23.3日目の朝と図書室
(クッ! 体が重い! 魔力を使い過ぎたか!?)
気が付くと、俺は草原で仰向けに倒れていた。
(ダメだ、動けない!)
顔の隣には、美神なスライムがそびえ立つ。プルプルと揺れ動きながら、ひんやりとした肌を俺の頬に押し当てる。
(このままでは!)
そのまま、じわりじわりと顔の上に移動し始める。
(クッソ! 重い! 口が、息が、塞がれる! やばい! 窒息死する!)
なんとか奴を顔から引き剥がそうと、俺は押さえつけられているような両腕を無理やり動す。その手で奴を鷲掴みにして、押し上げる。しかし、
(なっ!? なんだ、このむにゅっとした感触は? これは…。なんという触り心地なんだ! それに、気持ちがいい!? まるで、天に召されてしまいそうだ!!!)
うっとりとした俺は、意識が混濁し始める。
(はっ! いかん! 正気を保て! こ、この、ぷにぷにがーーー!!!)
「はっ!?」
声を漏らした俺は、意識を取り戻す。
「ふう~。なんだ、夢か…」
眼前の可愛らしい女の子の寝顔を確認した俺は、深く息を吐き呟いた。その正体は、勿論モモだ。いつの間にか、俺の顔に巻き付くようにして眠っていたようだ。俺の掌の中には暖かくて柔らかい、非常にぷにぷにとした気持ちの良い触り心地のものが握られている。
(猫の時でも顔に来ると重かったのに、人間の体でやられたら流石に窒息死するな。ぷにぷには…、まあ、人間になったせいだな…)
俺はそっと手を放し、その場から抜け出した。
こうして、異世界の三日目の朝はとても良い目覚めとなった?
『ガタガタガタ』
一階から、寝起きには厳しい物音が届いている。
(飯の時間か? 少し、寝すぎたか?)
俺は寝ぼけている頭を無理やり働かせながら、未だ気持ち良さそうに眠っているモモの頬を突く。
「むにゃむにゃ」
声を漏らしたモモは、何やらニヤニヤとしている。起きなかったため、俺はモモの体を揺らしながら、
「朝だぞ~。起きろ~。飯の時間だぞ~」
声を掛けた。
「う~ん」
声を漏らしたモモは薄っすらと瞼を開き、
「おはよ~」
返事を戻したあと再びそれを閉じた。
「飯の時間だぞ~。起きれるか~?」
「う~~~ん…。大丈夫…。起きるよ~」
再び俺が声を掛けると、眠たそうに返事を戻したモモは瞼を擦りながらゆっくりと体を起こし、
「ふわぁ~」
大きな欠伸と共に背伸びをした。
「着替えたら、顔を洗いに行くぞ」
「は~い」
俺がそう伝えると、まだまだ眠たそうなモモはボーっとしながら返事を戻した。
このあと、着替えを済ませた俺達は宿の裏手にある井戸で顔を洗い、そのまま一階の食堂に向う。裏口から入ると、厨房横の通路で宿の主人とばったり出会う。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おはよう。ぐっすりだったよ」
「おはよ! よく眠れたよね!」
「そりゃ良かった。朝食はできてるから、空いてる席に座っててくれ」
「ああ」
「うん!」
主人の挨拶に俺は満足気に応え、モモは元気に応えたあと俺を見ながら同意を求めた。続けた主人の話にも返事を戻した俺とモモは、このあと空いている窓際の席に向かい、座って朝食が運ばれて来るのを待つことにした。
しばし待つと、この宿の娘のケリーちゃんが食事を運んで来る。ケリーちゃんは、例の末恐ろしい女の子だ。
「どうぞごゆっくり、お召し上がりください」
朝食を乗せたお盆を二度運び終えたケリーちゃんは、可愛らしくお辞儀を行いながら話をした。献立は、パンと魚と汁物とサラダだ。
「魚か。この近くで、捕れるのか?」
「はい! このお魚は街の西側にある川で、今朝採れたんですよ!」
(へ~。ここでも釣りができるのか。やってみたい気もするが…、釣りは苦手だからな~…)
「ありがと」
「いえ! わからないことがあったら、何でも聞いてください!」
気にした俺が尋ねると、ケリーちゃんは得意気に説明した。思考を巡らせた俺が礼を述べると、今度は笑顔で元気に返事を戻した。その無垢な笑顔は非常に眩しく、朝の寝ぼけている俺の頭の中を目覚めさせた。
「お兄ちゃん、釣りができるの?」
「釣りぐらいは、できるさ。ただ…」
モモの問いに返事を戻した俺は、それが苦手なために続きをどう答えようかと視線を外して頭を悩ませる。瞥見すると、モモの瞳が普段以上に輝いている。
「そうだな。今度、時間があったら、一緒にやってみるか?」
「うん! 初めてだから、やってみたい!」
話し終えた俺が視線を戻すと、モモは本能が目覚めたのかいつの間にか瞳を猫のものに変えていて、それを鋭く縦長にしながら歓喜の声を上げた。
朝食を済ませた俺達は散歩がてら街を巡り、そのあと図書室に向かう。そこにはスキルのみではなく、新人の冒険者に必要な知識が記載された書物も揃っている。そのため、しばらくの間の午前中は街を巡りながらそこで調べものを行う。どのようなものが発見できるのか、今後が実に楽しみだ。
ギルドに到着した俺達は、まずはカウンターに立ち寄る。
「図書室に入りたいんだが、このまま入ってもいいか?」
「ご利用は、初めてですか?」
「ああ」
「うん」
今日のカウンターには、マリーの姿は見えない。そのため、俺は他の女性に声を掛けた。この女性はマリーとは違い落ち着いた様子で、良い意味で普通だ。女性が確認してきたため、俺とモモは返事を戻した。
「それなら、簡単に説明しますね。図書室には結界が張られていて、外部からの音は遮断されています。かと言って、中で騒いだりはしないでくださいね。他のお客様に、ご迷惑が掛かりますから。それと、中に飲み物を持ち込むことは構いませんが、食べ物は禁止されています。本の持ち出しも禁止されていますので、読んだあとは元の位置に戻しておいてください。説明は異常になりますが、何かご質問は御座いますか?」
「本に、飲み物を溢したらどうするの?」
「本は魔法で保護されていますから、少しぐらい溢しても大丈夫ですよ。でも、ふふっ。試したりは、しないでくださいね。ちなみに、こっそり本を持ち出そうとしても魔法で分かるので、それもダメですよ」
「わかった」
女性は説明したあとモモの問いに応えたが、途中でモモの瞳が怪しく輝いたため注意を促した。俺はモモのがっかりした様子を見ながら、女性に返事を戻した。
女性に一時の別れを告げた俺達は、カウンターの横を通り過ぎて図書室の前で立ち止まる。
「少しだけ、人が居るね」
「ああ」
「皆、飲み物を持ってるね」
「そうだな」
「貰いに行く?」
「そうするか」
周囲を見回したモモの話に俺は相槌を打ち、続けた話にも応えた。察したのであろうモモがこちらを見ながら尋ね、俺も見返しながら返事を戻した。2人でカウンターバーに向かい、飲み物を購入して再び図書室に戻る。
「お洒落な場所だね」
「ああ。雰囲気がいいな」
椅子に座ったモモとその隣に座りながらの俺は、互いに感想を述べた。図書室は然程広くはないが、アンティークカフェの様だ。縦長の窓から外を眺められ、年月を感じさせる装飾の施された本棚や机などが並ぶ。
「でも、静かで良かったね」
「ああ。ここは冒険者ギルドだし、本を読むような人は少ないんだろう。それに、この世界の人なら冒険者のことは小さいころから聞かされていて、今更本を読む必要なんてそんなにないだろうからな」
「そっか~」
このあと、俺達は本棚からスキルが記載されている書物を取り出し、再び席に戻り読み始める。俺は優先してスキルマスターとニュータイプのスキルを調べるが、特殊なスキルなためかそれらは一切記載されていない。
モモは読書を嫌がるかと気にしていたが、意外とそうではなかった。今は真剣な眼差しで、分厚い書物を読んでいる。
唐突だが、モモは見掛けよりも頭が良いと思う。
これはネコの飼い主特有の、うちの猫は頭が良いんです! という猫バカ的な思い込みなのかもしれないが…。書物を読んでいるモモの横顔は勤勉そのもので、絶対、頭が良い!
時間は経過し、俺達は街のカフェらしき場所で昼食を済ませた。そのあと宿に戻り、装備を身に付けて街の外に出掛ける。
この近辺には昨日倒したスライムの他に、未だ遭遇してない一角ウサギと言う弱いモンスターが生息している。一角ウサギは野ウサギが魔素の影響でモンスター化したもので、額に角が生えている。
俺達はそれらを相手にしながらレベル上げとスキルの練習を行い、ついでに街の周囲も散策することにした。
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