第七話 三時間の自己紹介
「雀莊が消える? どういう亊だおっさん」
カズは警官の言っている意味が分からなかった。
「平川、そいつがお前の代打ちか」
別の警官の一人が問う。
「その通り。彼は雀狂のカズ。警察、そして軍の方々も壹度はその名を聞いたことがあるでしょう」
平川が答える。
「ほう、君が雀狂のカズか。なんでも天運を摑む男とか」
「しかし、その代打ち。何が賭っているか知らないと見えるが?」
集結する軍服達が口々に喋りかけるも、後ろからピシャリと声が掛かった。
「……代打ちに、打つ理由など要らないのですよ」
「五十嵐伍長……」
何処からか現れたのは五十嵐だった。
「代打ちは唯打つ為に雇われる者。故に、打ちさえすればそれで良い」
カズは五十嵐の姿を見たことがなかった。
「お前が、五十嵐晶……まさか、軍人だったとは」
軍帽を被り、軍服に身を包む五十嵐は、雀卓にスッと座った。
「まあまあ、五十嵐伍長。雀狂君にも知ってもらおうじゃないか、負けたら何が待っているかをね」
一番偉そうな男が、五十嵐に声を掛ける。
「軍曹殿がお望みとならば」
軍曹と呼ばれた男は、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
「では、改めて。この塲に何が掛かっているか、理由を知らない愚かな代打ちと、見屆け人としてお集まりの諸君にも改めて說明するとしよう。この塲に賭かっているのは、新宿壹帶の麻雀店摘發である。卽ち、平川側が負けたら、その瞬閒から新宿の麻雀店全てを對象に壹齋搜査《ガサ入れ》を行う。且つ、平川グループを賭博開帳圖利容疑で逮捕する。萬が壹我々が負けた塲合は、十萬圓の獻金と引き換えに壹年閒摘發猶豫を與えるものだ」
──何だ、その無茶苦茶な賭けは……⁉︎
「さあ打とう、雀狂カズ。半莊四囘、全ての合計點で勝者を决める。いいな」
「ふざけるな。取り締まる側の警察や軍隊が……、しかも麻雀で決めるだと?」
「くだらん感情だ。だから理由など知る必要が無いと言ったんだ。そんな亂れた心で麻雀が打てるか?」
「雀狂君。打ちたまえ。負ければもちろん、引けども君は逮捕だ」
軍曹はニヤリと笑う。
妙に赤い歯茎が憎たらしい。
「軍曹殿も仰られている。早く座れ、そしてお前の天運とやらを見せてみろ。……何、勝てばいいだけの亊よ」
──っく!
どかっと腰を下ろし雀卓に着く。
──勝てばいいだけ。五十嵐の言う通りだ。
「良いぜ五十嵐。その目で見るが良い。天運を摑むってのはどう言う亊かをな!」
それから三時間。
カズは五十嵐の麻雀に魅了されていった。打ち筋、張り方、どれも一級品のものだった。雀狂のカズですら五十嵐の手のひらで踊らされていたのだ。だがそれをカズは楽しんでいたかも知れない。
同じ様に、五十嵐もカズの手の内に踊らされていた。騙されたと思えば素直に返してくる打牌。自分よりも強いかも知れない相手が、初めて目の前に現れた。
次第に二人は純粋に麻雀の力を比べはじめ、互いに惹かれあっていった。
午後九時半──。
五十嵐の国士無双が決め手となり、カズは五十嵐に敗北した。
それは翌日の新聞に、新宿麻雀店一斉摘発と、平川会長逮捕の記事が躍る事を意味する。
──完敗だ……。
「どうやら天運を摑むのは、私の方だったようだな」
「くそ! ……だが、いい麻雀が打てた」
「ああ」
雀卓の上に晒された五十嵐の国士無双をカズはじっと見つめていた。
警察の麻雀店の一斉摘発を指示する無線連絡が飛び交う中、カズは警官に両脇を持たれ、強制的に立たされた。
「立て、橘。貳十壹時三十壹分。橘和宏、現行犯逮捕」
カズの両手に手錠がかけられる。
──俺には麻雀しか無いんだ。アイツとまた打ちたい……
「五十嵐! もう壹度だ。もう壹度俺と打ってほしい! いつか……」
「私は構わんよ。雀狂カズ。だが、何度やっても同じだと思うがね」
「けっ、いけ好かねえ埜郞だな!」
言葉とは裏腹に、カズはニヤリと笑い、五十嵐もそれを笑みで返した。
「さあ、行くぞ橘!」
警官に連れられるも、カズは五十嵐から視線を外さない。
「絕對だぞ、五十嵐! 忘れんなよ!」
* * *
「ただいま〜」
「あ、蓮くん。お帰り」
迎え入れたのは、母ではなく、意外にも朱美の声。
「あれ、姉ちゃん来てたの……」
蓮がリビングに入ると、そこには蓮の母と、朱美が座っていた。
「そう、今度大会出るでしょ? それをお母さんへご報告と、許可とってたのよ」
「代わりに宿題見てくれるって! 悪いわねぇ朱美ちゃん、いつも蓮の面倒見てくれて」
「いえいえ〜。蓮くんは、弟みたいなもんですから!」
「母さんとの話よりさ! これ見てよ!」
蓮は得意げにスマホを差し出し、朱美にオートチェスの戦績の画面を見せた。そして、最後に戦った、山下との戦いを指差す。
「えぇ? ディヴァインメイジ……。これ蓮くんが⁉︎」
【ディヴァイン】はオートチェスでも屈指の強力なシナジーだ。各駒のスキル発動時間を半分に短縮することが出来る。乱暴に言い換えるならば同じ駒を2体出しているのと同じだ。
この非常に強いシナジーは、それだけ発動にも厳しい条件が課せられる。起点となる、『戦神』1駒でシナジーは発動するが、【ディヴァイン】以外の種族シナジーを発動すると、効果が消えるという性質を持つ。これにはシナジーについて深く解説する必要がある。
オートチェスには1つの駒に必ず二つ以上のシナジーが設定されてある。例えば『ソウルブレイカー』には【ゴブリン】と【メカニック】のシナジーがある。
実は、この二つのシナジーは種類が異なる。【ゴブリン】は種族シナジー。そして【メカニック】はクラスシナジーに分けられる。全ての駒は必ず種族シナジーとクラスシナジーの二つをもっている。【ディヴァイン】を効果的に使うのであれば、片方の種族シナジーを使うことができないのだ。
【ディヴァイン】とペアになる【メイジ】はクラスシナジーだ。
【メイジ】は、敵の駒全員の魔法防御を35%下げる効果があり、魔法攻撃と非常に相性が良い。【メイジ】を持っていて、且つ種族シナジーを発動させない駒は、『マナの源』『ライトドラゴン』『雷のスピリット』『雷神』の4種のみだ。シナジーを条件通りに、狙って発動させるのは難易度が高いゲームだが、ディヴァインメイジ構成はそれを必須のテクニックとしている。だが【ディヴァイン】と【メイジ】が発動した時の火力は恐ろしく、完璧な組み合わせのシナジーだ。
それを使いこなした蓮をみて朱美は感嘆の声をあげたのだ。
「戦神マルスも★3まで育ってるし。本当すごい……ん?」
朱美は気づいた。この圧倒的なディヴァインメイジ構成が出来たカラクリに。