第二話 雀狂、オートチェスに出会う
「おーい! 蓮、俺に麻雀を打たせろー! ほら、禁斷症狀が出てきたぞ。おい聞いてんのか!」
子供部屋に小学生が一人と、それに不釣り合いな二十八歳の青年が居た。だが愚図っているのは青年の方だ。
「あーもう! おっさん、うるさいなぁ。宿題が出来ないじゃんか!」
勉強机に向かって計算ドリルを解く蓮の筆は進まない。
「酷いなー、蓮は。俺のこの氣持ちが分からねぇと來たもんだ」
──そんなことは無いけどさ。
鉛筆を咥えて頬杖をつく。「だって、どうしようもないじゃん」と、息を自分の前髪にフーッと吹きかけた。
『雀狂のカズ』と名乗る青年は、現代の知識が全くなかった。スマホはおろかテレビを見ただけで大騒ぎ。聴くと、大正3年生まれと言う。107年前だ。
今は令和元年だと聞いて、最初は冗談だと笑っていたが、蓮の持つ社会の教科書を読んで暫くして黙り込んだ。開いたページは第二次世界大戦。自分が知らない歴史のその先が書かれており、その事実と、今の境遇を理解して言葉が無かったのだろう。
蓮も若干だが勘付いていた。カズが言っていることが本当だとすると、祖父よりも歳上で、生きているのが奇跡なぐらいの年齢だ。テレビもスマホも何も知らないし、姿も若い、おまけに蓮以外に姿が見えていないと来た。
──おそらくそれは。
「「幽霊だ」」
二人合わせて声が出た。
「蓮〜〜。俺は死んだんだ。それで幽靈になっちまった。どうして死んだのか覺えちゃ無いが……ほら見ろ、物がつかめない!」
カズは勉強机に置いてある麦茶のグラスをつかもうとするが、すり抜けてしまう。
「だぁああ────! なんで生まれて百年以上も經って、こんなとこで幽靈になっちまったんだ!」
「そりゃこっちが聞きたいよ。大体、夏休みの真昼間に出てくる幽霊なんて聞いたことねーし」
カズは頭を掻きむしった後に、自分の両手を見つめて唸りだす。
「嗚呼、頭が混乱して訳がわからない。この気持ちを収めるには……そう! 麻雀を打つしかない。蓮、雀莊に行くぞ!」
その刹那。
ガチャリ。
と、家の扉が開く音。
「ヤッホー。蓮くん。お待たせー、やって来たよー」
トットットと、小気味良く階段を上がる音。そこからヒョコっと顔出したのは、二十代の若い女性。
「朱美姉ちゃん! 待ってたよ!」
「ごめんね〜。LINEで連絡入れてから、すぐ大学の先生に捕まっちゃって」
朱美の顔を見るや、カズの愚図りはピタリと止んで、蓮に耳打ちをした。
「おい、蓮。誰だこの女性は。紹介しろ。乳が……」
今なら「巨乳だ」「爆乳だ」なんて言葉が踊るが、昭和初期の女性の胸の表現は意外にも「乳」だけだった。色々な胸の表現が出てきたのは戦後から。しかしカズは当時には珍しい乳好きだった。朱美のバストは最胸サイズ。その二つの大きな山には誰もが顔を埋めたくなる。
「おっさん! そんなエロい目で朱美姉ちゃんを見ないでよ! 姉ちゃんは近所に住んでる大学生で、僕の勉強を見てくれるんだ。……って言っても今日は違うけどね」
「違う……?」
すると朱美は鞄からスマホを取り出す。
「よっし、今日もやりますかー! 自走棋!」
それに応えるように蓮もスマホを取り出した。
「チェス? 西洋將棊の亊か?」
「何それ、西洋将棋って逆に知らないよ。これはオートチェスと言ってスマホのゲームなんだ。8人で生き残りを賭けたサバイバルネット対戦ゲーム。チェスとか将棋とかとは全然違うもんだよ」
蓮は朱美の目線を確認しながら、聞こえない様にヒソヒソと話す。
(……っていうか今、喋りかけないでよね。朱美姉ちゃんが居るだろ⁉︎ ベッドの上にでも座って見ててよ)
蓮は勉強机に向うのを止めると、朱美と床に座って体を寄り添った。
カズはその光景をベッドの上から眺める。
「昨日渡した、私のオートチェスまとめは見てくれた?」
「うん! 見たよ。けど……見たけど難しかったなぁ。パーセントとか……」
「あそっか、確率とかまだ習ってないもんね。ゴメンゴメン。ま、でもいつでも確認できるように、ここに出しておこう。まとめ情報のアップデートもしたんだよね〜」
朱美はカバンから新しく印刷したプリントを床に並べた。
そこにはオートチェスに基礎的なルールや、立ち回りが記されていた。
「これでよし。じゃ早速、実技指導しちゃうぞ〜」
小さなスマホの画面を二人で見るため、朱美の体はさらに蓮と密着する。
カズはその様子と、朱美の谷間をベッドの上から眺めてニンマリとほくそ笑む。
──このエロガキ。これが目的だったんだな。
朱美に指導を受けながら、蓮は対戦を何戦か繰り返した。
最初はオートチェスに興味無く、朱美の胸ばかりをガン見していたカズだったが、それも次第に飽きてきて、興味はオートチェスに向けられた。
オートチェスは8×8に区切られた盤面に、モンスターに模した駒を置いて行く。そして、自分の駒と相手の駒を戦わせるゲームである。もっとも西洋将棋らしさはそれぐらいなもので、ゲームの本質はそこでは無い。
はじめに自分の手元に駒が配られて、そこから巡ごとに駒を集めて行く。
画面にある制限時間カウントが0になると、開戦の合図とばかり「グワーン」と銅鑼が鳴り、敵陣にゴブリンが現れる。すると蓮の出陣駒たちは、ちょこまかと自動で敵を攻撃していく。まるで意思を持っているかの様に動く駒たち。オートチェスは巡ごとに自動戦闘を繰り返すのだ。
「焦る必要は無いよ。3巡目までは、弱いCPUとの戦いだから。わざとじゃない限り負けないの」
朱美の言う通り、ゴブリンを打ち倒し、勝ちを収めたのは蓮だった。
3巡目──。
麻雀と同じく、オートチェスも巡ごとに駒を引く。それも一気に5体もだ。5体の駒はショップに見立てて配られる。プレイヤーはそこから好きな駒を購入し、手駒を揃えて行くのだ。
「あ、蓮くん! ラッキーだね。3巡目で、3体目のソウルブレイカーが揃ったよ! さあ、ランクアップだ!」
見ると蓮の手駒には2体の同じデザインの駒が揃っていた。
──なるほど、この、丸っこいのがソウルブレイカーだな。
カズは朱美がまとめたプリントを横に見ながら、戦局の行く末が気になっていた。
朱美の指示に従って、蓮が画面を操作する。すると、3体揃っていたソウルブレイカーは、「バシュン!」という効果音とともに1体のソウルブレイカーへ集約され、★2へ、ランクアップした。
ショップで購入出来る駒のランクは必ず★1である。そして駒は3体揃わなければ★2へランクアップする事は出来ない。
──三つ揃えて駒を强くするってな……。麻雀の暗刻みたいだな。
朱美が作ったプリントは良くまとまっていた。昭和初期、一介の雀士が一読して理解できるほどに。カズは夢中で朱美の『まとめプリント』を読み込んで行った。
「ソウルブレイカーが早々に★2に成ったってことは、ゴブリンシナジーを伸ばして行きたいね……」
朱美が言う「シナジー」とはオートチェス用語である。各駒には、必ず2つ以上のシナジーが設定されてある。蓮が★2へとランクアップさせた『ソウルブレイカー』は【ゴブリン】と【メカニック】2つのシナジーを持つ。他に【ゴブリン】シナジーを持つ駒は、盤面に『ヘブンボンバー』のみ。
──ゴブリンシナジーは、3躰のゴブリンを出陣させる必要がある……。となると、あと1躰ゴブリンが欲しいところだ。
カズは知らぬ間にオートチェスの魅力にのめり込んで行った。
4巡目──。
「さあ、ここからは対人戦よ、気を引き締めていこう!」
まずはショップで駒の購入だ。
ショップに並ぶ5つの駒。その中の『リッパー 』の姿を朱美は見逃さない。
『リッパー』は『ソウルブレイカー』と同じ【ゴブリン】と【メカニック】のシナジーを持つ駒だ。
「蓮くん! 引きが良いよ。早速リッパーを買って出陣させよう」
朱美の声が少し上づく。
──ほぅ。この坊主、引きがいいとな? 天運を摑める男ということか。
雀狂カズの口角がニヤリと上がった。




