21.これがお約束?
冒険者ギルドの正面出入り口前に立つと、中から荒々しい声と共に様々な冒険談が届く。
「うわ~。人がいっぱいだね~」
その様子を見ながらモモが感心したような声を漏らし、そのあと口をぽかんと大きく開けたまま動きを止めた。
「怖いか?」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃんがいるもん」
この様な大勢の人々を一度に目にしたことはないだろうと心配した俺が尋ねると、モモは曇りのにこやかな笑顔をこちらに向けて返事を戻した。
(本当に、大丈夫そうだな)
「よし。それなら、中に入るか」
安心した俺は、笑顔でモモにそう伝えた。
階段を上った俺達はクエストの報告を済ませるために、そのまま建物の中に足を一歩踏み入れる。
「おい!」
突然、横から大声で呼び止められた。
(な、何だいきなり?)
驚き思わず足を止めた俺は、モモと共に声の元に顔を向ける。そこには筋肉マッチョな中年の男が、俯き加減で壁にもたれている。
(まじか!?)
察した俺だが、実はこのパターンは妄想済みだ。
(遂に来たか。お約束の時が…)
「こっちに来い」
決意を固めていると、男が顎で俺達を呼んだ。
(逃げるか? …いや、ここはギルドの中だ。いきなり手荒なことはされないだろう)
俺の妄想は一パターンのみではない。余裕のある物事に対しては、常に三パターンは用意をしている。素早く状況を分析した俺はそのパターンを選び、一度モモとアイコンタクトを取り頷く。俺達は、この男に付いて行くことにする。
男は俺達が出入り口から、丁度外れたところで立ち止まる。とその時、
『ドッカーン!』
凄まじい爆発音と共に俺達の背後を何かが吹っ飛んで行く。その風圧で、こちらの髪がなびく。
「なんだっ!?」
「なにっ!?」
俺とモモは思わず叫び、慌てて背後に振り向く。周囲の視線を辿り、出入り口の外を覗く。すると、少し離れた場所に、冒険者らしき人物が仰向けで倒れている。どうやら吹っ飛ばされて来たものは、この者のようだ。続けて、吹っ飛んで来た元を見ると、そこにはカウンターの中から半身の姿勢でパーを突き出した、背筋も凍るようなな目付きのマリーの姿があった。
「お前ら新人か?」
「あ、ああ、そうだ」
「なら覚えとけ。ここでは、あのマリーが最強だ」
「は、はあ?」
先程の男がこちらに話し掛けて俺は事態が気になり空返事となったが、続きの話で返事の語尾が思わず疑問形になり、モモと一緒にこの男を見直す。
「二年前。あの女はふらっとここに現れてな。ギルドで働くようになったんだ。あの見た目だ。当時は男達の間で、あいつを奪い合ったもんだ。だがな、しつこく手を出し続けた奴らは、皆やられた。今のあいつのようにな」
移動しながら渋く語り始めた男は出入り口横の壁にもたれると、倒れている男を肩越しに親指で示した。
「あいつも最近、この街に来たばかりでな。腕に覚えがあるとか言って、ずっとマリーにちょっかいを掛けていたんだ。それでこのざまさ。お前も、あの女には変な気を起こすなよ」
男は何気に気遣ってくれていたようで、壁から離れて俺の肩に優しく手を置きながら話を締めた。
(こ、これは…。お約束と言っていいのか!? いや、お約束なら俺が絡まれるはずだ。女神様がこの世界に違和感を持つと言っていたが…、実はこの事だったのか!? そうなると!)
戸惑った俺だが、すぐさま思考を働かせて新たな妄想を生み出した。そして首を捻りながらそれを発展させようとしたその時、
「お兄ちゃん! くだらない事を考えてないで、早くあっちに行こ」
モモが全てを断ち切った。
(おっと、そうだった。クエストの納品をやりに来たんだった)
俺はモモに腕を引っ張られながらも、顔のみを男に向け、
「忠告、ありがとな!」
「おう、がんばれよ!」
礼を述べた。すると、男は爽やかな笑顔と共に白い歯を見せながらサムズアップした。
周囲の視線が集まる中をカウンターに向かうと、マリーの前のみがぽっかりと空いている。それは、逃れられない運命だった。
「お帰りなさい。ルーティ。モモちゃん」
「ただいま…」
「ただいま。マリー!」
仕方なくマリーの前に訪れると、とても優しい笑顔で俺達を迎え入れてくれた。それに対して俺は恐る恐る、モモは片手を上げて元気に返事を戻した。
(女は怖いな…)
恐怖で顔が歪まないように気を付けながら、俺はモモと一緒に薬草と魔石をカウンターの上に置く。
「お疲れさまね。これでクエストは完了よ」
先程の出来事を微塵も感じさずに話し終えたマリーは、聖母の様な微笑みを見せた。
☆を付けていただけると幸いです。
ブックマーク登録もして頂きたいです。
やる気が出るのでよろしくお願いします!
カクヨムでも評価をしていただけるとありがたいです!




