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花唐草と仔猫5

 リカド王宮は四つの部分で出来ている。

 正面に当たる南側に王が治め、政が行われる王宮。

 西側にリアーナが治める王の家庭である後宮。

 東にはリリカシアの治める魔術師の塔。

 そして北側には霊廟と、先王やその王妃たちの住む奥宮。

 四つの部分に囲まれた場所は中庭と呼ばれ、そのささやかな印象の名に似合わない壮麗な庭園が広がっている。

 魔法使滞在七日目に、その庭園で王と双王妃主催の昼食会が行われた。

 華やかに花の咲き乱れる庭園に、色とりどりの料理を載せたテーブルが並べられ、魔術師(リカドでは貴族のほとんどが中級魔術師だ。)達も加わって、和やかな昼食会になった。

 「しっかりしなさいよ。」

 さざめく談笑の中で、ジンはその声を聞いた。

 濃い緑のドレスにレースの衣を肩に留めたリリカシア、アジャがいた。

 「私はあなたとは結婚する気はなかった。だからリリカシアになったの。」

 唇をほとんど動かさず、皿に料理を取りながらささやき続ける。

 「ジンだってそのはずよ。私と一緒にいて今より幸せになれたりしないわ。」

 皿に匙をそえてジンに差し出すと、貴婦人らしい艶やかな笑みを浮かべた。

 「我が国の名物を召し上がってみてくださいな。シアは私のとても大事な友人ですの。サラにもサイにもとても良くしてもらいました。もちろんジン、あなたにも。」

 受け取った皿にはうさぎの煮込みが入っている。

 「アジャ蜜で甘みをつけてあるんですよ。コクが出るんです。」

 アジャと同じ名の植物の実から作るアジャ蜜は、ジンも知っている。他ならぬアジャに教えてもらった味だ。

 アジャが、リリカシアがにこやかに立ち去る。その行く手には少し不安な様子のシアがいた。アジャはシアに話しかけ、ジンの方へと押しやる。

 馬鹿だな俺は。

 中途半端な気持ちで終わった昔の恋に気を取られて、シアの事を見ていなかった。シアはジンの伴侶だ。かけがえのないただ一人の。

 そっと歩み寄り、皿を差し出す。

 「アジャのおすすめらしいぞ。」

 シアがそっと匙ですくって口に運び、微笑む。

 「おいしい。」

 シアの魔術師の輪の中央には花唐草の細工の晶屋がある。

 十六の自分がその時の精一杯の技術で作ったものだ。

 幼馴染の妹分が喜んでくれたことがとても嬉しかった。

 外見がその頃と変わらないシアは、ジンとは釣り合わない。けれどアジャでもそれは同じだ。アジャと別れてすぐに時間のとまった外見のジンは、もうアジャと釣り合わない。

 全ては過ぎたことだ。

 今更変えることはできない。

 わかっていてそれでも少し惑った。

 それでアジャに言われてしまった。

 別の可能性などなかったのだと。

 シアは伴侶だ。

 きっとこれからずっと一緒にいると思う。だからこれからもたくさん話すだろう。そして一緒にいた分だけ、わかり合っていくのだろう。

 でも、だからといってシアの今の不安を放っておいていいはずがない。

 そんな簡単な、当たり前のことが、アジャに冷水を浴びせられるまでわからなかった。それどころかシアの不安にまともに気づいてさえいなかった。

 帯に挟んでいた晶屋を摘み取る。

 晶屋というよりは物入れと言ったほうがいい小さなそれは、仔猫の装飾に抱えられている。ずいぶん荒い作りだ。本当に簡単に作ったとわかる。

 せめてもっと丁寧に作りゃ良かった。

 アジャに渡す時もたぶんちょっとぶっきらぼうだった。うまく言えないけれど、たぶんその仔猫が二人の限界だった。

 「何? 仔猫?」

 シアが尋ねる。

 「出来が悪いからな、作り直そうかと思って。」

 今度は花の蕾にでもしようかと思う。そうしてシアにあげてもいい。手軽にカバン代わりに使うなら結構便利なサイズだ。

 シアの髪を撫でる。

 シアがふわりと笑う。

 それから二人は王と双王妃と談笑する、残り二人の魔法使サラとサイの方へ、一緒に歩き出した。


 

 花唐草と仔猫はここで終わります。

 次は先王のリリカシアになるはずだったアマリエのお話の予定です

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