出逢い
長いかなと思い、回想シーンは削除しました。
出逢いのシーンをお楽しみください。
初めての食事は駅の下のドーナツ屋だった。
外から丸見えのガラス張りの席で、こちらから見えるのはタクシーやバス乗り場、奥に入り込むと歓楽街のような雰囲気の看板がちらちら見える。しかし実際は、その先、ただの落ち着いたシャッター街だ。八百屋もある。菅月さんはそれを知らないようで、横目に幾度か見て気にしていた。
「ここ初めて来た。」
「すみません。突然お声がけしてしまい…。」
「名前、聞いてもいい?」
「迎 臨太郎です。」
「そう。臨君ね。あたし菅月杏寿。よろしく。」
「菅月さんが名前を聞くなんて…」
「どうした?」
「いえ、何でも。」
「気にしない。」
杏寿は目を閉じて口角を上げた。
この前、
「名前はそう易々と教えあうものではない。」
と、とある生徒を突っぱねたと聞いた。
入学当初、面識の少ない教師に偽名を使ったという噂も聞いた。彼女は学校一噂をよく聞く人だ。
「本を買ったらいつもはホームで電車を待つのだけど。」
「そうですよね。用もないのに行く人はいないですよ。」
「でも、」
そういうと髪で隠れた杏寿の目から光が漏れた。
「本を買ってから、一度ここで読んでみたかったの。誘ってくれてありがとう。」
「いえ。」
メニューを見て、クリームソーダは、アイスの乗ったメロンのジュースのことか?と固まっていたら、視線を感じた。
「あなた、綺麗な瞳をしている。」
「僕の目は忌々しいくらい黒いでしょ。第二次性徴期には金色が刺してくれないかなって思ってました。菅月さんのような色素の薄い色も綺麗ですよね。」
…!今僕はすごく恥ずかしいことを言ったんじゃないかと我に返った。
しかし彼女は左手で頬杖を突いて首を傾げ、「おもしろい。」と微笑んだ。
数秒の沈黙も苦しくなく、お互いに少々明るく光って、各々のドーナツを食べた。
「あなたは十代の有り余るエネルギーが今、何処に行き、何処に昇華されたり遺棄されるかわかる?」
「それって盛りには何をすべきかって?」
「うーん。まあ。」
「数年先を言ってる25歳前後の人間が作り出しているものに触れたりして、流行ができたり、腐ってみたり、やけになってバカ騒ぎする。あとはひたすら背伸びか、横たわるか。」
「体育館にはジェットコースターがついているのかと思うことがあるわ。」
「スポーツで騒いでいる人たちの声ですか。」
「そう。うまく言えなくて。私。言われたんだけど、難しい言葉を使いたがるよね。って。でも、テレパシーを翻訳するのって凝縮された熟語の方が適切な場合が多くて。」
「お察しします。」
クリームソーダが運ばれた。有無を言わずに菅月さんの方に置かれた。
それを彼女は平気で飲んだ。ストローに口をつける瞬間、「あっ」と僕は言ってしまった。
「どうしたの臨君。盃をかわしてよ。アイスは食べていいよ。」
この人、ちょっと怖い。僕はそう考えるのが自然だったのかな。しかし、「選ばれた!」という、十代のとびきりな選民思想と結びつき興奮を覚えた。
学校で彼女のうわさでは、なんだか妖怪のような言われようだったのだが、奇妙なことはなかった。勿論、ロングスカートに左目が少し隠れかけている様だけ見れば異様だが。なにか考えていることがあるのだろう。
「もう仲間にしちゃったよ。君、いつでも話しかけていいから。タイミングは分かりそうだし。」
「これからも、お茶しよ。」
会計が終わり、駅構内に出るときの彼女の行動は忘れられない。
菅月杏寿は髪の毛をくしゃくしゃして顔を隠し猫背になった。