イーゴリー市駅前中央通り
タローはしばらく雑踏をかき分けるように大股で歩き、カリンは小走りに後を付いて走った。やがて、タローがぴたりと足を止めると、背中に軽くカリンがぶつかった。
慌ててタローが振り返る。そして、右手で背中を抱き留める。
「ごめん」
静かに言った。カリンは震えるように小さく首を振った。
「いえ、わたしが、きちんとしていればこんなことには……」
今にも泣き出しそうな声で答える。
市役所を出て、船内軌道の駅に向かって延びる道は中央を走る大通りで、平日の昼間にもかかわらず人通りが多い。ランチができる喫茶店やレストランに、様々な小売店が軒を連ね、それらに混じって、銀行や郵便局といった公共施設がちらほらと看板を並べている。ビジネス街や繁華街からは少し離れているが、人と共に電気車も多く行き交っている。
タローは、先ほどから数回、胸ポケットに入れている通信端末が着信を振動で知らせているのを感じていたが、あえて無視する。雑踏の中でタローは大きく息を吸い込んでから静かに吐き出した。
「気にしても仕方ないよ。なんとかなるさ。さて、とりあえず籍のことはいったんおいて、予定通りにしようと思うんだけど?」
タローは、普段の優しげな声色に戻って言った。カリンは大きく頷く。
二人は、肩を並べると再び歩き始めた。通り沿いにある銀行へ向かうのだ。
タローとカリンは、この船団で出会ったのだが、出会ったのは、厳密には船の中ではなく外だった。今の時代、真空の冷酷な宇宙というのは旧時代ほどは遠い場所ではないが、危険が全くない近い場所というわけではない。船はもちろん、船外活動、つまり宇宙空間に出るだけでも資格が必要となる。まして、水着ならぬ宙着を身につけただけの宇宙遊泳となれば、それなりに危険があって、いつでも勝手にどうぞというわけにはいかない。
二人はそのための、第一種空間進出免許の取得のためのインストラクターだった。
そして、教習所での職場恋愛だった。
となれば、二人の結婚後の夢の一つとして、会社から独立して、二人でインストラクターとして生計を立てよう、というのは自然の流れと言えるだろう。そのためには、船外活動訓練用の小型の宇宙船が必要となってくる。
それは随分と大きな買い物だった。家を買うのと同じくらいだろうか。
「とりあえず、銀行の預金を小切手に換えて、頭金を入れに行こう」
「そうね。ついに私たちの船が手に入るのね」
カリンは少し元気を取り戻したようだった。普段はおとなしいが、タローが相手の時に限れば、カリンは元気な女性だった。人見知りが激しく、出会った頃は職場の同僚とはいえ素っ気ないものだった。仲良くなるまで意外と時間が掛かったものだ。
「預けたカードは持ってるよね」
「うん、あなたから預かったまま、ここに入ってるわ」
そう言ってカリンは黒いショルダーバックを軽く叩いた。
「よし、じゃあ行こう」
二人は仲睦まじく、銀行の入り口へ階段を昇った。