第四話 鳳凰
(オートチェスやりたいって……! できる訳ないじゃん。物に触れもしないのに、どうやってプレイすんだよ)
蓮は、朱美の目を盗み、ヒソヒソとカズと話す。
「そんなの簡單だろ。俺の言う通りに、蓮が駒を動かしてくれりゃそれで良い」
(うーん。確かにそれなら操作できるかも)
蓮が躊躇していると、朱美が声をかけてきた。
「よし、じゃあ蓮くん。今度は私と一緒に戦おう! 勝負だね」
「え? 姉ちゃんと?」
するとカズは自分を指差し「俺にやらせろ」と、猛烈にアピールしてくる。
「わかった、わかったよ。プレイするよ!」
* * *
「す……凄い。蓮くんぶっちぎりで一位ジャン。完敗だわ」
蓮は【アンデッド】【ビースト】【ヒューマン】【ウォリアー】【デーモン】【ウォーロック】【ドワーフ】と、一気に七つのシナジーを発動させて、一位を独走した。
朱美も唖然とするほどだ。
「どうだ! 蓮、こんなもんだ?」
自慢気に話かけるカズ。
「ま、マジで凄いよ……。姉ちゃんに勝つなんて」
オートチェスを操作したのはあくまで蓮だ。だが目の前で起きたゲーム展開に、動かした本人ですら信じられないでいた。
「ふふふ。敎えてやろうか? オートチェスの勝ち方を」
「マジで? 教えて教えて!」
「いいぜ。そのかわり、週壹囘は麻雀を打つこと……ってのはどうだ?」
「なんだよそれ、じゃあいいよ。教えて要らねーよ!」
蓮が喋る会話は、カズの姿が見えていない朱美にとって、盛大な独り言にしか見えなかった。
「れ……蓮くん。大丈夫? 独り言にしては声が大きいかも。ハハハ」
──あ、やっべ。朱美姉ちゃん引いてるじゃん。
蓮はカズをジロっと見て(おっさんのせいだからな!)と、カズにわかるように口だけ動かした。
「いや〜、アハハ……なんでもないよ姉ちゃん! うん」
「それにしても凄い引きと、判断だったね。これなら……」
「え?」
「いや、これなら大会に出ても恥ずかしく無いよ。蓮くん、私と一緒に大会に出よう!」
「大会⁉︎」
「そう、オートチェス初の全国大会が、この夏開催されるんだ。その名も、自走棋王戦」
「へーそうなんだ。ちょっと興味あるかも」
「先行して行われた、中国大会のファイナリスト八人も招待されるんだって。当然チャンピオンも来日だよ」
朱美はスマホをオートチェスの画面から動画へ切り替えた。
すると件の中国大会だろうか、オートチェスのプレイが流れる。程なく、プレイヤーにカメラが切り変わった。たくさんの大人に混じり少年が映し出された。
テロップには『棋凤』の文字。
──なんだこの漢字……。中国語?
「ほら、今映ってる子がチャンピオン。彼は蓮くんと同い年なんだよ。将棋の棋と、鳳凰の鳳……は中国の簡体字という漢字で書かれているんだけど、これでチーフェンって読むんだって。意味はオートチェスが鳳凰の様に上手いぞ! ってとこかな。オートチェスは中国のゲームなんだ。その本場でチャンピオンってことは、実質世界一かも? 鳳凰って名前もハッタリじゃない。凄いよね」
──チーフェン……、僕と同い年……。
カメラに気づいたチーフェンが大きくVサインをする様子が画面に映る。
「ま、性格はかなりヤンチャなようだけどね」
蓮は自分と同じ年齢であるにも関わらず、チャンピオンと呼ばれていることに驚いた。そんなことは大人の世界とばかりと思っていた。
そんな人が居るんだと。
そんな事が出来るんだと──。
カズも身を乗り出して動画を観る。
「こ、これは……!」
(ん? どうしたの? おっさん)
「蓮。この大會に出るんだ」
「え?」
「いいから出るんだ」
蓮の返事をそこそこに、食い入る様に動画を観続けるカズ。
(変なの。まあ……別に出ても良いかな。姉ちゃんも一緒だし)
自分と同じ年齢の子でもチャンピオンに成れる──。
蓮はその事実に興味が湧いていた。
「ハハハ。なんだ蓮、朱美にホの字か⁉︎ 止めとけ、お前じゃ小便臭くて相手にされねぇぜ」
(はあ? 言ったなおっさん!)
「ムキになるところを見ると図星か? 可愛いねえ〜」
耳まで真っ赤になる蓮。
「え? 蓮くん! どうしたの、顔真っ赤じゃん! 熱でもあんの?」
カズの姿が見えない朱美には、顔が真っ赤の蓮を見て、発熱としか考えられなかった。自らの額を蓮のそれに合わせ熱を測る。
──ね、姉ちゃんの顔が近い!
至近距離で見る朱美の顔に、蓮は益々照れてしまい慌てて顔を逸らした。思いのほか冷たい朱美の体温を感じながら。
「ねねね熱は無いよ! うん」
「そっか。なら良いけど?」
心配そうに朱美は蓮を見つめる。
「それより姉ちゃん……。俺出るよ! 大会に。そして優勝したい。俺もチャンピオンになりたい!」
その言葉をきいて朱美の顔は明るくなる。
「よっし決まり! じゃあ家に帰ったら蓮くんの分も大会出場の手続きするね。うふふ。楽しみだなぁ」
夕刻──。
すっかり時間が経ってしまった。オートチェスに興じると時間が経つのが早くなる。朱美は「じゃあ大会でね」と言い残し、帰って行った。
「ふ〜、おっさんの相手しながら姉ちゃんと喋るの苦労するよ。なんでこんな面倒くさいことに……」
朱美に変に思われない様に立ち振る舞った蓮は、気疲れしてしまっていた。大きく伸びをしながらベッドの上にバフッと倒れこむ。
「なぁ蓮、もう壹度、あの動畫を見せてくんねぇか」
「え? 別にいいけど」
あの動画を見てからずっと、カズは人が変わった様に黙り込んでいた。
何か思うところがあったのだろうか、ずっと考え事をしている様だった。
蓮は言われるがままに、スマホを取り出して動画をカズに見せた。
「……! やっぱり! 蓮、ここで止めてくれ」
「え? ここ?」
「あぁ! 遲い。もうちょっと前、そう! そこそこ!」
カズが止めさせたのは、中国チャンピオンが写っていたシーンだった。
「チーフェンがどうしたの?」
「いや、そのガキじゃねえ。その後ろだ! 雀鬼、五十嵐晶。知ってるだろ? みろよこの憎たらしい顔!」
「知らないよ。そんな人」
「お前何も知らないのな。壹人だけ帽子被ってる奴だよ」
「帽子……って。だから誰も居ないって」
「おい、馬鹿言っちゃいけねえよ」
「ホントだって。チーフェンの後ろには誰も映っていないよ?」
カズは、沈黙して青ざめた。
──まさか、俺にしか見えてないのか⁉︎