76.馬車屋
翌日。
昨日は皆、昼に飲み過ぎて午後からはぐったりと過ごしたのだが、一日経つと元気な姿に戻っていた。
(これが若さか…)
俺はサングラスを掛けていなかったので涙は流さない。朝食を取るために1階に向かい、席について皆を待つ。しばらくするとモモとアイラが欠伸と背伸びをしながら階段を降りてきた。
「おはよ~」
「ん~、よく眠ったわ~」
「おはよ」
その後ろからリリーとロンド、それにシルフィーも降りてくる。
「大丈夫?」
「大丈夫だ…。だが、昨日のことはあまり覚えていない…」
「昨日は凄く楽しそうに踊ってたよ」
「俺は一体何をしたんだ…」
ロンドは自分の顔を鷲掴みにしている。そして皆は席に座り、シルフィーが昨日のことを思い出すようにして話しをすると、
「クッ!?」
ロンドの顔は歪んだ。
(記憶のない時の話をされても、本人は全く覚えてないからな。そこには触れない方が良いだろう)
俺はそう思いながら、運ばれて来た朝食を取り始めた。
「今日、出発するの?」
モモが俺に尋ねる。
「そうだな。水晶も集まったことだし、一度エルフヘイムに戻って材料を渡しに行こう」
「また飛空艇に乗れるの!?」
シルフィーが嬉しそうな顔をする。
「今回は飛空艇はなしだ。帰還のスクロールで戻るぞ」
「え~~~」
「飛空艇乗りたいよ~」
モモとリリーから不満の声が上がる。
「ダメだ。馬車の材料を渡してから完成するには、また時間が掛かるだろ。だから、今回は移動時間は短縮するぞ。それに急がないと、冬になりそうだからな」
この世界は今は10月で、外の空気が少し肌寒くなってきていた。馬車の寒さ対策は恐らく刻印でどうにかなると思うが、問題は雪の方だ。雪が降るとなると馬車での旅を少し見直さなければならない。なので、俺はロンドに尋ねる。
「ロンド、エルフヘイムでは雪は降るのか?」
「ん?」
頭を抱えたまま、視線だけをこちらに向けた。どうやら話を聞いていなかったようだ。仕方がないのでもう一度ロンドに尋ねる。
「もうすぐ冬になるだろ。冬になったらエルフヘイムでは雪が降って、馬車の旅はできないとか、そんなことはあるのかと思ってな」
ロンドは頭から手を放しテーブルの上に置く。
「ああ、雪か。雪は降るが馬車の旅に影響が出るような振り方はしない。振っても薄っすらと積もる程度だ」
「そうか。それなら良かった」
(馬車の旅の出発が丁度に冬頃になるから、作ったのは良いが出発はできないなんて言われたら、またモチベーションが下がるとこだった…)
俺は少しほっとしてお茶を飲む。そしてロンドの顔色を窺った。
「ロンドは飲み過ぎにはならなかったのか?」
「ああ、大丈夫だ。それは大丈夫なんだが…」
ロンドは飲み過ぎで記憶をなくしたことがないのかもしれない。未だに何かを悩んでいる。
「飲んだ席のことなんて、そんなに気にしなくて良いと思うぞ。どうせ、皆も覚えてないだろうし」
「そ、そうか? そうだよな。皆飲んでいたし、覚えてないよな!」
ロンドは少し元気を取り戻して、両手をテーブルの上に突き、その後自分を納得させるように頷いた。だが、皆の顔はぎこちないものになっている。そして、俺も昨日は記憶をなくすほどは飲まなかったので、色々と覚えていた。
(ロンドのあんなことやこんなことは、今後の奥の手として取っておこう)
楽しみが一つ増えたところで、話題を馬車へと戻す。
「出発は飯の後、少し休憩したらエルフヘイムに戻るぞ」
「そんな急に!?」
アイラが驚いた声を上げた。そして次にリリーが俺に尋ねる。
「どうしてそんなに急ぐの?」
俺は片付けられる物事はさっさと片付けてしまいたいタイプだった。ただそれだけだったのだが、そのことをそのまま言うと色々と文句を言われそうだったので、言葉を変えて話をすることにする。
「馬車を手に入れたとしても置いておく場所とか必要だろ? そういった手続きがまだいろいろとあるんだよ。例えば、これからは離れた場所にあるダンジョンに馬車で行くようになるだろ。そんな時に、帰還のスクロールで馬車だけを厩舎に送るようになるんだが、その厩舎の場所を用意したり、まだまだ、やる事は沢山あるんだよ」
「そこまで考えていたのか」
「それは便利ね」
ロンドとアイラが感心している。
「それなら、これからはいろんなところに馬車で行けるんだ!」
「凄いね~」
「馬車の旅~♪」
モモとリリーが手を取り合って喜び、シルフィーが飛び回る。
(どうやら、俺が急ぐ事にたいして納得してくれたようだな。それに嘘な事は一つも言っていない。この他にもやる事は、まだまだ沢山あるのだから)
俺は嬉しいながらも今後に念に苛まれた。
この後、俺達は朝食を済ませて身の回りの荷物をまとめ、エルフヘイムへと帰還のスクロールで移動した。
◇
「到着~」
モモの掛け声と同時に、俺達はエルフヘイムの南の入り口付近に立っていた。ここは、アクアンシズのダンジョン前の広場ほどではないが、それでも広いスペースとなっており、エルフヘイムへ帰還のスクロールを使用した際は、普通はここに飛ばされるという場所だった。
「それじゃ、馬車を造ってもらってる場所まで移動するぞ」
「「「おー!」」」
モモとリリーとシルフィーは元気に片腕を掲げて歩き始めた。俺達もその後を付いて歩き始めると、アイラが俺に声を掛ける。
「馬車を泊めておく厩舎って、エルフヘイムにするの?」
「一応、その予定だよ。万が一、旅先で馬車が壊れてもエルフヘイムに戻ってくれば、修理も簡単にできるしな。それとも、どこか他が良かったか?」
「別に、そういう意味で聞いたわけじゃないわ。ただ、何処にするのかを聞きたかっただけよ」
アイラは、ただ確認をしたかっただけのようで、何事もなかったかのように歩いている。
「馬車って何色なの?」
今度はモモが俺に尋ねた。
「さあ? 色は特に指定しなかったから、車体が木の色で屋根が白になってると思うぞ」
「そっか~。普通な感じなんだね」
「普通で良いだろ? ゲームの世界ならピンク色の馬車でも良いが、盗賊のいるこの世界で、しかも貿易をする馬車であまり目立つ色にはしたくないだろ? それこそ、襲ってくださいと言っているようなもんだ」
そんな会話をしながら歩みを進めていると、徐々に馬車が見えてくる。それはピンクやグリーン、中にはゴールドな馬車が並んでいた。
「お兄ちゃん、いろんな色があるよ?」
「…」
俺は頭の中が真っ白となり、言葉を失う。そして沈黙したまま立っているとアイラが話し掛けてきた。
「早く材料を渡しに行きましょ」
「そ、そうだな。モモ、あれはたぶん貴族の馬車だ。冒険者の馬車じゃないと思うぞ」
「そっか~」
俺はあれらの馬車が冒険者の馬車ではないことを願いつつ、奥に建っている馬車屋の店内に向かう。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると目の前には受付のカウンターが設けてあり、そこには二人の女性が立っていた。左側にはいくつかの馬車が実物大の大きさで飾ってあり、外に置いてあるような派手な馬車も一緒に展示されている。
(そういえば、店の中に入るのは初めてだったな。前は外で話をしてたから気付かなかったが、中はこうなっていたのか…)
派手な馬車に気圧されながらも、カウンターへと進む。
「今日はどのようなご用件ですか?」
「前に馬車を注文したルーティだ。材料が集まったんで持ってきた」
「畏まりました。少々お待ちください」
受付の女性は誰かを探すようにしながらその場を離れて行く。俺は気になることがあったので、もう一人の女性に声を掛ける。
「一つ聞いて良いか」
「はい?」
「外に置いてある馬車は、冒険者用の馬車じゃないよな?」
「あちらですか? はい、あちらは貴族様の馬車ですよ」
「そうか、どうも」
俺の不安は取り除かれた。が、モモ達は既にこの場に居らず、展示してある馬車を珍しそうに眺めていた。
(まあ良いか…。それにしても向こうは楽しそうだな。俺も向こうで見学をしたいところだが…)
そう考えながら少しの間その場で待っていると、以前に馬車の注文をしたエルフの男が外から向かって来るのが見えた。そしてその男は俺の前で立ち止まる。
「おう、ルーティ。久しぶりだな」
「しばらくぶりだ」
男は俺の腕を叩きながら歓迎してくれた。
「いよいよ、材料が揃ったって?」
「ああ、水晶を持ってきたよ。それとソフトレザーが15枚だ。確認してほしいがここに出しても良いか?」
「その上においてくれ」
男は顎でカウンターを示した。
俺はストレージからそれらを取り出す。すると受付の女性が手際よくそれらを確認し始めた。そして男が口を開く。
「実はな、馬車は大体の部分は出来上がってるんだ」
俺は意表を突かれた。
「そうなのか?」
「ああ。お前さんなら材料をしっかり集めてくると思ってな。もらった材料でできるところまでは仕上げておいたんだよ」
「そうか。それはありがたいな」
これは嬉しい誤算だった。以前に話をした時、今から馬車を作り始めると年内にぎりぎりといった感じのことを話していたので、かなりの時間の短縮となった。
「さっそく見てみるか?」
「ああ、案内してくれ」
こうして俺は馬車の置いてあるところまで案内をしてもらうことになった。
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今年最後となりました。
来年もよろしくお願いします。
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