花唐草と仔猫2
ジンはなにかを隠している。
シアはその事に気づいていた。
単に言わないというよりもほんの少しだけ積極的に、ジンはシアになにかを隠している。
本当はシアにもわかっている。
シアが故郷を離れたのが十四の時。ジンと再会できたのはそれから十何年もたった後だ。ジンはその時二十八。誰も愛することなく過ごすのは、ちょっと難しい年月だ。
ジンの行動を見ていても、シアの前に誰かを真剣に愛した事があるのは明らかだった。
でもジンは、その事を決してシアに話さない。
いや、その対応はきっと間違ってはいないのだろう。そもそも恋の記憶などというものは他人にひけらかすものではない。懐深くにそっと秘め、時々僅かに揺り動しては、感傷的な残り香を一人楽しむ方が相応しい。そんな風に言ったのはもちろんシア自身ではなく、今は亡き知人なのだけど。
シアはジンの伴侶だ。
それはお互いに決して代わりのきかない、唯一の関係性の問題で、もはや単なる色恋ではない。
その、単なる色恋ではないところが、いっそうシアを苦しめていた。
シアは大人になることができない。
シアだけでなく四人の魔法使は皆、歳をとるということがないのだが、成人してから力の発現した他の三人と違い、十四で魔法使となったシアは、老化しないというよりは成長しない。
ジンの隣に立って、当たり前のように妻や恋人と扱われる外見になることはできないのだ。
その事はシアにとって引け目になっている。
それだけでなくジンが魔法使になってしまったこと自体がシアの引け目だった。
魔法使、あるいは人の精霊。
同種の生物の力が凝り、そこに魔力が絡み結晶するとき生物の精霊が生まれる。
動物よりも植物に多いが、確かにそれは起こりうる現象で、ありふれたものではないがないものではない。
しかし、人の精霊は、今までにたった四人しかおらず、おそらくそれ以上に増えることはあるまいとも言われている。
それは偶然に普通の人間が精霊化する訳ではなく、精霊足りうるべく生まれた人間ではあるのだが、力が発現するまでは幾分魔力の強い普通の人間なのだ。その魔力も「申し子」と呼ばれる魔力の取り込み生成に特化した体質の者たちほどではない。
そして力の発現にはきっかけがあるものなのだ。
シアのきっかけは、先に存在していた二人の魔法使、サラとサイに出会ったこと。そしてジンのきっかけは、おそらくシアと再会したことだ。
シアと再会したことでジンが精霊化したわけではない。
サラとサイもそうであったように、人の精霊が対で生まれてくるのだろうということを考えると、むしろ先に生まれたジンにシアが引っ張られた可能性すらある。シアの力の発現が先になったのはたまたまの巡りあわせだ。
そんな理屈はシアにもわかっていたけれど、それでも自分というきっかけがなければジンは普通に生きていけたのではないかと思ってしまう。一度力が発現すれば、もう元には戻れない。世の中の理の相当の部分から弾き出された存在になってしまうのだ。
リカドという国で旧知が王妃になっていることは知っていた。ごく短い間、ザヴィータという国で一緒に過ごしたアジャは、シアに特に親しくした一人だ。期間は短くても鮮やかな印象を残している。そのアジャに会えるのはとても楽しみだった。
でも、ジンのようすが少しおかしくなった。
リカドの王宮にたどり着くまでは仄かな違和感程度だったものが、今では胸騒ぎにまで育っている。
アジャはどうやらジンとも親しかったらしい。
いったい、どんな風に親しかったのだろう。
今のアジャは三十代の女性だけれど、シアと過ごした頃はまだ十七かそこらで、ジンのちょっと若い恋人になってもおかしくない。そんな風に思うと胸がじくじくと痛んだ。
対であるジンはシアにとって取り替えのきかない伴侶だ。
ジンにとってのシアもそう。
だからシアは、ジンに選ばれた伴侶というわけではないのだ。
本当は、シアはジンに選ばれたかった。
普通の恋がそうであるように、お互いに選ばれた関係でありたかった。シアがそんな風に思うのは、きっとシアがジンに恋をしているからだ。
シア自身が魔法使として覚醒するより前から、シアはジンのことが好きだった。もしもそのまま人として生きていたなら、むしろジンと結ばれるのは難しかったはずだ。それを思えば今の状況への小さな不満など、とるに足らないことなのだろう。
シアだっていつでもこんなことを考えているわけではない。
でも、こんな風に「ジンの昔の恋人」の存在を感じるとき、ふと思わずにはいられないのだ。
選ばれた恋人と、運命の伴侶の、どちらがより愛されたといえるのだろうかと。