも言うのか?」


「いえ、急なお話でしたのでそのような者はおりません。そもそも私、普段から魔力を自分の容姿には使っておりません。そのため、魔力を止めても変化がないのです」



さも当然のようにカミラは言いきったが、周囲の誰もがその言葉がすぐには理解できなかった。


アルフレッドが蔑んでいたようにカミラは飛び抜けて美しくはない。フィーナのような作り込まれた美は皆無であった。しかしそれでも持てる魔力をふんだんに己のために使い、容姿を磨き上げている貴族の令嬢に囲まれていても違和感のない程度の容姿はしていた。それだけにカミラの言葉は信じ難いものであった。


我に返ったアルフレッドがすぐに側近候補の一人にカミラが破った契約書を確認させた。彼は魔導大臣を父に持ち、彼の側近候補の中で最も魔力やそれに関連するものに詳しい男だった。

彼に契約書をくまなく確認させたが、カミラの言葉はデタラメなどではなく、彼女の言うとおり契約書は両者の魔力が断たれた状態で正常に破棄されていた。


カミラを貶めようと思っていたアルフレッドは、平然としたままのカミラに腸が煮えくり返るような思いであった。しかし、婚約が正式に破棄された以上、カミラに更に何かを言うことはできなかった。

ただそれでは気持ちが収まり切らなかった彼は新たな契約書を用意させ、カミラに自分は王家の血縁の婚約者には相応しくなく、二度と婚約者にはならないという内容を誓わせた。


そうすることで少しだけ溜飲が下がったアルフレッドはそれが終わるとカミラから彼の両親が婚約者の証としてカミラに渡していたネックレスとブローチを取り上げ、用は済んだとばかりに彼女を早々に講堂から追い出した。


予定は少々狂ってしまったが、王家を象徴する色である深い紫のネックレスとブローチを新たに自分の婚約者となった美しいフィーナに贈る頃には、アルフレッドはそんなことはすっかり頭の隅に追いやってしまっていた。己の隣にいる華やかで美しいフィーナに満足し、カミラが己の容姿のために魔力を使っていなかったことなど既に気にも留めていなかった。




一方、そのころ講堂から追い出されたカミラは校門の前で帰りの足をどうしたものかと悩んでいた。本来であればあの後に開催される懇親会にも出る予定であったので、迎えの馬車はかなり待たないと来ないことになっていた。学園の事務所へ向かい、家へと連絡を入れてもらおうかとカミラが考えていたそのとき、彼女の目の前に一台の馬車が止まった。


こんな早い時間に来るなんて一体どこの家の馬車だろうかとカミラが考えていると、目の前の馬車の扉が開いた。中から現れたのは、いつもフィーナたちの嫌がらせの後始末をしていた側近候補の一人だった。


「バーグマン侯爵令嬢、アルフレッド殿下の命により貴女をご自宅までお送りいたします」


「殿下が?わざわざ私の帰宅の手段を手配してくださったのですか?」


「はい。殿下はこれより新たな婚約者と歓談を楽しまれるとのことです。無粋な邪魔が入らぬよう、私に貴女を早々と送るよう命じられました」


「そうですか。では私がご一緒しないと貴方にご迷惑がかかりそうですね。分かりました。申し訳ございませんが、私を自宅まで送ってくださいませ」


「元よりそのつもりです。さあお手をどうぞ」


カミラは彼、レストア侯爵令息のダリオの手を借りて馬車に乗り込んだ。



バーグマン家は王都の中心部に屋敷を構えているため、学園から自宅までは馬車で10分もかからない。ダリオとカミラには接点はあったが、いつも事務的にダリオがカミラを助けていただけだったので、顔見知りといった程度の関係だった。そのため馬車の中において二人の間に会話などは一切発生しなかった。ただ車輪が路面を叩く規則的な音だけが馬車の中に響いていた。


馬車がバーグマン家まで着くと、その唯一あった音さえもが消えてしまった。ガチャリとドアの開く音が大きく響く中、使用人に手を取られ馬車を降りようとしていたカミラがダリオを振り返り、彼に向かって初めて口を開いた。



「レストア侯爵令息様、ここまで送っていただきありがとうございました」


「私は殿下の命令に従ったに過ぎません」


その返答を聞いたカミラは、思わずと言ったようにふふっと笑った。その笑い方は今までアルフレッドの婚約者として目立たぬよう過ごしていた彼女が見せたことのないような、どこか不敵な笑みを含んでいた。


「殿下ならあんな女歩いて帰らせておけと学園から追い出すよう命令されますわ。嘘が下手なのですね」


カミラのその言葉を受け、それまで気弱な青年の顔をしていたダリオもカミラに釣られるように己の素顔を少しだけ覗かせた。


「いえ、そう言った方が貴女の興味を引けるかと思いまして」


その返答を聞いたカミラは、今度こそ声を上げて笑った。クスクスと笑い続けるカミラにダリオはこう告げた。


「改めまして、私はレストア侯爵家のダリオと言います。今後どうぞお見知りおきを」


「ダリオ様ですね。でも私はもう殿下とは無関係です。フィーナ様たちも私に構うのを止められるでしょう。そうなると貴方と今後接することはありませんわ」


「いえ、殿下は関係なく、貴女は私と関わることになりますよ」


そんな予言めいた発言をダリオは自信に満ちた表情で言い切った。


「ダリオ様って面白い方だったのね。ではその機会を楽しみにしておりますわ」


そんなことはあり得ないだろうけど、言外にそんなニュアンスを含ませながらカミラはそう言って、馬車を降りていった。



家に入ると予定より大幅に早いカミラの帰宅に使用人たちは驚きながらも出迎えてくれた。カミラはすぐに家令を呼び、両親に報告したいことがあることを伝えた。急な頼みであったが、カミラがいつも身に着けていたネックレスとブローチを持っていないことに素早く気付いた家令はすぐに両親と会う場を設けてくれた。


「お父様、本日アルフレッド殿下より婚約破棄を命じられたため、その場でお受けいたしました」


カミラは淡々と両親に報告をした。


「本当なのか?契約書はどうしたのだ?」


「アルフレッド殿下の命令によりその場で破棄いたしました。多くの教員、生徒が目にしておりましたのでご不安でしたらご確認くださいませ」


「その場で……!殿下はカミラの事情も知らなかったでしょうに何て酷いことをするのでしょう」


「全くだ。しかし契約書が無事破棄されたのは喜ばしいことだ。これでお前は自由になれる」


「本当に。カミラ、長い間貴女にあんな過酷なことを耐えさせてしまってごめんなさい」


「お母様、王家からの圧力であれば仕方のないことです。それに今回は二度と王家の婚約者にはならないと契約書を結びましたので、もう完全に済んだことですわ」


「そうか。ではお前の魔力も……」


「はい」


その返答を聞いて、バーグマン侯爵は安堵の息を吐いた。夫人もそんな侯爵の手を取り、目を潤ませていた。

部屋には和やかな空気が流れていた。そこには娘の婚約破棄を嘆く雰囲気は微塵もなかった。




カミラが両親に報告を終えてからかなり時間が経った後、懇親会を終えたアルフレッドもフィーナを伴いながら城へと戻っていた。新たな婚約者を両親に報告をするため、彼が上機嫌で城に足を踏み入れると、王族の私的なエリアがいつになくざわついていることに気付いた。


アルフレッドが不思議に思っていると、国王付きの侍従が向こうからやってきて、慌てながらアルフレッドに声をかけてきた。


「アルフレッド殿下、陛下が急ぎお呼びです」


「分かった。私もちょうど陛下にご報告がある。案内してくれ」


アルフレッドとフィーナは侍従に連れられ、国王が待つ部屋に向かった。



「お前は何をしてくれたのだ!!」


部屋に入ったアルフレッドを出迎えたのはそんな国王の怒声であった。


「何を、とは」と驚くアルフレッドに国王は苛立ちも顕に、言葉を続けた。


「カミラ嬢のことだ。彼女に何かしたのではないか?」


そう問われ、アルフレッドは意気揚々と返答をした。


「ああ、彼女でしたら王子妃には相応しくないため婚約破棄をいたしました。契約書も既に無効にしております。私の新たな婚約者としてこの侯爵令嬢のフィーナを考えております。彼女は家柄も魔力も申し分ないご令嬢です」


そう紹介され、フィーナは淑女の礼をとろうとしたが、それより先に国王が机をドンと叩いたため、彼女は動きを止めざるを得なくなってしまった。


怒りで手を震わせながら国王はこう言った。


「勝手に彼女との婚約を破棄したのか!?だから彼女からの魔力の供給が途絶えたのか」


「魔力の供給……?カミラがですか?あんな魔力の少ない女にそんな真似は不可能でしょう」


「アルフレッド、お前何を言ってるんだ?彼女は我々に魔力を供給しても、まだ十分な魔力を残していたはずだぞ」


「父上こそ何をおっしゃっているのですか?カミラは子爵家にも届かないような魔力しか持っておりませんでしたよ。その魔力は物一つ満足に動かせるかどうかといった程度でした。私はこの目で何度も見ております。間違いありません」


「そんなはずがないだろう」


両者の意見が食い違い混乱する中、部屋のドアが開き一人の女性が入室してきた。


「それについては私がお答えできるかもしれません」

そう言って現れたのは国王の正妃であるクリスティーナだった。


「どういうことだクリスティーナ、お前は何を知っているのだ?」


「今日の昼過ぎ、私の元にイザベラ様のところの使用人がやってきて、城の設備が動かなくなってしまったので助けて欲しいと言ってきたのです。まずはイザベラ様にご相談するよう伝えたのですが、そのイザベラ様がお部屋に閉じこもり誰にも会ってくださらないとのことでした。何か重大なことが起こっているのかもと思い、私がイザベラ様を訪ねたところ、このようになっておりました」


クリスティーナはそこまで言うと、控えていた侍女に「お連れして」と短く命じた。


すると部屋のドアが開き、一人の中年女性が両脇を女性騎士に抱えられながら連れてこられた。


身に着けているドレスこそクリスティーナにも劣らない、むしろ彼女より華美なものを着ているが、若々しいそのデザインもドレスの豪奢さも彼女には釣り合っていなかった。彼女はくすんだ赤髪を乱しながらこう叫んだ。


「離しなさいよ!私を誰だと思ってるの!!」


その声を聞いて国王もアルフレッドも声をなくす程驚いた。なぜならその声は国王にとっては寵愛する側妃、アルフレッドにとっては自慢の母親であったイザベラのものだったからだ。


しかし二人の目の前で騎士に抱えられている女性は彼女とは似ても似つかぬような存在だった。

アルフレッドと姉弟と間違われるほど若々しく、美しかったイザベラの姿はかすかな面影としてしかその女性には残っていなかった。肌も髪も暗くくすみ、王宮の深紅のバラと呼ばれていた頃とは比べ物にもならない姿であった。


「お前は……イザベラなのか?」

恐る恐る話しかけた国王に、イザベラはパッと表情を変え、こう訴えた。


「私です陛下!貴方のイザベラです。ああ、この格好は、その少し手違いがありまして」


「手違いとはカミラ嬢から魔力を回収できなくなったことですか?」

言い訳をしようとしていたイザベラの言葉をクリスティーナがざっくりと切り捨てた。


「魔力を回収?どういうことだ?」


「陛下が小麦の新種の研究のためにカミラ嬢から魔力をもらい受けていたのと同じですよ。彼女もカミラ嬢から魔力を、それも彼女の持つ残りの魔力を殆ど回収して己の容姿と自分の周囲の設備の動力として使っていたようです」


「そんな、容姿はともかく設備を動かすための魔力を持つ人間はクリスティーナ、お前のところと変わらない人数を配置していたはずだぞ。毎年変わらぬ予算を組んでいたはずだ」


「その通りです。しかしイザベラ様はカミラ嬢の魔力を設備にあて、その分の費用を自分のドレスや装飾品に当てていたようです。私は陛下に彼女の容姿も持ち物も不自然なほど良すぎ、豪華すぎるのでないかと何度も進言しておりました。私の醜い嫉妬だと陛下は取り合ってくださいませんでしたが、どうやらこういうカラクリがあったようですね」


「嘘よ!嘘!クリスティーナ様、陛下が私を寵愛なさるからってそんな嘘はお止めになって」


「嘘とおっしゃるのでしたら、今すぐ昨日までの容姿に戻してご覧なさい。設備に関しても今すぐ貴女のところの使用人を全てここに並べさせてもいいんですよ?何ならうちの者たちも呼びましょうか?人数を比較すれば一目瞭然でしょう」


「……それは、その」


黙り込んだイザベラから視線を外し、国王は深いため息をついた。


「なるほど。クリスティーナ、今までお前の言葉を深く受け止めておらずすまなかった。私は重大な事実を見逃してしまっていたようだ」


その言葉を聞いて、それまで黙っていたアルフレッドが声を上げた。


「父上!母上よりその女の言葉を信じるのですか?あんなに母上を大事にしてくれていたではありませんか!」


「口を慎めアルフレッド。クリスティーナは私の正妃だ。お前がそんな女と呼んでいい相手ではない。それにイザベラの事実を明らかにしたのは皮肉にもお前ではないか」


「父上、ど、どういうことですか?」


「お前がカミラ嬢と婚約を破棄したことにより、カミラ嬢からイザベラに送られていた魔力も止められたのだ。お前の婚約者でなくなれば他人のイザベラに魔力を融通する理由はなくなるからな。

カミラ嬢の教育は終えていたが、イザベラから今後のために交流を深めたいと言われ彼女を城に呼ぶことを許していた。恐らくそこで隠れて魔力を出させていたのだろう。

そして今、潤沢に使用していたカミラ嬢の魔力がなくなり本来の姿に戻ったのだろう」


「そんな、カミラは魔力のない女なのではなかったのですか?」


「バカなことを言うな。公にはしていないが、カミラ嬢はあのバーグマン侯爵をも凌ぐ魔力量の持ち主だ。学園で魔力がないように見えていたのは私とイザベラに全て供給していたからだろう。私の研究とイザベラのあの容姿、城の設備、全て一人の魔力で補っていればいかな彼女でも身に残る魔力は少なかろう」


「そ、それは本当ですか父上!?それならば、なぜ婚約者であった私に本当のことを教えてくださらなかったのですか?」


「彼女ほどの魔力があれば他国の王族からも狙われる可能性がある。そんな情報をお前のような未熟者に教えられる訳がないだろう。しかし魔力のことは言わなかったが、私はカミラ嬢を決して逃すなとお前に何度も伝えたはずだ。

お前がカミラ嬢を魔力が少ないと軽んじていることも知ってはいたが、私に魔力を供給してくれている状態のことを言っているのだとばかり思っていた。そして、そのように皆が彼女には膨大な魔力があることに気付かない状態にしておけば誰も彼女を狙わなくなるだろうと放置しておいた。そのことで、まさかこんなことになるとはな」


「そんな……そんな」


「それにお前は彼女を美しくないと言っていたそうだが魔力も使わずにあれほどの見た目をしている娘などそうそういないぞ。現にイザベラなど深紅のバラとも呼ばれた女が彼女の魔力がなければあの通りだ。カミラ嬢が本気で自分の容姿に魔力を使えば、そこの娘など霞んでしまうだろうさ。


お前は自分が一番望んでいた美しく魔力の多い娘を自ら逃したのだよ」


国王は諦めきったような乾いた笑いを浮かべながらそう言った。


「それで、フィーナと言ったか、その娘と婚約したいのだったか?伯爵家以上の娘であればお前の好きにするがいい。私の子にはお前以外に男はおらんのだ。もうカミラ嬢の血を我が王家に取り込む手段はなくなってしまったのだからな」


結局フィーナには視線一つも与えないまま国王はそう言った。


「そしてイザベラ、お前も大変なことをしてくれたな。私に隠れてカミラ嬢から大量の魔力を供給させるなど。お前にも追って沙汰を出す。しばらくは自分の部屋で謹慎していろ」


「そんな!陛下!私は陛下のために美しくなろうとしたのですよ!?」


「そうだな。そんなお前の表面上の美しさに現を抜かした私が一番愚かだったのかもしれないな」


そう呟いた国王の顔は、彼の持つ豊富な魔力を以ても隠しきれないほど、強く疲労と後悔の色が滲み出ていた。




王城でそんなことが起こっていたあの婚約破棄の日から三日後、バーグマン家は一組の客人を迎えていた。

その客人とはレストア侯爵と彼の嫡男のダリオであった。彼はあの日の宣言通り、再びカミラの前に現れたのだった。


「レストア侯爵とダリオ君ですね。一応手紙で用向きは聞いていますが改めて用件を伺ってもいいでしょうか?」


カミラはついさっき客人の前に出るようにと父に呼ばれたばかりだったので彼らの用件を把握していなかったが、彼女の父親は彼らの来訪の目的を知っているようだった。


「はい、バーグマン侯爵。本日は私の息子であるダリオを貴方のご息女であるカミラ嬢の婚約者とさせてもらえないかお願いに参りました」


その言葉に少なからずカミラは驚いた。今のカミラは王子に捨てられた、魔力もない傷物の令嬢であるはずだった。侯爵家の嫡男が婚約を申し込む相手では決してなかった。

そこに先日彼が少しだけ見せた不敵な印象も相まって、カミラはこの話をかなり訝しく思いながら聞いていた。窺うように父親の顔をちらりと見ると、曲者と呼ばれる父親は彼女にふっと小さく笑みを向けた。


「有難いお話ですが、ご存知の通り娘は先日婚約がなくなったばかりです。私はできるだけこの子の心に寄り添いたいと思っております。

だからダリオ君、婚約を願うなら君からカミラにその心を直接伝えてもらってもいいだろうか?」


丸投げしたわね、と正直カミラは思った。しかし判断を委ねられたと言うことは受けても、断っても問題がない相手ということなのだろうとも思った。

こうしてダリオの話を聞かざるを得ない状況となってしまったため、カミラは気乗りしない気分ではあったが彼と二人園庭の散策へと向かった。



「またお会いできたでしょう?」


遠くからお互いの使用人に見守られながらも二人きりになった途端、ダリオはカミラにそう話しかけた。


「そうですね。貴方は面白いというより変わった方だということが分かりましたわ」


「変わった方っていうのは、婚約破棄された君に求婚しに来たから?」


「それもありますが、家同士の話にしてしまえばこの婚約は私の意見など介さず成立したでしょう。それをこうして断られる可能性のある方にわざわざしたこともです」


「そうだね。でも俺は君とこうして話がしたかったんだ」


さっきまでとは少し雰囲気を変えたダリオが、真剣な表情でカミラに告げた。


「最初は君のことを可哀想なご令嬢だと思っていたよ。けどいつだったか、君がフィーナ嬢たちに教室で水をかけられているのを目撃したことがあったんだ。そのとき君は抵抗もできないような振りをしながら、近くにいた友人の足元に飛びそうになった水をさりげなく彼女たちの足元に向けていただろう?数えきれないほどある水滴を細やかに操作しているのを見て、君はわざといじめられているのだと気付いたよ。だってあんな操作が出来るなら、彼女たちが作るただの水の塊を跳ね返すなんて造作もないだろうからね。


そこから君が気になってつい目で追ってしまっていたんだ。そしたら君は殿下たちの前では愛想も魔力もない振りをしていたけど、ちゃんと友人の前では笑っていたし、周囲のために密かに魔力も使っていた。それを見てすぐに君が殿下から婚約破棄されようとしていることに気付いたよ。そのためにあんな仕打ちにも真っ直ぐ耐え続けていたんだよね。


なんて不敵で、強い女性なんだろうと思ったよ。そこから君から目が離せなくなった。だから殿下に侯爵令嬢をあからさまに害するのは良くないとか適当な理由を言って、君をフォローする役割を得たんだ。

近くで見れば見るほど君に惹かれた。強くて、凛としていて、でも私が手助けのために手を差し出すとどこかホッとした表情をする君が好きになった。


君が言ったように両親に任せれば君を妻にできたかもしれない。けど、俺は君に選ばれたかった。だからこうして君に会いに来たんだ。


初めは打算でもいい。いつか君からも好きになってもらえるよう君を愛し続ける。だから俺を選んでもらえないだろうか?」



ダリオの言葉はどれもがカミラにとって予想外のものだった。今までカミラを見下したアルフレッドやフィーナたちも、彼女を取り込もうとした国王も側妃も、評価は真逆だったが『魔力』という尺度でしかカミラを見ていなかった。それは父の娘として、この魔力を持って生まれたからには逃れられないものだと思っていた。


ダリオだって腹の底ではバーグマンの娘としての私も見ているかもしれない。けれどさっきの言葉に嘘がないことはカミラにも感じることができた。『私』を求めてくれている。それは不思議な気持ちだったが、決して不快なものではなかった。


「学園で唯一私に手を差し伸べてくれた貴方とのご縁なら、美談として社交界に語ることができるでしょう。正直まだそのメリットを取るという気持ちが強いです。貴方を愛するかどうかは分かりません。それでもよろしいですか?」


カミラはダリオの目を真っ直ぐ見てそう答えた。求婚に対する返事としては些か事務的であったのに、それを聞いたダリオはそれは嬉しそうに微笑んだ。


それは彼がカミラに見せた最初の笑顔だった。


その表情に自分の心の奥底がふるりと震えたのを感じながら、カミラはダリオの手を取った。


こうしてダリオとカミラは婚約を結んだのだった。



そこから二人は緩やかに交流を深めていった。カミラは彼を試すようにずっと己の容姿に魔力を使わずダリオの前に立っていた。しかし彼はそんなことは全く気にせず、むしろ求婚の日の少しだけ魔力を使ったカミラの姿の方が見慣れなくて心臓に少し悪いと苦笑いしていた。


好きな本の話をした。オペラの観劇を一緒にした。カフェで紅茶にミルクを入れるのが好きなことを話した。背が伸びず無理をして高めのヒールをはいていることも告白した。カミラは何年も婚約者であったアルフレッドとは話したこともないことを、ダリオとたくさん話した。ダリオとの時間は、カミラの中にじわじわと吸い込まれるように根付いていった。


そんな彼らの関係は、お互いの両親の根回しもあり、学園でカミラを助け続ける中で生まれた純愛として社交界にも好意的に受け入れられていった。



そうして過ごすうちに社交シーズンも終わりを迎える頃となった。学園の再開まであと数日と迫ったある日、王家による夜会が開催されることとなった。夜会の目的はアルフレッドの新しい婚約者のお披露目であった。


招待状はダリオにもカミラにも届いた。カミラは既にアルフレッドに対する関心を失っていたが、王家からの招待のため断ることもできなかった。そのため渋々参加することを決めた。

一方のダリオはカミラも参加すると聞くと、パッと嬉しそうな顔をした。ぜひドレスを贈らせて欲しいと嬉しそうな顔で言い、承諾をもらうと急いで仕立て屋を呼び出した。


カミラは今までも王子の婚約者であったし、儀礼としてドレスを贈られたこともあった。けれどこんなに懸命に自分の好きな生地やデザインについて聞かれたのは初めてだった。

「俺のセンスだけで君に気に入ってもらえるドレスが贈れればよかったけど、こういうのは経験がなくてね」とダリオに少し恥ずかしそうに言われてしまい、カミラはどこか落ち着かなくなってしまった。


いつになくソワソワした気持ちで過ごすうちに、夜会の前日を迎えた。そんなカミラの元に届けられたドレスはダリオの瞳の色の若葉のような緑色のものだった。すっきりとしたシンプルなラインを描きつつも、裾や胸元にあしらわれたレースや宝石は上品なものであり、華やかで美しいドレスだった。


それを胸元に当てたとき、カミラは初めて自分の容姿のために魔力を注ぎたいと思った。己の力を誇示するためでも、淑女としてのマナーとしてでもなく、このドレスに似合う自分になりたいと思った。

そんなカミラの気持ちに応えるよう、彼女の身体の中から溢れる魔力が身体の隅々までその力を満たしていった。



夜会当日、ダリオは緊張した面持ちでバーグマン家に足を踏み入れた。カミラを伴い夜会に出るのは今日が初めてであった。両親たちの尽力により二人のことは好意的に受け止められてはいる。しかしカミラはアルフレッドの元婚約者だったのだ、好奇の目は避けられないだろうと彼は思っていた。

カミラに不快な思いはさせたくない。自分の持てる力を全て尽くしても今日は彼女を守るのだとダリオが考えていたそのとき、二階から身支度を終えたカミラが侍女に手を引かれながら降りてきた。


その姿を視界に入れたとき、ダリオはそれまで考えていたことが全てふっ飛んでしまった。


魔力を注ぎすぎたご婦人によくあるような不自然な美ではなかった。顔立ちも立つ姿もいつものカミラのままだが、彼女は内側から光り輝くような、そんな美しさをまとっていた。


「ダリオ様?」

そう声を掛けられるまで、ダリオはただ呆然と彼女を見つめていた。


「カ、カミラ、そのごめん。美しすぎて言葉を忘れてしまっていたよ」


「ありがとうございます。本当に綺麗なドレスですよね。素敵なものをいただいて、ありがとうございます」


そう言って微笑むカミラが本当に綺麗で、ダリオは言葉に詰まり、ドレスでなくて君の話なんだとは言い出せなかった。従者の咳払いに背を押され、緊張でぎこちなくなりながらカミラにエスコートのための手を差し伸べるのが精一杯であった。



夜会の会場である王城のホールに着くと、ある意味ダリオの予想通り、ある意味予想外にカミラたちは周囲の視線を集めることとなった。

好奇の視線も確かにあったが、それ以上に幸せそうに美しく佇むカミラに誰もが視線を向けていた。周囲がどうやってカミラたちに声をかけるか牽制をし合っているうちに、王族が入場する時間となった。



ホールの一際高い壇上に、国王と正妃のクリスティーナが現れた。続いてクリスティーナの娘である王女シャーロット、見慣れぬ赤髪の女性とアルフレッド、フィーナが順に姿を現した。


赤髪の女性が現れたとき人々は俄にざわついたが、国王がすっと片手を上げると、そのざわめきはピタリと収まった。


「今宵は我が息子であるアルフレッドのことで皆に伝えたいことがある。この度アルフレッドはそこのランサローテ侯爵令嬢であるフィーナと婚約することとなった。来年には二人は婚姻をし、アルフレッドはランサローテ侯爵を継ぐこととなる」


国王が一息に言いきった言葉に周囲は再びざわついた。これまで公言はされていなかったが国王の言葉、態度から唯一の息子であるアルフレッドが次期国王だと目されていた。それが突然婿入りすると発表されたのだから、周囲の反応は当然であった。しかもフィーナには優秀な兄がいて、ランサローテ侯爵の爵位を継ぐのもそう遠くないと言われていた。そこに捩じ込まれた婿入り、皆は何か余程の事情があるのではと考えた。

その予測を裏付けるかのように、当のアルフレッドとフィーナは婚約発表という祝いの場であるのにひどく悪い顔色をしていた。


そんな二人や貴族たちの反応を気にすることなく、国王は更に続けた。


「そして私の次代にはここにいるシャーロットを指名する。彼女の婚約者である隣国の第三王子と共に、この国を更に発展させてくれると私は思っている」


指名されたシャーロットは一歩前に踏み出し、集まった貴族たちを見渡した。


「陛下より次代の指名をいただきましたシャーロットです。まだまだ学ぶことの多い身ですが、将来のこの国のために、この国の民のために、皆の尽力を得られるよう励みます。皆もどうか私をよく支えてください」


母親に似た凛とした姿でシャーロットは堂々と言葉を述べた。自然と貴族たちから大きな拍手が巻き起こった。


そこからは慣例通り王族からのことばが順次述べられた。国王、クリスティーナ、シャーロットと続いて、次はあの赤髪の女性の番となった。


女性はおどおどとしながらも一歩前に出て挨拶を始めた。


「ご機嫌よう、この度は我が息子のアルフレッドの慶事に皆が集まってくれたことを嬉しく思います」

か細い声であったが、魔力を通して拡散された声に皆が驚いた。その声は美しさを誇り、正妃をも越える権力を得ているとも言われていたイザベラのものだったからだ。周囲の驚愕の視線に耐えられないのか、イザベラはそのあと簡単な挨拶を短くすると、すぐに身を隠すように後ろに下がった。しかし王族が立つ壇上に影の落ちる場所などない。変わり果てた彼女の姿は明るい光が降り注ぐ中、皆の前にさらけ出され続けていた。



その後アルフレッドの挨拶が終わると、陛下の「皆楽にするように」という言葉の後、貴族たちは自由に歓談するようになった。


夜会の初めから変わらず少し遠巻きに注目されていたカミラとダリオの元に、順に挨拶をしていたアルフレッドとフィーナがやってきた。


そのときカミラはちょうど飲み物を預けていたためアルフレッドたちに背を向けていた。そのため初めはダリオだけがアルフレッドたちと向き合った。


「アルフレッド殿下、ランサローテ侯爵令嬢フィーナ様、この度はご婚約おめでとうございます」


そのダリオの声と共にカミラがゆっくりと振り返りアルフレッドたちと対峙した。


アルフレッドもフィーナも国王にあの日あのような話は聞かされていたが、実際にはまだどこか半信半疑でいた。全て悪い夢であって、目が覚めたら自分たちは満たされた幸せな未来を生きられるのではないかと心のどこかで思っていた。


しかし久しぶりに再会したカミラはそんな彼らに現実を突きつけるかのように、豊かな魔力を帯び、見違えたような美しい姿をして目の前に立っていた。


フィーナは変わらず魔力で作り込まれた美しさを備えていた。輝く金髪も肌も、こぼれそうな瞳も、優雅な曲線を描くスタイルも何もかもあの頃と同じ美しさのままであった。


しかし目の前のカミラは、魔力を使っているのももちろんあるが愛され、大事にされたことにより内側から溢れ出すような美しさに満ちていた。イザベラのように魔力で全てを変えてしまうような美ではなく、あの日見ていたカミラのままでありながらも目を奪われるような美しさであった。

そんな彼女から目が離せず、アルフレッドが思わず手を伸ばしかけたそのとき、にこりと微笑みながらカミラはこう言った。


「アルフレッド殿下、フィーナ様、本当におめでとうございます。想い合うお二人が結ばれたこと本当に嬉しく思います」


カミラの言葉に嫌味などはなかった。本心からカミラはそう思い、幸せそうに微笑みながら彼らに祝いの言葉を贈った。


アルフレッドもフィーナも、美しく変わったカミラから嫌みや恨み言を言われるものだと思っていた。しかしカミラはそんなことすらしなかった。それは彼女の優しさだとかそういう気持ちから来るものではないと二人は気が付いていた。カミラはただ、既に彼らに全くの関心を持っていなかったのだ。

そのことが更に二人の自尊心を傷つけたのだが、二人に興味のないカミラはそのことに気付くことすらなかった。


こうして貴族たちに様々な衝撃を与えた夜会は静かに幕を降ろした。



帰りの馬車の中、夜会の緊張感から解放された二人はやっと詰めていた息を吐き出せたような気分になっていた。


「今日は美しい貴女の隣に立てて光栄でした。ドレスも貴女に着てもらうことができて本当に俺は幸せです」


ダリオがカミラの手を取りながらこう告げた。彼は婚約の日に愛し続けると言った通り、耳を赤くしながらもこうしてカミラに言葉を贈り続けていた。


カミラからの返答はまだ「ありがとう」とか「そうなの」とかばかりだが、ダリオはさして気にしていなかった。彼女の手を取る権利があって、目の前で気持ちを言葉にして伝えられる。それだけで今は十分だと思っていた。


だからカミラが蚊の鳴くような声で「今度は私もブルーのタイを贈るわ」と言ったとき、一瞬反応ができなかった。


ブルー、それはカミラの瞳の色だった。


何も言わず固まったダリオを見て、「やっぱり忘れて」と言ったカミラをダリオは慌てて抱き締めようとした。


しかし馬車の中で急に動いたため、抱擁をするはずがお互いの額が勢いよくゴツンとぶつかってしまった。


びっくりしてじんじんと痛む額に手を当てて無言で見つめ合っていると、何だかおかしくなってきて、先にカミラが耐えきれず笑いだした。釣られるようにダリオも声を上げて笑った。


まだままごとのような関係だったが、二人の温かな関係はそうして始まっていった。




あの夜会から一年後、国王が宣言した通りアルフレッドとフィーナは結婚した。様々な憶測をよんだ婚姻ではあったが王族の結婚式である。大聖堂で行われた結婚式はそれは豪華なものであった。光を受け輝く荘厳なステンドグラス、国王を始めとする豪華な参列者の顔ぶれ、新郎新婦は似合いの美男美女と絵に描いたような素晴らしい結婚式であったはずなのに、流れる空気はどこか複雑な雰囲気を漂わせていた。


そこからアルフレッドは次期侯爵となるためランサローテ家で過ごしていた。元王族として屋敷中の人間がアルフレッドを表面上は丁重に扱った。しかしその視線の奥底には、彼らが敬愛し、これからも仕えるはずであった主人を侯爵の座から追いやった人間への冷たい感情が潜んでいた。

さらにあんなに愛し合っていると思っていたフィーナとも、彼が王族を外れると国王に告げられたときからぎこちなくなってしまっていた。アルフレッドは彼女はあんなに『私』に愛を囁いてくれていたけれど、本当に欲していたのは王妃のイスだったのではないかと思い始めていた。


不安が不安を呼ぶ、まるで針のむしろのような生活であったが、国王の命により二人は死別を除き別れることを許されていなかった。あんな大勢の前でカミラを振って結ばれたのだ、別れることによりさらに王族のイメージを下げることは許されないと国王は厳しい顔でアルフレッドたちに告げていた。


ここで生きるしかないと追い詰められていたある日、アルフレッドは偶然使用人たちが声を潜めながら立ち話をしているのを耳にしてしまった。


「死別しか許されないって、死別なら許されるってことでしょう?あの方が死ねば若旦那様がまた戻ってきてくださるってことよね?」


「そうだな。人の不幸なんざ祈っちゃいけないが、そうなったら俺は心の中で神様に感謝しちまうかもな」


「本当ね。不幸な事故でもないかしら」


彼らにアルフレッドを害する気などは全くなかった。しかし既に不安に心を圧迫されていたアルフレッドにはその言葉が軽口には聞こえなかった。そこからアルフレッドは口にするものも、何に対しても異常に警戒するようになった。そのことがまた、不幸にもフィーナとも、使用人とも距離を生むようになった。


心身ともに安寧のない生活であったが、死ぬことも狂うこともできなかった。ただただ救いのない生活をアルフレッドは続けることになった。




アルフレッドがランサローテ家でそのような生活を始めたその頃、学園を卒業したダリオとカミラもそれぞれに必要な教育を終えたため、二人は晴れて夫婦となっていた。


結婚をする前、学園を卒業するときにカミラは自分の魔力量のことをダリオに伝えていた。しかし今さら膨大な魔力を持っていると周囲に伝えるには、その理由であった王家に搾取されていたことも言わなければならなくなる。それには大きすぎるリスクがあり、自分はこのまま魔力があることを伏せて生きていきたいと考えていることをダリオに告白した。


魔力は貴族のステータスだ。それを公にできないことをダリオがどう思うかカミラは不安に思っていた。けれどダリオから返ってきたのは、あっさりとした承諾だけだった。


「大きい力は幸せばかりを運ぶとは限らない。君がそう望むなら、俺はそれを叶えるだけだよ」


ダリオはそれだけを言うと、それ以上は何も聞いては来なかった。ずっと自分を悩ませたこの魔力に彼は全く惑わされることがなかった。そのとき、カミラは改めてこの人の婚約者になれて自分は幸せだと感じていた。


そこからカミラは結婚をしてからもずっと自分の魔力を伏せたまま生きていた。容姿に魔力を注がないことも変わっていなかったが、ダリオに愛され、大切にされることで彼女は魔力では生み出せないような内側から溢れる輝きにいつも満ちていた。


愛は魔力にも勝る。

いつしかカミラは年頃のご令嬢たちからそんな憧れの目で見られる存在となっていた。



「私、あの頃殿下との婚約破棄のために苦しいことに耐え続けていてよかったわ。お陰でこうして貴方との今があるんですもの。私を愛し続けてくれてありがとうダリオ」


「お礼を言われることじゃないさ。あの頃の俺が勝手に君に恋に落ち、そして己の心に従って愛しい君に愛を伝えていただけだからね。それでこうやって大切な君からの愛を得られたんだ、お礼を言うべきは俺の方だよ。ありがとうカミラ」


「あの頃は自分でドレスを贈った女性の一人も誉められなかった癖に、今やそんなこともスラスラ言うんだから。可愛い彼はどこに行ってしまったのかしら」


「その話はそろそろ勘弁してほしいな」


「嫌よ。一生言い続けてあげるんだから」


そう言いながら二人は、あの夜会の帰り、馬車の中で二人で額を赤くしていたときのように目を見つめて笑い合った。


二人の間には幸せな幸せな空気が満ちていた。

むしゃくしゃして簡単に書くつもりが思いの外長くなりました。突貫工事なので細かなところは目をつぶって、深く考えずに楽しんでもらえると嬉しいです。


評価、ブックマーク、いいねありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。


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