白い絵
しんでもいいと思ったの、と彼女はいった。白いキャンバスに、白い絵の具を塗りたくりながら。チューブから直接手に絵の具をしぼり出し、それをべたりと叩きつける。服が汚れるのなんて、気にしていないようね。
しあわせだったわ、わたし。たとえゆめであっても。うわ言のようにつぶやく。そう、と一言だけ返しておいた。
『だってきっと、いいえ、ぜったい、無理だと思ってたの。世界ってきれいね。こんなにきれい。忘れないうちに描いておくわ。こんなうつくしいものをかき留めておかないなんて、ありえないもの。』
「きのう、何があったかなんて聞かないわ。でもひとつ、おしえてくれないかしら。世界はきれいよ、上から白く塗らなくったって。そうは思いませんか。」
手が止まる。一瞬、私の方を見た彼女は、しかしすぐに視線をキャンバスに戻した。しんでもいいと思ったの。そう、もう一度つぶやいて。きっと、それが答え。
できたわ、と彼女は笑い、キャンバスを私に向けた。白の上に白。一見しただけじゃあ、何か描いてあるのかさえ、分からないでしょうね。
だけどそれは、その絵はたしかに、今までみたどれよりも美しかった。