第五話 恵まれた環境
「五十嵐晶っと……。んー。ほらウィキペディアにも出てこないよそんな人。本当に有名なの? 橘和宏……やっぱり、ググってもヒットしない」
ベットに横になりながら蓮はポチポチとスマホを弄る。
五十嵐晶は、自分と同様に歴史に名を刻む伝説の雀士だと、カズは力説した。しかし蓮はどうにも信じられず、二人の名を検索したのだった。だが件の『五十嵐晶』のみならず、カズ本人の名前すら検索に引っかからない。いや正確には同姓同名のフェイスブックのヒットは有ったが、勿論それは望んだ検索結果では無い。
「どうしてスマホとか言う、小さな板の方を信じるのかねぇ? 夲人の俺が言うんだから閒違いないだろうに」
いくら検索してもヒットしない結果に飽きた蓮は、スマホをベッドに置き、天井をボーっと見て、次にポツリと声が出た。
「でもガッカリしたな」
「ん? 何がだ?」
「だって、五十嵐晶って人も、おっさんと同じく、麻雀が上手い人なんでしょ?」
「そうだ、アキラは雀鬼の異名を持つ」
「つまり僕が朱美姉ちゃんに勝った時みたいに、その人がアドバイスしながらオートチェスしてたって事じゃん? それでチャンピオンになったってさ……」
「いや、そうでもねえぜ?」
「え?」
「アキラは試合中、助言はしていなかった」
「ホントに?」
「あぁ。本当だ。それどころか一切喋っていなかった」
「……」
言葉を見失う蓮。
「アイツに會わせろ、蓮。この際、麻雀は後でも良い。アキラと勝負が出來れば、なんでもいい」
「どうしてさ?」
「俺は……、アイツには壹度も勝ったことが無いんだ」
「へー! そうなんだ!」
ガバッとベッドから起き上がり、蓮はカズに問いかけた。
「いや、實際戰ったのは壹囘キリなんだがな。そこから戰爭のゴタゴタが有って、結局會わず終いよ」
カズの肩が小刻みに震えだす。
「そうか……。遂に果たす時がやってきたと言う譯か! ハッハッハ! だから俺はここに居るのか! 待ってろよアキラ!」
* * *
「また勝ったぜ! 寺崎には一生負けねえや!」
仲の良い友達同士だからであろう、煽りの言葉に拍車がかかる。
今日は蓮の友達で、先程から絶好調の山下家でオートチェス三昧だ。クーラーの効いたリビングに同級生が四人。夏休みということもあり、時間だけはたっぷりとある。
──大人から見りゃ、こんな恵まれた環境はねえやな。
カズが羨む環境の中、しかし蓮の成績は振るわない。
「うう……、全然ダメだ」
肩をおとして落ち込む蓮。最下位の8位、7位、そして8位と、一向に上昇する気配を見せない。
見かねたカズは声をかける。
「そんなに、思い詰めた顏すんじゃねえよ。運が迯げちまうぜ? ほら笑顏だ笑顏!」
(だって……)
カズと話す時は周囲に不審がられぬよう、小声になる。
「……お前の打ち方は芯が無えんだ」
(芯?)
「そうだ、行き當たりばったりって亊だ。『こう成りたい』っていう意思が感じられねえんだよ」
(思ってるよ! 出来るだけ多く駒を集めて、誰よりも先にランクを上げるんだ。早く★2に、★3にって具合にさ)
蓮の自論も間違いでは無い。現に蓮の持つ駒にはランクの高いものが揃っていた。しかし最高ランクである★3の駒を作るには★2の駒が3つ必要だ。すなわち同じ駒を9回引かなくてはならない。それは決して簡単なことでは無い。
──闇雲に暗刻を作っても四暗刻にしなきゃ意味がねえ。運を摑むには芯が必要なんだ!
「……役滿って知ってるか? 麻雀用語だが」
(いや、だから僕、麻雀知らないって)
「ふ、そうだったな……。まあ、役滿ってのは麻雀における最大役。言わば最强の手だ。役滿が出來ちまえば、その對局は勝ちみてぇなもんだな」
(それと、オートチェスとどんな関係が?)
「あるだろ、夛分。オートチェスにも役滿的な……何かが」
(うーん。最強の手……テンプレってやつかなぁ)
「おぉ。それだ! 確か朱美が作った帋にも書いてあったぞ」
(そういえば持って来てたんだ。朱美姉ちゃんのまとめプリント)
ごそごそと鞄から取り出したのは数枚のまとめプリント。ペラリとめくると『テンプレ構成』の文字が飛び込んできた。
(これだ!)
蓮には『テンプレ』の意味が分かっていなかった。カズも「天麩羅の仲閒か?」という程度の知識だったが、書いている中身の意味は理解出来ていた。
オートチェスにおいて重要なのはランクとシナジーだ。
ランクを上げるには同じ駒を集めれば良い。分かりやすいルールの為、初心者はシナジーそっち退けで同じ駒を集めたがる。だが当然それだけでは勝てない。
シナジーが揃ってこそ、駒は真価を発揮する。それも闇雲に揃えれば良いというわけでは無い。ここがオートチェスの奥深いところだが、シナジー同士も相性がある。相性が良いものが揃えば盤面はかなり強くなる。この強いシナジー同士の組み合わせは、ある程度決まっていた。何も考えず、型通りに駒を集めるだけで勝てることからプレイヤー達は、テンプレート構成……略して『テンプレ』と呼んだ。
朱美のまとめプリントにはそのテンプレが強さの順にリストアップされていた。
その中で一番強いと評価され、Tier1にカテゴライズされたテンプレ構成が有った。
それが──
「ディヴァインメイジ。Tier1、評価9.5!」
蓮の目がギラリと光った。
カズはそれを見逃さない。
──真っ直ぐに打て、蓮。脇目もふらず、役滿を目指すんだ!