十八船団市民銀行 2番窓口
「まだ満期は来ていませんけれど、解約してよろしいですか?」
デジャヴに襲われたタローは、大きな木槌で頭を叩かれたような衝撃を受けて、頭が一瞬白くなった。
椅子に腰掛けていなかったら倒れ込んでいただろう。
白が基調の落ち着いた雰囲気のロビーで少し待たされた後、入口で渡された番号札を呼ばれたタロー達は、二人がけのローカウンターに通された。
天井には陽射しを取り込むための磨りガラスが並んでいて、照明以上にロビーやカウンターを明るく見せていた。静かで清潔な雰囲気が漂う空間で、タローは頭を抱えていた。
カリンがそっとタローの肩に手を置く。
「えっと……どういうことでしょう?」
本日、何度目かになる台詞を紡ぎ出す。
「十年満期で特約付きの信託預金ですね。元本の二倍ほどをお返しできる特約が付いていますが、途中解約の場合は元本の十分の八しかご返金できません。その他の特約は……条件をクリアされていますので、あと二ヶ月ほど置かれれば満期が来て元本の二倍お支払いができますが?」
事務服姿の担当の女性は、タローから預かったカードを機械に通したまま説明する。
タローがこめかみを人さし指で押さえながら訊ねる。
「預け入れがAR115年一月で、今日がAR125年の一月で、満期でしょう?」
「左様でございますね。仰るとおりですね、ただ、申し訳ありませんが、このご契約は、単純な年月ではございません。実はこの証書カードに組み込まれているタイマーが、百十八ヶ月しか進んでいませんので、十年である百二十ヶ月にはまだ足りません」
女性はひどく気の毒そうに、声を落として言った。そして、このカードは特約の条項に基づき、契約者のパスポートと連動して、契約者自身の体感時間で十年が満期になると続けた。
「不正を意図される方にはご利用いただけない、信用の高い預金なんです。だから、お支払いも高く設定されています。お客さま、お調べはいたしますが、なにかお心当たりはございませんか?」
タローはこめかみに手を当てたまま考えていたが、すぐにカリンが、彼女の肩に当てていた彼の手を軽く叩いた。
「……あれじゃない?」
「あれって?」
「あなた、去年、研修で本社に出張しなかった?」
「あ……あれか……」タローが手を額に当てて渋い顔をする。
「記録を確認してみましたが……そうですね、昨年、出船されて第十四次船団に行かれて、我が船団の暦で三ヶ月後に帰船されてますね。あ、移動記録の閲覧は契約時にご承諾いただいておりますので……」
「……いや、それはいいですが」
「左様でございますか。原因は船団間の時間の進み方が……」
「それもいいです」
「……かしこまりました」
タローは少しの間うなだれていたが、カリンに向かって訊ねた。
「満期全額で頭金だったっけ?」
「そうね。満期の金額でないと契約ができないわ……」
「押さえてある船がだめか……」
「支払いを待ってもらえないかしら?」
「どうだろう?結構無理を言って押さえてもらっているし……契約書もあるし……」
「……」
「それでも待ってもらうしかないな……」
二人は黙り込む。女性はタローとカリンを順番に眺めてから申し訳なさそうに、それでも、仕事を遂行する行員として決然と言った。
「それでどうなさいますか?ご解約されますか?」