プロローグ 転生
今作が処女作です。誤字脱字の報告は是非よろしくお願いします。
(ああ、身体が溶けていく。自分を構成している何かが世界に還元されていく。止めようもない。どうしようもない。) そう思いながらも、止め処ない崩壊を前に申し訳程度に残った本能が朦朧としている意識に対して恐怖のシグナルを発している。自身の存在が希薄になっていく中、これまでの人生が走馬灯のように脳内に広がっていくのを感じる。
彼―並木幸平は平凡な人生を歩んできた。生まれた家は父は公務員、母は専業主婦。一人っ子だったため両親からは愛情を人並みには注がれたと思う。幸せなことだが、普通の家庭だ。通った学校では虐めることも虐められることもなく、また友達も多くはないが全くいないなんてことはなかった。普通に勉強して進学し、そのまま社会人になった。人生の転機(悪い意味での)が訪れたのは、就職して6年経ち、後輩までも持つようになった28歳の時。休日に趣味のゲームしていると、急に咳が止まらなくなり、トイレに駆け込んだ。口に当てていたタオルを見ると赤黒い血がついていた。次の日、病院で医者に末期のがんであると診断された。そこからは流れるように退社、入院、闘病生活となり、医者による懸命な治療の甲斐なく、彼は帰らぬ人となった。
そんな人生の振り返りを行っていた彼は、とある自身の身体の変化に気づいた。そのまま消えて無くなってしまいそうな勢いで溶けていた身体が、逆再生している映像のように元の形に戻っていくのである。ぼんやりとしていた意識も明瞭になり、今の状況を確認する余裕も生まれたほどだった。
(どうなってるんだ?俺は死んでこのまま天にでも召されるんじゃないのか?)
訳の分からない状態にさらに訳の分からない状態が重なったのだ。混乱するのも当然だろう。すると、あてもない思考を繰り返している彼は突然大きな光に包まれる。
「ようこそ狭間へ、並木幸平様。」
幸平の前に現れた光は幸平に感情の感じられない声でそのように言った。突然のことに混乱する幸平を他所に光は続けて言う。
「先に申し上げておきますが、私の存在についての質問は答えかねます。管理者とお呼びください。では、どうぞ。」
(なにがどうぞだ。ふざけるな。)
そんなことを考えながら今の自分に必要な情報についての考えをまとめ、最初は一番重要なことを聞くことにした。
「質問です。私はこれからどうなりますか?」
(随分と漠然とした質問だか管理者はどのように答えるのだろうか?)
「はい。貴方にはこれから異世界に転生してもらいます。」
(は?何を言ってるんだ?)
幸平は纏まり掛けた思考が再び混乱していくのを感じながら何とか次の質問を考えた。
「よく理解できなかったのでもう一度より詳しくお願いします。」
「はい。貴方は一度死にました。そして異世界クラリミアに転生してもらいます。理由はお答えできません。」
(前半は理解できたが後半は訳がわからない。なんで異世界に転生なんだ?もう一度地球に生まれるのはいけないのか?ただ理由は答えてもらえないなら他の情報を集めるか。)
「そのクラリミアとはどのような世界ですか?地球との違いなどはありますか?」
「はい。クラリミアとは私が管理する世界の一つであり、地球との大きな違いは魔素が存在するために魔物と呼ばれる化け物がいることです。その脅威に対抗するために人間も鍛錬の末、剣術や魔法などを身につけています。貴方にわかりやすく言うならば、剣と魔法の世界というやつです。」
(うわぁー、まじか。最近流行っている異世界転生そのままの展開じゃねぇか。ただ、今の俺にとってそこまで乗り気になれるものではないな。)
死を経験した幸平が、危険な魔物がいるような世界で生活していくことに対して望ましい考えを抱くはずもなく。
(ただ、どうせ転生するなら次は死にたくないなぁ)
「では、並木様。次に進んでもよろしいですか?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「ありがとうございます。次に、貴方には転生する種族を選んでもらいます。もちろん人間以外も可能です。」
(種族を選べるのか。どうしよう?考えるにしても選択肢を聞かなければ選びようがないか。)
「すいません。選べる種族にはどのようなものがありますか?」
「はい。身体能力は高いが魔法が使えない獣人族、身体能力は低いが魔法の適性が高い森人族、身体能力と魔法の適性の両方とも平均的な人族などが代表的なものです。他には魔物に転生することも可能です。」
(本当にゲームみたいだな。それぞれ長所短所がはっきりしている。この中から選ぶのも一つの手だろうが、こんなゲームみたいな世界なら俺が望む種族もいるだろう。)
「魔物の中に吸血鬼という種族はありますか?」
「はい。高い再生能力を備えて強力な魔法を使うことも可能な種族です。不死者と言われる存在であり、寿命はありません。ただし、不死者には多くの弱点が存在し、本当の意味で死なないというわけではありません。」
「その弱点を克服するのは可能ですか?」
「はい。格の高い上位の存在になれば、弱点は緩和されていきます。それこそ吸血鬼は不死者の中でも最上位の存在です。ただ申し訳ありませんが、貴方が最初から上位の存在に転生することはできません。仮に不死者に転生するなら最下位の存在になるでしょう。」
(やはり、これだな。寿命がないというのが俺好みな点だ。病気にもかからないのだろう。最下位云々についてはしょうがない。ただ、管理者が言っている格とは何だろう?)
「格とは何ですか?また格を上げる方法も知りたいです。」
「はい。格とは生き物の器のようなものです。生き物は進化によってその器を大きくしていきます。そして進化とは器が魔素で満たされた時上位の存在へ昇華することです。魔素を貯めるには他の生物を殺す必要があります。」
(そうか、まぁ想定内ではある。進化というまたもやゲーム的なものまで出て来た。正直少し楽しみではある。では当初の予定通り吸血鬼にするか。)
「私は種族を不死者にしたいと思います。」
「不死者は日光さえも弱点となる種族ですがよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「わかりました。」
管理者がそう告げると大きな光が幸平を包み込む。
(またかよ。)
2度目の閃光に少し苛立ちを覚えながら、抗いようもなく、幸平は目蓋を閉じた。