第7話 宣戦布告
マジお茶会を終わらせてくんないかなー。
俺に敵意がないのもわかってくれたろ?
今日は春めいた陽気だけど、ちょっと寒いし。
久しぶりに対等な立場(?)の者と会話をした俺は、すでにこの場にいるのが苦痛になってきていた。――寒いし。
色々と気を遣い、言葉の裏を察するのが必要な他者とのコミュニケーションは、俺が大の苦手としていて、俺の大嫌いな行為だ。
それでも俺には、この二人がなぜ俺を殺そうとするのか、その真意を探し出し、好感度を上げる必要があった。
だから我慢して顔を合わせたのだが、殺害動機はすでに判明し、好感度を今すぐ上げるのも無理だと判断した結果、もう部屋に戻りたいのだ。――マジ寒いし。
「何を言ってるんですのモーリッツ。ヴォルフガングではたまたま女性の長子が生まれなかっただけで、基本的に長子が継嗣になっているんですのよ。女性が継嗣になっていないのは、そういった理由がありますの。ルドルフの無知を指摘しているけれど、あなたも無知ですのね」
「なんだとっ!」
「大体あんたは――」
「それは姉貴も――」
愚痴りたい気持ちを抑えている俺をよそに、グレータとモーリッツが言い合いをはじめていた。
人間関係を傍から見てもよくわからない俺だが、これは仲良しとは程遠いと感じてしまう。
半分しか血の繋がっていない俺でもこうして我慢ができているというのに、完全に血の繋がった姉弟で言い合いをしているのだ。
こんな光景を見せられてしまえば、『ボッチ最高!』と思ってしまうのは必然と言えよう。
しかし、半分しか血が繋がっていない俺だから、もしくは元々親しい関係ではないからこそ、こうして客観視できているのかもしれない。
過去に、半分しか血が繋がっていないからこそ、良い感じの距離感でうまくやっていた者を知っていたから。
そんなことを考えていると、殺伐とした雰囲気で口論をしてをした姉弟が、いよいよ殺し合いを始めそうな鬼気迫る顔で、その矛先を俺に向けてきた。――何故こっちを向く。
「ねえルドルフ、家督は長子が引き継ぐべきよね?!」
「家督は長男が引き継ぐに決まってんだろ! なあルドルフ?!」
あまりの必死さにドン引きである。いや、そんな場合ではない。
この姉弟の仲が悪いのは、さすがの俺でもハッキリわかった。だからといって、色々我慢してる俺を巻き込むのはやめてほしい。
そもそもあんたら姉弟、手を組んでるんじゃないのか?
『なあ姉貴、ここは手を組まないか?』
そんなやり取りを俺の枕元でしていたのだから、手を組んでいるのは間違いないはず。……だがあの場面でそんな話をしたのは、普段は対立している証拠だったのではないか。
そう考えるとこの言い合いも納得でき、本来の仲が悪いことも察せられる。
ならば尚更、俺を巻き込まないでほしい。
俺には従者から善人と認識されるという、物凄く崇高な目標があるのだ。そのためにはこの姉弟とも仲良くしたいというのに……。
「なんとか言いなさいよルドルフ!」
「そうだルドルフ、黙ってないでこのバカ女に引導を渡してやれ!」
「…………」
こんな面倒くさい人たちは、どう考えても常識人じゃない。
そんな人たちに何を言えばいいんだよ……。まったくわからん。
でも……。もうどうにでもなーれ。
「家督は嫡子が継ぐもんでしょ」
「なっ…………」
「おまっ…………」
俺の言葉を耳にした姉弟は、呆気に取られた顔をした。
なぜそんな顔をしているのか、俺としては不思議で仕方がない。
現状、俺だけがこの本館に住んでる。その時点で、嫡子が継嗣なのは確定とも言える事実だ。
姉弟がその事実に背を向けているからこそ、俺がわざわざ教えてやっただけのこと。――なのに何でそんな目で俺を見るの?
だが俺は気づいてしまった。
この二人は家督がほしくて俺を殺そうとしていたのだ。なのに俺は、家督は嫡子が継ぐものだと言ってしまった。
それはすなわち――
俺、二人に宣戦布告しちゃったよ!
どうしよう、寒くて思考回路がおかしくなってたよ……。
不意に俺の体がブルっと震える。
体が震えたのは、寒さのせいだけではないだろう。
「……へぇ、ルドルフはそう思っているのね」
「……なるほど。ルドルフはただ頭が弱いだけだと思っていたが、まさか野心家だったとはな」
「…………」
頭が弱いは少しばかり言い過ぎではないか。
そして俺は野心家どころか無心家だ。――無心家って言葉があるか知らんけど。
そんなことより、とても嫌な未来が頭にちらつく。
今世の俺が18歳を迎えられない死亡フラグって、姉弟による骨肉の争いに巻き込まれる、ってことじゃないか?
いや、そもそも17歳までは安全って考えが、すでに間違ってるって気づいてたはずなのに……。
たしか兄は、俺を殺そうとするに当たって、姉に『こんなチャンスはもうないぞ』と言っていた。
俺としてもあのような無防備な状態で、この二人の前に体を晒す気はもうない。
だがそれは、俺がこの姉弟に直接手を下される可能性が低くなったのと同時に、下手をすると姉弟から暗殺者が送り込まれ、より一層周囲の者を警戒する必要ができた、とも考えられる。
あれ、この状況ってめっちゃまずくないか?
もしかして、俺ってば自分でフラグを立てちゃった……のか?
「…………」
「…………」
「…………」
どうしてこうなった?!
この後、全員が無言のお茶会は、険悪な雰囲気のまま終了した。
どう考えても、『姉弟仲良く』などと言えないような状態であり、『ルドルフイメージアップ作戦』は大失敗に終わったのであった。――完。
終わってねーし!
ルドルフとして初めてのお茶会を終えた俺は、短時間のやり取りしかしていないにも拘わらず、ゲッソリしそうなほど疲れ果てていた。――まあ、実際はでっぷりとしたままだけど。
それでも軽く余裕のある俺の新生活は、まだまだ始まったばかり、序盤も序盤、序の口もいいところだ。
しかも、なんだかんだでうまくやっていけそうな手応えを感じていた。
あの姉弟、なんか頭悪そうだったし。
俺は頭の悪い自分のことを棚に上げ、姉弟を見下していた。
人間とは、知らない事象に恐怖を覚えるものだ。
だが逆に、知ってしまえば恐怖心が失われたり、場合によっては安心する、まである。
たしかにあの時、あの姉弟は俺を殺そうとしていた。その事実は変わらない。
二人は恐怖というものを俺の心に植え付けた。――だから未だに恐怖心はある。
だが面と向かって会話をしたこととで、俺を排したい理由がわかり、当人たちの仲が悪く、少しバカっぽいこともわかった。
それは、恐怖心を拭い去るには十分な経験であり情報だったと言えよう。
だからといって、俺の周囲に潜む危険がなくなったわけではない。
むしろ危険が増えたと言えよう。
しかし、俺はすでに周囲を警戒している。――できることなど限られているが。
だから俺のやることに変わりはない。
周囲の者と仲良くして、俺の評判を良くするだけだ。
そうして敵を減らして味方を増やす。今はただ、それだけに集中すればいい。
怖いから部屋に閉じこもる?
そんな行動は、俺の人生が神によって強制終了させられ、より悪化した状態で新たな人生が始まるだけの、自分で自分の首を絞める愚行でしかない。
だから俺は、初心を忘れず未来を変えるために動く。
まああの二人に会う機会は少なそうだし、いきなり俺に暗殺者を送るとかも無理でしょ? できるのであれば、自分たちで俺を仕留めようとしないはずだし。
だったら俺は、自分のできることをやるだけだ。
一難去ってまた一難、そんなことを考えていない俺は、これから苦悩の日々を送ることになるとは、この時は知る由もなかった。