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時間違いの恋人  作者: 春成 源貴
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プロローグ

 強化ガラス製のドームの向こうに広がる深淵の宇宙に大きな花火が広がった。

 その脇をいくつかの船と、ゴマ粒のような戦闘機の影が通り過ぎてゆく。色鮮やかな新年の花火が、公園に佇むいくつかの影に実態を与えた。タロー・ヤシマと、向かい合うカリン・M・オットーの二人の姿も、花火に照らされ赤く染まる。

 きつく結ばれていたタローの口元が緩み言葉を紡ぎ出す。

 とても、遠慮深く。


「僕と……」

「……」


 その先の言葉を想像する二人。彼女の頬は花火の影響ではなく紅に染まり、タローは頬だけではなく顔全体が真っ朱に染まった。

 二人は、三年前にこの第十八次移民船団で出会った。付き合い始めて丸二年目になる今日、意を決したタローは新年の幕開けと共に新しい一歩を踏み出すつもりだった。

 そして、それはカリンも同様で、そんなタローの決心を待ち続けていたくらいだ。むしろ、一日でも早くその日が訪れるように、陰に日向に、様々な努力も行動を怠らなかったのだから。それは、二十代後半を迎えた二人にとっては自然な思いであり、成り行きであった。

 冷たい風が通り過ぎるのと同時に、少し離れたスタジアムの方で大きな歓声が上がり、色鮮やかなレーザー光線が虚空を彷徨った。新年を迎えるイベントがクライマックスを迎えつつある。

 タローは大きく深呼吸をする。


「……僕と結婚してください……幸せにします」


 彼は我ながらありきたりな言葉だと、ますます赤面してしまう。他に気の利いた言葉を考え、百回とシミュレーションしていたが、気持ちが舞い上がり、緊張してしまった彼にとっては精一杯の言葉だった。

 タローはカリンの目を見たまま硬直してしまった。

 頭の遙か上で花火が再び大きく開く。真空の無重力空間で開花するそれは、緻密な計算に基いて爆発時の慣性によって美しく開くように設計されている。真円の花びらがゆっくりと開いていく。そして、その花火を待っていたようにスタジアムから大きな鐘が打ち鳴らされた。


「ハッピーニューイヤー!」


 湧き上がった大歓声と共に甲高い金属音の乱舞が二人を祝福するように公園を包み込む。驚いたハトがバタバタと羽音を立てて舞い上がった。

 カリンは少し視線をあげると、タローに微笑みかけて静かに、けれども、しっかりと頷いた。


「うん」

「……!」

「……よろしくお願いします……」


 細く小さくはあったが、はっきりとした言葉がタローの耳を打つ。タローは万歳をするように両手を大きく突き上げると、そのまま、カリンを抱きしめた。そして、喜びのあまりそのまま抱え上げると、くるくると回り始めた。

 決して大きくはないカリンの身体が宙を舞い朗らかに笑う。

 背中でまとめられていた豊かな金髪と、長いスカートの裾が星空の下にになびいた。

 幾ばくかの涙と共に。

 こうして移民船団の片隅に暮らす若い二人は、一つの家庭を築くべく最初の一歩を踏み出した。だが、その先には数多い困難が待ち受けていることを、彼らは知るよしもない。そして、早速、艱難辛苦は姿を現すこととなる。

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